117話 地獄の2日間②
翌日、宿の一室で俺は優雅に眠りを貪っていた――はずだった。
ドォンッ!!
しかし、突如の轟音と共に扉が吹き飛び、部屋の中に冷たい朝の風が流れ込んでくる。
「ええっ!?何だ何だ!?」
眠気眼をこすりながら扉のほうを振り返ると、そこには魔女が立っていた。何故か朝陽を背負った彼女の姿が眩しく映る。
「修行だ!行くぞ!」
元気いっぱいに叫ぶ魔女を前に、俺はただ呆然とするしかなかった。
「え、待って……せめて普通に扉を開けて……!」
俺の抗議も聞き流し、彼女は腕を引っ掴むと容赦なく俺を宿の外に引きずり出した。後ろで宿主が何か叫んでいたが、修理代の話でないことを祈るばかりだ。
街外れの古びた訓練場に着いた頃、俺はまだ半分寝ぼけていた。冷たい朝の風が容赦なく肌を刺し、俺の寝起きの体にとっては最悪の環境だった。
「それで、こんな朝早くから何をさせるつもりですか?」
俺は軽く悪態をつきながら魔女に尋ねると、彼女は厚手のローブを羽織りながら、何かを考え込むような表情を見せた。
「カイル君、自分の魔力総数って分かる?」
突然の質問に困惑しながら、俺は少し考えて答えた。
「正確な数値は分かりませんが、なんとなくなら……自分の限界がどれくらいか、感覚で把握してるつもりです。」
その答えを聞くと、魔女は満足げに笑った。
「なるほどね、感覚的でも分かってるならいい。今日はその魔力総数を増やす修行だ!」
声高らかに宣言する魔女に、俺は目を丸くした。
「魔力総数を……増やす?そんなこと、意図的にできるんですか!?」
信じがたい話に思わず質問を返すと、彼女は真剣な目つきで頷き、口角をわずかに上げて言った。
「できる。」
「どうやって……?」
俺は興味と疑念の入り混じった感情のまま、魔女に問いかけた。すると彼女は地面を指差し、俺に座れと指示を出した。
「いいかい?今から話すことは、誰にも言っちゃいけないよ。」
「分かりました。」
彼女の真剣な様子に押される形で、俺は頷く。なぜ秘密なのか分からないが、それでも信じてみることにした。
「まず、魔力が増える方法をあんたが知ってる限りで言ってみな。」
そう促されて、俺は自分の知識を総動員して答えた。
「成長と共に少しずつ増えることと……あと、小動物系の魔獣の血を飲むと増えるんでしたっけ?」
その言葉に、魔女は目を見開き、少し驚いたような表情を見せた。
「驚いた……魔獣の血のことを知ってるとは。誰に教わった?」
「エルドリックという老人です。俺に魔法の基礎を教えてくれたのも、その人なんです。」
「エルドリック……知らない名前だね。」
彼女は顎に手を当てて考え込む仕草を見せたが、すぐに首を振り、話を続けた。
「まあいい。実際、あんたの言った通り、魔力が増える方法はその2つしか知られていない。そのうち、魔獣の血で増やす方法は長寿の種族以外にはほとんど知られていないはずなんだけどね。」
そう言いながら、彼女は俺をじっと見つめる。そして――不敵に笑った。
「だが、あたしはもう一つ方法を見つけた。」
「……もう一つ?」
彼女の言葉に俺は喉を鳴らし、無意識に前のめりになる。
「そう。魔力総数を意図的に増やす、確実な方法さ。」
「ど、どうやるんですか?」
期待と不安が入り混じる感情で聞き返すと、彼女は真剣な目つきで一言、こう言った。
「死ぬ寸前まで魔力を消費すること!」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
「なんだい、その反応は。もう少し驚くかと思ったんだけどな。」
彼女は肩をすくめ、少しつまらなそうに言った。
「いやいや……だって、そんな無茶な話あるわけ……」
「無茶?まあ、そう思うのも無理ないさ。でもね、これは理屈があるんだよ。」
彼女はそう言いながら、杖を地面に突き刺し、俺をじっと見据えた。
「魔力は生命力と密接に関係している。死にそうになるほど魔力を消費すれば、身体はそれを補おうとして新たな魔力を生成するんだ。言わば、極限状態に自分を追い込むことで、魔力のキャパシティを広げるってわけさ。」
「……いや、普通に死ぬ可能性のほうが高くないですか?」
「ふふっ、そこを死なないようにするのがあたしの役目さ。あんたが死ぬ寸前で止めてやる。信じな。」
彼女の目には、妙な説得力があった。
(本当にそんな方法で増えるのか……いや、それよりも、本当に死なないのか?)
