119話 聖級魔法使い
ギルドの扉をくぐった俺とルミエラは、早速カウンターへ向かった。目的は、ルミエラが提案した影狼討伐の依頼を受けることだ。
だが、心の中では不安しかなかった。推奨人数が4~6人と明記されている高難易度の依頼を、たった2人で受けるなんて正気の沙汰じゃない。
俺は恐る恐るカウンターの女性に話しかけた。
「すみません。この依頼を2人で受けたいんですけど……やっぱり無理ですよね?」
カウンターの女性は、俺の顔と、その後ろに立つルミエラを交互に見た。そして、不安げな俺の予想を裏切るように、にっこりと笑ってこう言った。
「大丈夫ですよ!」
「……え?」
思わず耳を疑った。俺の隣でルミエラが「ほらね?」と言わんばかりの得意げな顔をしている。
「え、ちょっと待ってください。この依頼って、4~6人のパーティーじゃないと受けられないんですよね?それが2人でって、本当に可能なんですか?」
俺が確認すると、カウンターの女性は丁寧に答えてくれた。
「こういう類の条件は、A級冒険者様には適用外なんですよ。」
「……え?」
突然の情報に頭が追いつかない。女性はさらに続ける。
「A級冒険者の方々は、大体が聖級以上の魔法使いか、上級以上の剣士といった強者ばかりですから、このような推奨人数の条件は免除されるんです。」
俺は、驚きのあまりカウンターの女性ではなく、隣のルミエラに視線を向けた。そして、恐る恐る聞いた。
「もしかして……」
俺が言いかけた言葉を、ルミエラがニヤリと笑いながら引き継ぐ。
「そうさ。あたしは、聖級魔法使いのA級冒険者だよ。」
その言葉に、俺は一瞬で固まった。
「え……?聖級魔法使い……?しかもA級冒険者?」
ルミエラは嬉しそうに笑いながら、俺の肩をポンと叩いた。
「驚くのも無理はないね。今まで名乗ったことなかったし。」
「いやいやいや、そんな重大なことを何で今まで黙ってたんですか!」
俺が若干怒り気味に声を荒げると、彼女は肩をすくめて答えた。
「別に隠してたわけじゃないよ。ただ、名乗る必要がなかっただけさ。」
「いや、名乗るべき場面なんていくらでもあったでしょう!ていうか、初めて会ったときに名乗ってくださいよ!」
「ははは、それじゃあつまらないだろ?」
ルミエラのあっけらかんとした態度に、俺は呆れるしかなかった。
「それにしても……聖級魔法使いって、本当なんですか?」
俺は少し半信半疑のまま彼女を見た。聖級魔法使い――それは、魔法使いの階級の中でもかなり上位の存在。小国なら一晩で堕とせるというレベルの天才だ。
A級冒険者という肩書きも、普通の冒険者から見れば至高の領域だというのに、聖級魔法使いという肩書きまで持つ彼女が、こうして目の前にいるのが信じられなかった。
「あんたもそんなに驚かなくてもいいよ。確かに聖級魔法使いなんて珍しいけど、あたしもただの人間だしさ。」
「……その『ただの人間』が、どれだけすごいか分かってますか?」
俺が呆れて言うと、彼女は笑ってごまかすように「まぁね」とだけ返した。
一通り驚きが落ち着いたところで、俺は気を取り直して話を戻すことにした。
「それで……結局、この影狼討伐の依頼、俺たち2人で本当に大丈夫なんですか?」
「もちろんさ。あんたが心配しなくても、あたしがいればなんとかなる。」
「……でも俺、戦力としてはかなり足を引っ張ると思いますよ?」
「そんなことないさ。この2日間の修行で、あんたはちゃんと成長してる。自信を持ちな。」
ルミエラの真っ直ぐな言葉に、俺は少しだけ胸が熱くなった。
「それにね、あたしがあんたを連れて行こうと思ったのは、ちゃんと理由があるんだよ。」
「理由?」
「そう。強くなるためには、実戦を経験しないといけない。影狼は確かに危険な相手だけど、あんたが次のステップに進むには、これくらいの挑戦が必要なんだ。」
彼女の言葉には、確固たる信念があった。俺をただ連れ回したいだけじゃない――本気で俺を成長させようとしているのが伝わってきた。
「分かりました……俺、頑張ります。」
「よし、それでいい。じゃあ、必要な装備や道具を買い揃えて、森に向かう準備を始めようか。」
ルミエラは楽しそうに笑い、俺を引っ張るようにしてギルドを後にした。
ギルドを出て街を歩きながら、俺はルミエラの背中を見つめていた。
(本当にこいつは、すごい人なんだな……性格はあれだけど。)
まだ完全に信用できるわけではないが、彼女の言葉に嘘はないように感じられる。
影狼討伐の依頼に出向く前に、ルミエラと共に雑貨屋に向かうことになった。彼女曰く、装備を整えるのが目的らしい。
