10話 ケモナー
学園から出た俺は、今日の寝床を決めるために、道中見かけた宿屋を見て回っていた。
宿屋によって泊まれる種族や金額、対応がかなり違ったが、結局俺は全種族が利用でき、三食付きの宿に泊まることにした。
値段は結構張ったが、安い金を払って虫が湧いているベッドで寝るよりかはマシだ。
―――。
一夜明け、俺は早速学園へ向かった。
「あれ?」
学園に着いたが生徒がまったくいない。
この世界に時計は無いのか、それとも俺が知らないだけなのか、とにかく現在の時刻が分からないので早く来すぎたことがあだとなった。
学生たちはどうやって時刻を把握してるんだろうか。
「まいったな……学長はもういるかな?」
俺は昨日と同じ、数千段以上ある階段を三十分かけて昇り、ようやく学長室の前に着いた。
「はぁ……はぁ……これで居なかったらこの部屋下まで落とす……」
「そんな物騒なことは言わないでくれ、ちゃんと居るから。」
俺が愚痴を吐くと、扉の向こうからドスの効いた声が聞こえた。
でも、声の正体は美少女の顔が張り付いたおじさんなんだろうな。
息を整え、服の襟を直して扉を開けると、そこにはやはり美少女が座っていた。
「おはようございます、学長。」
視線を前に向けると、ちょうど学長が机にペンを置く所だった。手元には山盛りの書類――。
何か書き物をしている途中だったようだ。
「今朝は早いな。まだ始業時間までかなり余裕があるぞ?」
「時間が分からないもので。」
俺がそう言うと、学長はきょとんとした表情で答える。
「…?魔時計を持っていないのか?」
(魔時計…?なんだ、それは?)
「すみません、持っていません。それはなんなのですか?」
俺がそう言うと、学長は呆れた様子で説明する。
「魔力を流すと、時刻が表示される魔具だ。時刻の設定は世界中で統一している。てっきりエルドリックが持たせていると思っていたんだが……よし、魔時計も支給しよう。」
学長の突然の提案に俺は驚く。
「高価な物では……?もらえませんよ。」
俺が遠慮すると、学長は微笑み、手を横に振る。
「いや、いい。テストで満点を獲ったプレゼントだ。」
(プレゼントて……まぁ、もらえる物なら貰っておこう。)
俺は姿勢を正し、お辞儀をした。
「ありがとうございます。」
「うむ……それじゃあ昨日言った物を渡す。あ、選択科目は決めてるね?」
学長の言葉で、俺は思い出したように答える。
「あ、すみません、実はどんな科目があるのか知らなくて……。」
すると、学長はまたため息をついた。
「なんだ、エルドリックは本当に何も教えず君を寄こしたんだな。まぁ後で教えよう。」
そう言うと、学長がローブの内側からおもむろに杖を出す。そして、小さな声で魔法を唱えた。
すると、何もない空間から制服や教科書が急に現れた。
「これが君の制服と、教科書だ。制服はピッタリのはずだ。」
そのまま空中に浮いたままの制服たちは俺の目の前へとふらふらと流れるように飛んできた。
俺はそれを受け取り、驚きながらも感謝する。
「あ、ありがとうございます。」
(今の魔法、どうやったんだろう。何もない空間からいきなり物体が現れたような気がしたけど……すごい魔法だ。)
「次に選択科目だが、この学園には『奴隷使役学科』、『実践魔法学科』、『召喚魔法学科』、『冒険者志望学科』、そして最近新しくできた『獣族歴史学科』の計五つの科目がある。さぁどれを選ぶ?」
学科名を聞く限り、すべてに興味がある……。
召喚魔法とかめちゃくちゃ学んでみたいし、実践魔法学科も名前を聞くだけで興味をそそられる。でも、冒険者志望学科も捨てがたい……。
しかし、俺が学科選択を悩んでいると――
「あぁ…ちなみに、十二歳以下は奴隷使役学科、魔法実践学科、召喚魔法学科は受けられないから。君、9歳だったよね?」
「え!?なんですかそれ!早く言ってくださいよ!」
「すまないね。このところ記憶力が落ちてきていて…年かな。」
乾いた笑いをしながら自嘲気味に語る学長を無視して、俺はまた考える。
この二つの中から一つ選ぶなら、やっぱり冒険者志望学科かな。獣族の歴史を学ぶより、男心を擽る冒険者を選んでしまうのが生粋の男の子なのだ。
(獣族に興味はあるけど、実は歴史が苦手なんだよなぁ。特に名前とか名称を覚えるのが……)
俺が真剣に悩んでいると、学長から驚きの言葉が飛んできた。
「二つ選んでも問題ないぞ?」
「え?」
俺が驚いた表情をすると、学長は首をかしげて続ける。
「逆になぜ一つだと思っていた?選択科目は三つまで選択可能だ。しかも、飽きればいつでも科目を変更できる。その分金は貰うがな。」
(だから、それも先に言ってくれよ…)
結局、俺は選べる全ての科目を取った。
そして、選択科目の教科書も受け取った俺は、学長室の帰りにばったり会ったノアに学園内の案内をしてもらっていた。
―――。
この学園、こんなに綺麗な状態なのに実は創立から千年以上も経っているんだとか。
なんでも創立者がすごい魔法使いだったらしく、物体が永久的に劣化しない魔法をかけているんだという。すごい。
「ここが魔法理論の講義室だよ。基礎から高度な魔法知識まで、徹底的に叩き込まれる場所なの。授業に遅刻したらずっと立たされるから気を付けてね。」
ノアは楽しそうに、しかし手際よく学園内を案内してくれた。