様々な疑念が頭を巡ったが、結局、俺には選択肢がなかった。
「……分かりました。やります。」
「いい返事だ。」
魔女の笑みを見ながら、俺は決意を新たにした。地獄のような修行が始まる――
―——。
「うおおおおおお!」
今、俺は純粋な魔力を空に向けて放出し続けている。周囲に轟音を響かせながら白い光の筋が空へと伸びるその光景は、まるで某マンガの必殺技を放っているようだ。はたから見ればかなり派手だが、実際はそんなカッコいいものではない。
「ほらほら!どうしたカイル君!そんな力の抜けた魔力放出じゃ、減るもんも減らないよ!」
隣でヤジを飛ばしてくる魔女にムッとしながらも、俺は全身から魔力を搾り出している。魔力切れになれば死ぬかもしれない――そんな恐怖に怯えながら、俺は必死だった。
「怖いんですから仕方ないでしょ!!」
そう叫ぶ俺に、魔女はやれやれとした様子で近づいてきた。そして、無防備な俺の脇腹に手を置くと、不気味な笑みを浮かべる。
「しょうがないなぁ、まったく。」
「ちょっ、何を――」
その瞬間――俺の意識は真っ白になり、全てが途切れた。
次に目を覚ました時、俺は柔らかい何かに頭を乗せていた。頬には布地の感触があり、軽く甘い匂いが漂ってくる。そして、俺の髪をゆっくり撫でる感触――これは……。
「何をしてるんですか。」
目を開けると、俺の顔の上には魔女のニヤニヤした表情があった。
「膝枕。」
あっさりと答える彼女に、俺は瞬時に飛び起きた。
「ちょっ、ふざけないでください!」
「なんだよぉ、膝枕くらいでスネるなよ~」
身体をくねらせながら迫ってくる魔女を無視し、俺は真剣な表情で問いかける。
「あの時、俺に何をしたんですか。身体がすごく怠いんですけど。」
魔女は悪びれる様子もなく、笑顔で答えた。
「あんたの魔力を吸い取ったのさ!」
「魔力を吸い取った?どうやって……?」
「ふふっ、あたしの唯一魔法、『魔力循環』で魔力を吸収をしたのさ。そのおかげで、今あたしの身体は力がみなぎってるよ!」
そう言いながら、彼女の身体からは目に見えるほどのオーラが立ち上っていた。その様子はまるで某野菜の国の王子様だ。
「……ということは、俺の魔力を吸い取って強制的に魔力切れを起こさせたってことですか?」
「そうだ。」
「それって、もし吸い取りすぎてたら俺って……」
「死んでたろうね。」
「何やってくれてんですか!!」
俺は思わず声を荒げたが、彼女はケラケラと笑っている。
「まぁまぁ、怒るなって。それで……どうだい?身体の調子は。」
彼女に促され、俺は自分の身体を探るように感覚を集中させる。だが、特に大きな変化は感じられない。変わったといえば、魔力を吸い尽くされたせいで全身が怠く、力が入らないことくらいだ。
「うーん、特に変わった感じはしませんけど……」
「まぁ、そうだろうね。一度やっただけじゃ魔力は増えないから。」
「……じゃあ、今日の修行は無意味だったってことですか?」
俺が少し苛立ちながらそう言うと、魔女は笑いながら首を振った。
「違う違う。いきなり大きく増やそうなんて考えちゃダメなんだ。大事なのは、これを毎日何度も繰り返すことだよ。それを積み重ねることで、やがて莫大な魔力を得ることができるんだからね。」
「毎日何度も……?」
「そう!あたしの唯一魔法は、『魔力吸収』だけじゃない。『魔力譲渡』もできるのさ!だから、今日みたいにカイル君の魔力を吸い取って、また少し譲渡して、何度も魔力を循環させる!つまり――毎日あんたを半殺しにするってわけ!」
彼女は楽しげに声を上げ、手を広げて笑う。
「覚悟はいいかい?」
そう言いながら、魔女はにじり寄ってくる。俺は慌てて逃げようとするが、全身が怠くて全く動けない。
「ちょっ、待ってください!まだ心の準備が――」
「準備なんかいらないよ!ほら、もう一回やるよ!」
魔力を奪われ、再び身体が重力に引っ張られる感覚を覚えながら、俺は心の中で叫んだ。
(この魔女、本当に俺を殺す気なんじゃ……!)
そして、俺の体力も魔力も、再び全てを吸い取られていくのだった――。
こうして、魔力を限界まで削り、循環させるという過酷な修行が始まった。地獄のような日々は、これからも続くことになるだろう。果たして俺は、無事にこの修行を乗り越えられるのだろうか。