森は街からそれほど離れておらず、移動時間も短い。食料や水が必要になるほどではないが、どうやらルミエラには別の狙いがあるようだ。
「何を準備するつもりなんだ……」
そんなことを考えているうちに、目的地である雑貨屋に到着した。木製の扉をギィーっと音を立てて開けると、店内には年代物の棚がずらりと並び、独特の古びた香りが漂っている。
カウンターには、白髪で小柄な老人が腰掛けていた。目元はしわくちゃだが、奥底には鋭さが宿っている。その老人を見て、ルミエラが軽口を叩いた。
「よぉ、ワムゥー。まだ生きてたんだな。」
「なんだい、ルミエラか。謹慎は解けたのか?」
どうやらこの二人、相当長い付き合いがあるらしい。
「まぁね。」
「それで今日は何の用だ?前みたいに金を貸してくれとか言うなよ。」
「違ぇよ。今日はあいつと一緒に依頼を受けに行くんだ。その準備だよ。」
ルミエラは親指で俺を指し示す。すると老人――ワムゥーの視線が俺に向けられた。
俺は咄嗟にお辞儀をする。
「……お前の仲間にしては礼儀が正しいじゃねえか。それに子供か……まさか、まだ目を付けたガキを騙してお前の部屋に引き連れてるのか?」
「ははっ、流石にもうそんなことしてないよ。それにあいつは、あたしの弟子だ。」
「お前が弟子を取るなんざな……人間、生きてりゃ考えも変わるもんだ。」
「まあね。」
二人の会話を聞いていると、やけに物騒なフレーズが飛び交っている気がするが、俺はそれをスルーして店内を見て回ることにした。
棚にはポーションや回復薬、旅に使えそうなアイテムがぎっしり並んでいる。俺がその中の一つ、回復ポーションを見上げていると、背後からルミエラが近づいてきた。そして、棚に並ぶポーションの中から、一つを手に取る。
「それは……?」
俺が尋ねると、ルミエラは不敵な笑みを浮かべながら呟いた。
「バカになるポーション。」
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
「何ですかその変なポーションは。」
呆れる俺をよそに、ルミエラは得意げに説明を始める。
「本当にこういう名前のポーションなんだよ。今から討伐しに行く影狼ってのは、人間よりも知能が高い。だからこっちの行動を的確に読んでくる。それに対応するための超有能アイテムが――」
「その“バカになるポーション”なんですか。」
俺が冷ややかに言うと、ルミエラはニヤリと笑った。
「その通り。これを使えば、影狼を混乱させることができるんだ。」
「……効果の詳細を聞いてもいいですか。」
俺の問いに、ルミエラは片手でポーションを振りながら続けた。
「半分飲むと、1日中“腹踊り”のことしか考えられなくなる。」
「……は?」
あまりにも意味不明な効果に、俺は固まるしかなかった。
「全部飲むとどうなるんですか?」
「2日間放心状態になって、アホみたいな顔でボーっとする。」
「……そんなもの、本当に魔獣に効くんですか?」
俺が呆れてそう聞くと、ルミエラは笑いながらポーションをカウンターに置き、会計を済ませ始めた。
「まぁ、見てろって。」
不安が一気に跳ね上がる俺を横目に、ルミエラはポーションを受け取ると、軽快に歩き出した。
「ルミエラ。」
会計を終えて店を出ようとした瞬間、ワムゥーが低い声で彼女を呼び止めた。
「……影狼は侮るなよ。お前ほどの魔法使いでも、奴を甘く見ると痛い目を見るぞ。」
その言葉には、明らかにただならぬ重みがあった。ワムゥーの目は鋭く、冗談めいた空気が一切感じられない。
「分かってるさ。」
ルミエラは、軽く手を挙げてそう答えた。だが、どこか余裕のある態度を崩さない。
「そっちの坊主も、気をつけるんだぞ。影狼の知能と魔力は凄まじい。ルミエラがついてるとはいえ、自分の身は自分で守れ。」
ワムゥーの言葉に、俺は静かに頷いた。
「ありがとうございます。気をつけます。」
老人の言葉は真剣そのものだった。どうやら影狼という相手は、想像以上に危険らしい。
雑貨屋を後にした俺たちは、いよいよ森へ向かうことになった。ルミエラが準備したバカになるポーションの効果も気になるが、それ以上に、影狼という相手への不安が胸を支配している。
「さて、行こうか。今日中には片付けるよ。」
ルミエラの軽い口調に、俺は少しだけ気が楽になった。だが、彼女の背中に見える自信に満ちた姿が頼もしくもあり、不安でもあった。
(本当にこの人についていけば、大丈夫なんだよな……?)




