114話 コツと後悔
鉱山内に足を踏み入れた瞬間、強烈な臭いが鼻をついた。硫黄や腐った野菜のような匂い、蒟蒻やニンニクのような刺激臭も混じっている。俺は思わず鼻をつまみながら奥へ進むことにした。
暗い坑道を進むと、やがて小さな建物が見えてきた。入口には木製の看板が掲げられており、そこには「鉱夫ギルド」と記されている。
看板を確認し、扉を開けて中に入ると、目の前に現れたのは屈強な体つきをした女性だった。
一瞬、男だと勘違いするほどの大きな肩幅。俺の倍はあるだろうか。その体を窮屈そうにカウンターの内側に押し込み、腕を組んで座っている。頭には白いバンダナを巻き、泥で汚れたピチピチのタンクトップが筋肉を際立たせている。
「ん? 新入りかい?」
扉の開く音に気づいたその女性は、閉じていた目をゆっくりと開き、俺をじっと見据えた。
「あ、はい。冒険者ギルドからの依頼で来ました。」
俺がそう答えると、女性はわざとらしいため息をついて言った。
「なんだい、冒険者かい……まぁいい。そこにあるツルハシとマスクを持っていきな。」
指差す方には、驚くほど綺麗に手入れされたピカピカのツルハシと、どこか異様なデザインのマスクが置かれていた。
俺はマスクを手に取ると、その機能性に驚いた。見た目は奇抜だが、素材はしっかりしているし、装着感も良い。そしてツルハシも、使い込まれているはずなのに新品同様の輝きを放っていた。
「ちゃんと手入れが行き届いた道具ですね。」
感心してそう言うと、女性はカウンターに肘をつきながら不愛想に呟いた。
「そうかい。道具がいいからって、成果が出るわけじゃないよ。使う腕がなけりゃただの鉄くずだ。」
その言葉に反論する気も起きず、俺は素直に頭を下げた。
「ありがとうございます。借りていきます。」
「早く行きな。サッと掘ってサッと稼いできな。」
そう言われ、俺は建物を後にした。
外に出ると、マスクをしているおかげであの嫌な臭いはほとんど感じなくなり、呼吸もしやすくなった気がした。ツルハシを片手に、さらに奥へと足を進める。
鉱山の奥では、金属と金属が打ち合う音が響き渡っていた。同業者だろうか。松明の明かりがちらつく方へ進むと、そこには汗を流しながら作業に没頭する鉱夫が数十人。冒険者らしき姿も2人見えた。
そのうちの1人に見覚えがあった。昨日、俺が丘の魔獣を倒したことに文句を言ってきた屈強な男だ。
「あぁ~ん? お前は昨日の……?」
俺に気づいた男が、ニヤリと笑いながらドスドスと音を立てて近づいてくる。その背後では、昨日の騒ぎを止めてくれた長髪の男が困った顔で追いかけてきた。
「昨日はよくも俺に生意気な態度を取ってくれたな~あ?」
男はツルハシを肩に乗せ、嫌な笑みを浮かべる。その一方で、長髪の男が必死に止めようとしていた。
「ちょっとちょっと! もうやめろって! 相手はガキだぞ!?」
だが、屈強な男は長髪の男の口を大きな手で塞ぎ、続けた。
「相手がガキだろうと関係ねぇ。俺をバカにした態度が気に食わねぇんだよ。調子に乗らねえように、今ここで半殺しにしてやる。」
ツルハシを振り上げようとしたその瞬間だった。
「うるせぇぞ!! 冒険者が!! 殺すぞ!!」
突如、鉱山内に怒号が飛び交った。
作業をしていた鉱夫たちが全員手を止め、俺たちを囲むように集まってきている。その目には、怒りの炎が燃えていた。
「騒ぐぐらいなら出てけ! やめねえってんならここで殺す!!!」
血の気の多い怒声に、さっきまで余裕を見せていた屈強な男は身を縮め、ツルハシを下ろした。
「なんとか言ってみろ!? あぁ!? お前のそのでけぇ身体は飾りもんか!?」
