116話 地獄の2日間①
「まぁ、あたしの謹慎が解けるまで、まだ2日ある。それまであんたに修行をつけてやるよ。」
いきなりの申し出に、俺は困惑した。
「……え?いきなりなんですか。怖いんですけど。俺みたいな子供をかどわかすつもりですか?」
俺が半分冗談で言うと、彼女は少し引きつった顔で俺を睨み返した。
「そ、そんなわけないだろ……。」
「だって、何の前触れもなく修行なんて言われたら、普通怪しいじゃないですか。なんで俺なんですか?」
俺がそう尋ねると、彼女は腕を組み、少し笑いながら言葉を続けた。
「いやあね、確かにあんたは素質があるよ。所持している魔力も多いし、反射神経も良い。それに、魔法のイメージも斬新で面白い……」
そこまで言ったところで、彼女は真剣な表情になった。
「でも、まだまだ足りない。あんたには、魔法を用いた実践経験が圧倒的に足りないのさ。」
その言葉に、俺は少しムッとして彼女を睨んだ。
「……俺だって、自分なりに頑張ってるんですけど?」
「もちろん、それは分かってるよ。けどね、魔法ってのはただ使えりゃ良いってもんじゃない。相手に合わせて応用したり、瞬時に判断して切り替えることができなきゃ意味がないんだ。丘の魔獣の討伐の件を聞いて、あんたの潜在能力は十分だと思ったけど……このままじゃ宝の持ち腐れになる。」
「宝の持ち腐れ、か……」
少し刺さる言葉だったが、彼女の目は本気だった。おそらく、ただの嫌味ではない。むしろ、俺に期待しているように見えた。
「それで……俺がこのままじゃ駄目だとして、どうするつもりなんですか?」
俺が少し意地を張って聞き返すと、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「簡単さ。私が、あんたを鍛え上げてやる。それも、みっちりね。」
俺はその言葉にしばらく迷った。このまま数か月地道に金を稼いで生活を続けても、今以上に強くなれる気はしない。どれだけ自分なりに訓練を積んでも、限界を感じることが増えていた。
これまでの旅の中、一日たりとも訓練を怠ったことはない。魔法のイメージを洗練させるために、様々な知識を学び、魔力を増やす方法を模索してきた。けれど、魔法のイメージは固まらないし、魔力の総量が増える気配もない。
身体を鍛える努力もしたが、この子供の体では限界が見えている。
とどのつまり、俺は行き止まりに立たされている。
そう思った途端、頭の片隅にずっとあった不安が一気に膨れ上がった。自分だけの力では、もう前に進めない。
鉱山での稼ぎが一度きりだったこと、ギルドで冒険者たちに拒絶されたこと――最近の出来事が重くのしかかる。俺は何とかやり過ごそうとしてきたが、結局「何か」が決定的に足りていない。それが何なのか、自分では掴みきれなかった。
目の前の魔女は、自信に満ちた態度で俺を見つめている。その自信は、彼女自身の確かな実力からくるものだろう。そして、俺を鍛えようとする提案も、彼女の期待と信念があるからこそできることだ。
「……分かりました。お願いします。」
俺は決意を固め、頭を下げた。
「ほぉ、あんた素直だねえ。」
彼女は少し驚いた表情を見せたが、すぐに不敵な笑みに戻った。
「賢い判断だよ。それじゃ、早速始めるとしようか。」
「え、今からですか?」
「当然だろ?グズグズしてたら、その覚悟も鈍っちまうかもしれないからな。まずは名前だ。あんた、名前は?」
「……カイルです。カイル・ブラックウッド。」
俺がそう名乗ると、彼女は「ふむ」と頷き、軽く杖を振った。杖先から一瞬だけ紫色の光がほとばしり、そのまま消えた。
「カイルか。悪くない名前だね。それじゃあ、覚悟しておきな。この2日間、地獄を見せてやる。」
彼女の笑顔は不気味なほど楽しげで、どこか悪魔的だった。
俺は、早まったかもしれない――そんな不安が胸をよぎったが、もう後には引けない。
「……分かりました。覚悟します。」
修行は、街の外れにある古びた練習場で行われた。彼女が連れてきた場所は、広い草原に立つ古びた訓練用の施設だった。そこには魔法の練習に使われる標的や、実戦を想定した模擬フィールドが揃っていた。
「ここなら、周りに迷惑をかけずに魔法をぶっ放せる。さ、始めるよ。」
そう言って彼女は杖を軽く振り、俺の足元に魔法陣を展開した。次の瞬間、強烈な風が吹き荒れ、俺は思わずよろけそうになる。
「ちょっ、なんなんですか!?いきなりこんな魔法……!」
「ふふっ、これはただの準備運動さ。さぁ、私に攻撃してみな。」
「はぁ?」
俺は呆然として彼女を見たが、彼女は本気のようだった。杖を構え、余裕たっぷりの笑みを浮かべている。
「何?手加減して欲しいのか?あんたが本気で来ないと、何の練習にもならないよ。」
「……言いましたね?それじゃ、本気でいきますよ。」
俺は彼女に向けて魔法を放った。手に宿るのは、俺が得意としている「エア・ショット」という風元素魔法。目にも止まらぬ速度で圧縮された空気の弾を放つ技だ。
だが――
「ふっ。」
彼女は軽く杖を振るだけで、俺の攻撃を無効化した。まるで俺の魔法がなかったかのように、風が消えていく。
「……うそ。」
「その程度の魔法じゃ、私には届かないよ。」
俺は悔しくなり、次々と魔法を放った。エア・ショットの連射、さらに火花を散らす小規模な火元素魔法も混ぜて攻撃を仕掛ける。しかし――
「ほらほら、もっと考えて動きな。」
彼女は軽々と俺の魔法をかわし、時折、あざ笑うように攻撃のタイミングを見透かしてくる。その余裕たっぷりの態度に、俺の苛立ちはピークに達した。
「くっ……!」
だが同時に、気づいたことがあった。俺は単調な攻撃ばかりを繰り返していたのだ。攻撃を仕掛けるだけで、相手の動きを見ていない。ただ力任せに魔法を放つだけでは、相手に通じない――それを痛感した。
「気づいたかい?」
彼女は俺の表情を見て、にやりと笑った。
「魔法はね、力をぶつけるだけじゃない。頭を使って、相手の動きを読まなきゃいけないのさ。さぁ、もう一度だ。次は、少し本気を出してあげるよ。」
「……次こそ、当てますよ!」
俺は覚悟を決め、再び魔法を発動させた。今度は、彼女の動きを観察しながら――。
日が傾く頃、俺は疲れ切った体で地面に倒れ込んでいた。服は汗と泥で汚れ、全身が重い。だが、それ以上に得られたものがあった。
「ふぅ……少しは見込みが出てきたじゃないか。」
彼女は杖を肩に乗せ、満足そうに俺を見下ろしていた。
「どうだい、これがあたしの修行だ。楽しかったか?」
「……全然楽しくないです……」
俺は息を切らしながら答えたが、胸の中には妙な充実感があった。この短い時間で、自分の力が確実に磨かれているのを感じたからだ。
「明日も鍛えてやるからな。覚悟しておきなよ。」
彼女の笑みに少し嫌な予感を覚えながらも、俺は頷いた。どうやら、明日もまた地獄のような修行が待っているらしい――。