そこにはこの学園に対する誇らしさや尊敬の念を感じられる。しかも道を間違えないように各施設の特徴や注意点を交えながら教えてくれるのだ。
次に案内されたのは広大な庭園だった。美しい花々が整然と植えられており、ところどころにベンチが配置されている。魔力を宿した不思議な花々が風に揺れる様子はどこか幻想的で、思わず息を呑んでしまう。
「ここが休み時間に生徒が集まる場所。だけど、獣族の生徒が長居してると人族の生徒に邪魔されることがあるの。」
少し悲しそうに言いながらも、ノアはゆっくりと辺りを見渡し微笑んでいる。どうやら彼女自身もこの場所を気に入ってはいるらしい。
一通り案内が終わるとホームルームが始まる5分前の予鈴が鳴った。
「それじゃあ私は教室に戻るね!あ、そうだカイルは1年生からだったよね?」
「あぁ、そうだね、後で教員室に行ってクラスを確認しないと。」
「じゃあもしかしたら同じクラスになるかもね!じゃあまたね!」
ノアは俺に笑顔を向け、小走りに校舎に入っていった。
「よしっ、俺もクラスを聞きにいくか。」
―――。
俺は1年A組に振り分けられた。
どうやらこの学園は学力によってクラスを別けているらしく、下からD・C・B・A・S組の順になっている。
ちなみに、俺がテストを受けたクラスはD組だった。
「今日からこのクラスに新しいクラスメイトが増えます!じゃあ入ってきて!」
教師に呼ばれ、木製の扉をガラガラと引き教壇の前に立つ。
「きょっ、今日からこの学園ににゅ、入学してきたカイル・ブラックウッドで、でしゅ!!」
俺は、自分が学校に行くのが小学二年生振りだったのを、教壇に立ってから思い出した…。
―――。
「大丈夫だよカイル!あんなの噛んだうちに入らないから!」
「…ありがとうございます。」
「元気出して!」
自己紹介を盛大に失敗した俺を慰めているのは、偶然同じクラスになったノアだ。獣族に頭を撫でられるのは、気持ちの良いもので、一生このままであってほしいが、そうもいかない。
俺は今、A組に在席する全ての獣族から質問の嵐を受けている。
「カイル君はどうして僕たち獣族を差別しないのですか?!」
「あたしカイル君みたいに優しい人見たことな~い!」
「こっちもモフモフしてるよ!?触ってみて!!!」
「獣族が好きっていうのは本当か!?」
質問が飛び交っていると、教師の怒号が飛んだ。
「そこの獣人の生徒たち!!もう授業中ですけど!!?」
「すみません!!!」
いつの間にか始まっていた授業を途中から聞きだすがさっぱり何を言っているのか分からない。
流石A組。
(…とか言ってる場合じゃない!本当に分からない――)
――こうして、俺の学園生活1日目はあっという間に終わった。
今日の授業を終え、俺とノアは一緒に下校していた。
「はぁ…こんな難しいんですね。後で予習しとかないとすぐに置いていかれそうです。」
弱音を吐く俺に、ノアは励ましの言葉をかけてくれた。
「でも、D組では初めから100点満点取れたんでしょ?てことは基礎はちゃんとしてるハズだから…あとは用語や公式を覚えたらすぐ追いつけるよ!頑張って!」
「ありがとうございます…。」
しばらく二人で歩いているとノアが神妙な顔つきで俺に話しかけてきた。
「ねぇ、カイル…どうして私たち獣族と仲良くしてくれるの?その……気持ち悪くないの?」
彼女の問いは、静かな夕焼けの中で妙に重く響いた。狼の耳と尻尾を少し震わせながら、彼女は真剣な瞳で俺を見つめている。
その瞳には、今までどれだけの冷たい視線を浴びてきたかが刻み込まれているようだった。
「え…?それは、モフモフが――」
「ちゃんと答えて。」
彼女は少し表情を引き締め、冗談では済まさせてくれなかった。
俺は一瞬言葉に詰まり、改めて彼女に向き直った。そして、自分の胸の奥にある感情を探しながら、言葉を選んで話し始めた。
「俺はただ、外見や生まれが違うってだけで虐げられるのは…違うって思うだけだよ。」
彼女が黙って聞き入るのを感じながら、俺はさらに言葉を続けた。前世での記憶がよみがえり、あの時の自分を思い返す。
「俺は昔、外見や出自の違いだけで人々が争い、傷つけ合うところをたくさん見てきた。当時の俺は、それを見てもどうすることもできなくて……自分には関係ないって思ってた。でも、今の俺にはそれが正しいことだったとはどうしても思えないんだ。」
俺の言葉を聞きながら、彼女はゆっくりと視線を伏せた。彼女がこれまでどれだけの偏見にさらされてきたのか、どれだけの疑いの目に怯えてきたのか、その片鱗が垣間見えた気がした。
「俺は、ただ……ただこの世界で、そんな理不尽な偏見がない場所で生きていきたいんだ。ノアが獣族だろうとなんだろうと関係ないよ。同じクラスメイトとして一緒にいたいと思ってるだけ。」
彼女はしばらく黙っていたが、やがて、ふっと小さな微笑みを浮かべた。ほんの少し、肩の力が抜けたように見える。
「……そっか、そうなんだね、ありがとう。変な事聞いてごめんね、カイル。」
その瞬間、彼女の瞳から少しだけ暗い影が消え、安心したように俺の隣に寄り添ってきた。そのモフモフを感じながら、俺は心の中で静かに誓った。どんな時でも、モフモフ……じゃなくて彼女を、そして獣族たちを尊重し続けると。