「す、すみません……。」
屈強な男は小さく謝罪すると、長髪の男と一緒にそそくさと作業に戻っていった。しかし、鉱山内に緊張が漂う。鉱夫たちの怒りの矛先が、突然俺に向けられた。
「で…お前は? 死ぬか黙るか選べ!」
低い声で脅迫され、全身に冷たい汗が流れるのを感じた。彼らの視線には容赦の欠片もない。明らかに、こちらの返答次第では実力行使に出るつもりだ。
「黙ります、すみません。」
俺が平謝りすると、鉱夫たちは舌打ちをしながら散っていった。その背中には未だ敵意が残っているように感じたが、下手に刺激しないほうが良いだろう。
鉱山での鉱夫たちの仕事は、鉱石を掘ることもそうだが他にも、ここに金稼ぎに来る冒険者の監視という役目もある。
別の鉱山の話だが、冒険者同士が鉱山内で殺しあったという事例があり、それから鉱夫は日々仕事をしながら監視もしなければならない。面倒事は彼らにとってストレスなのだろう。
俺は改めて自分を戒め、鉱山のさらに奥へと進んだ。
人の気配が次第に薄れていく。暗く静まり返った坑道では、自分の足音が不気味なほど響く。ランタンの弱い明かりに照らされる岩壁に手を当て、ペチペチと触り回る。
(さて、ここらでやるか…)
適当に選んだ壁に手を置き、魔力をゆっくりと流し込む。これが俺が編み出した『コツ』だ。壁に魔力を流すことで、その中の密度や構造の違いを感じ取る。魔力が通りにくい部分は、何かしらの鉱石が詰まっている可能性が高い。
壁の一部がわずかに反応する。魔力の流れが鈍くなるその箇所に目星をつけ、ツルハシを振り下ろした。カツン、カツンという音が静寂を破る。数分後、硬い感触にぶつかり、岩の中から赤く輝く鉱石が顔を出した。
「お…!」
掘り出したのは赤い鉱石だ。この鉱石の正確な用途は知らないが、前の採掘依頼でも高値がついたことを覚えている。俺は満足そうに頷き、袋にしまった。
(よし、どんどん掘って稼ぐぞ。)
同じ方法で鉱石を探し、掘り進める。魔力を慎重に流し、手応えを感じた箇所をツルハシで叩く。この作業を繰り返すうちに、袋は様々な鉱石でパンパンになった。
「ふぅ…」
気づけば2時間が経過していた。俺は袋の中を確認しながら満足げに呟いた。
「一旦こんなもんか。」
袋は重く、肩にずっしりと負荷がかかる。それでも、この成果を持ち帰る喜びが勝っていた。
鉱夫ギルドへ戻るため、来た道を引き返していると、俺の鉱石袋に気づいた鉱夫たちが駆け寄ってきた。
「おいおいおい、どうしたってそんな量を2時間程度で掘り当てられるんだ!?」
彼らの視線は、好奇心と疑念が入り混じったものだった。一瞬、俺の『コツ』を教えてやろうかとも思ったが、稼ぎが減る可能性を考えると口を閉ざした。
「いやぁ…掘ったらどんどん出てきちゃって。運がよかったんでしょうか。」
笑顔でごまかすと、鉱夫たちは半信半疑の顔をしながらも、俺が来た道を走り去っていった。彼らが去るのを見届けた直後、長髪の男が近づいてきた。
「君もかなりのやり手だね?」
「え?」
彼は俺にしか聞こえないよう、小声で話を続けた。
「君も魔力を通して鉱石を探してるんだろ? 実は俺もなんだ。」
その言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「この方法は魔法使いか、魔力操作に長けた人にしかできないからね…ただの作業員やアイツみたいな戦士にはできないんだよ。」
彼は後ろでツルハシを力いっぱい振り下ろしている屈強な男を指差して、クスリと笑う。俺もつられて笑ってしまった。
「まぁ、お互いこれからも頑張って稼ごう。」
「はい。」
彼との短い会話を終えた俺は、再び鉱夫ギルドへと向かった。袋の重みが今日の成果を物語っている。
鉱夫ギルドの重厚な木製の扉を押し開けると、冷えた空気の中に漂う鉱石の粉っぽい匂いが鼻をついた。カウンターの向こう座る屈強な体つきの女性の目は、俺が持ち込んだ袋に釘付けだった。
「……あんた、一体どうしたんだい、それは。」
女性は丸い目をさらに大きくして驚きの声を漏らした。その視線の先には、俺の手にぶら下がる袋。中には今にも溢れそうなほどの鉱石が詰まっている。
「いっぱい掘れました。」
俺が簡潔に答えると、女性はしばらく俺をじっと見て、それから急に笑い出し、肩を大きく揺らした。
「ははっ!あんた、どうやら山に愛されてるらしいね。普通の新人じゃそんなに掘れやしないよ。」
そう言って彼女は袋を指さしながら続けた。
「どれ、見せてみな。鑑定して換金してやるよ。」
「お願いします。」
俺は疲れた身体を引きずりながら、持っていた袋をカウンターの上に置いた。袋が着地すると、中の鉱石たちがかすかに音を立てる。女性はその中から一つ、鮮やかな赤い色をした鉱石を手に取った。
「ふむ……これは照光石だね。」
「照光石?」
俺が聞き返すと、女性はわかりやすく教えてくれた。
「照光石。その名の通り光を照らす鉱石さ。中を割れば、ほら……」
そう言って彼女は片手を手刀の形にすると、なんと手だけで照光石を真っ二つに割ってみせた。信じられない光景に俺は思わずのけぞりながら、怯えた声を漏らした。
「え……人間ってそんなこと、できるんですか……?」
「はは、あたしの手の硬さに驚いたかい?この山で鍛えられたこの腕は伊達じゃないよ。……それより、ほら中を見な。」
恐る恐る割られた照光石を覗き込むと、内部が微かに光っているのがわかった。まるで生命が宿っているかのような神秘的な輝きだ。
「すごいですね。」
「だろう?でもこんな微かな光じゃ大した価値はないよ。すごい照光石になると、街一つを百年も照らし続けるなんて言うからね。」
「街一つ……!それはいつか見てみたいですね。」
「そうだろうとも。ま、山を掘り続けていればいつかは出会えるさ。」
女性はそう言って他の鉱石にも目を通しながら、次々と鑑定を進めていく。やがて、袋に詰めた鉱石の全ての価値が計算され、俺の今日の稼ぎが決まった。
「おめでとう、金貨48枚だ。だが、取り分を引いて……ほれ、これがあんたの取り分だ。」
彼女が差し出したのは金貨19枚と銀貨少々。それでも、一日で稼ぐ額としては十分すぎる。
「ありがとうございます。また明日来ます。」
そう告げて、俺は受け取った金貨を袋にしまい立ち去ろうとした。
だが、俺の言葉に女性は目を丸くし、少し考え込むような表情を浮かべた。
「……なんだい?もう帰るのかい?」
「はい。慣れない依頼で疲れてしまって、今日はもう限界です。」
彼女は少し残念そうに肩をすくめた。
「そうかい。まぁ、あんたならもっと稼げると思ったんだがね……まぁいいさ。無理は禁物だ。また来な。」
「ありがとうございます。それでは。」
俺は簡単に挨拶を済ませて鉱山を後にした。今日の稼ぎに満足しながらも、女性の言葉に引っかかるものを感じていた。「もっと稼げる」という言葉の裏には何か別の意味が隠れていたのかもしれない。
しかし、疲れ切った体ではそれ以上考える気力も湧かず、早く宿に戻って休みたいという思いに流されるまま、鉱山を出た。
俺はこのときの選択を、後になって深く後悔することになる。
目標pvまで残りちょっと!ドキドキが止まらないよ★




