105話 犠牲者
しばらくすると、ルカたちが続々と目を覚ました。
「あぁ…いつの間にか寝てたのか。」
眠たそうな目を擦りながら立ち上がるルカ。その様子を見て、俺はアルクに声をかけた。
「これからどうします?」
アルクは右腕の包帯を巻き替えながら、どこかぼんやりとした表情で呟いた。
「うん……そうだな。殿下や街の人たちがどこに行ったか分からないんだよね……かと言って、ここにずっと居ても仕方ないし…」
その言葉に皆が次の行動を模索し始めたその時だった。遠くの方からかすかなザワザワとした声が聞こえてきた。
「なんだ!?」
全員が一瞬にして緊張感を抱き、武器を手にした。だが、瓦礫の向こうから姿を現したのは、ダール国の兵士たちだった。数十人の兵士が、武器を携えながらゆっくりとこちらに近づいてくる。
「あれは…兵士たちじゃないか!」
最初に気づいたルカが、驚きの声を上げる。
「本当か?」
アルクは剣を下ろしながらルカに振り返る。
「あぁ、間違いない。でも…なんで兵士だけ戻ってきたんだ?」
疑問を口にするルカ。兵士たちの集団がこちらに気づき、その中の一人が駆け寄ってきた。
「君たち!こんなところで何をしている!」
兵士の驚いた声に、アンが鋭い視線で答えた。
「どうしても何も、ここで暴れてた奴を倒したのは私たちよ!」
その強気な発言に兵士は驚き、周囲の状況を見回す。荒れ果てた街並み、焼け焦げた瓦礫の山。その場の惨状を目の当たりにし、アンの言葉を信じざるを得ないと察したのか、兵士は一歩引き下がった。
やがて兵士たちの集団の中央から、大柄な男が前に進み出た。指揮官と思しきその男は鋭い目でこちらを見据え、問いかけた。
「君たちがこの街で何が起きたのかを知っているのか?」
アルクが口を開こうとしたその時、アンが一歩前に出て指揮官を睨みつけた。
「知ってるどころか、その騒ぎを終わらせたのが私たちなのよ。そこの兵士たちも分かってるでしょ?ここまで荒れ果てた理由を。」
アンの言葉は強気だが、指揮官は動じる様子を見せず、冷静に状況を見極めようとしていた。その視線が俺たちの装備や傷跡に注がれた後、彼は短く息を吐きながら頷いた。
「確かにこの状況を見る限り、君たちがただの通りすがりというわけではなさそうだ。しかし、君たちがこの街を救ったという証拠が必要だ。我々は君たちの言葉だけを頼りにするわけにはいかない。」
その言葉に、俺は荷袋から小さな布包みを取り出した。
「証拠ならあります。」
布を広げると、中から出てきたのはレグナの死体からこっそり取っておいた指輪だった。
指揮官はそれをじっと見つめ、眉を寄せる。
「これは…?」
「ここで暴れていた男のものです。俺たちが奴を倒した証拠です。」
俺はきっぱりと言い切った。指揮官は指輪を手に取り、慎重に観察した。
「この指輪には強力な魔力の痕跡が残っている…確かにこれがその男のものだとすれば、君たちの言葉の裏付けになるだろう。」
その言葉に、ルカがほっと息を吐き、アルクも微笑みを浮かべた。
「なら、この街の被害状況を殿下に伝えてくれるんですね?」
アルクが念を押すように尋ねると、指揮官は力強く頷いた。
「当然だ。この事態を軽視するわけにはいかない。それに、君たちの功績もきちんと報告させてもらう。」
その言葉に、俺たちは少し肩の力を抜いた。
指揮官は周囲の兵士に指示を飛ばし、数人が街の奥へと散らばっていった。再びこちらを向いた彼は、俺たちに提案を持ちかけた。
「君たちはこの場でしばらく待機していてくれないか?まだ避難者がいる可能性もある。その時は君たちの力を借りたい。」
アルクはしばらく考え込んだ後、小さく頷いた。
「分かりました。避難者がいるなら、僕たちも協力します。」
「助かる。」
指揮官は微笑みを浮かべると、その場を仕切り直し始めた。
俺たちは少し離れた場所で腰を下ろした。空が徐々に明るくなり始めた頃、瓦礫の向こうをぼんやりと見つめながら、俺は静かに戦いの終わりを実感した。
―——。
それから約二時間が経ち、避難していた人々が続々と街へ戻り始めた。
目の前に広がる悲惨な光景に茫然と立ち尽くす者、家族や大切な人を失ったことに膝から崩れ落ちる者、生き延びた喜びに涙を流す者たち――反応は千差万別だった。だが、そんな中、俺の視線はただ一点を探し続けていた。
「ノア! フェンリ!」
何度も二人の名前を叫びながら人混みをかき分ける。喉が渇き、声は掠れるが、それでも叫ぶのを止めるわけにはいかなかった。だが、返事はない。
(どこだ…どこにいるんだ…!)
焦りが胸を締め付け、心臓が嫌な音を立てる。頭の中では最悪の事態が何度も浮かんでは消え、その度に無理やり打ち消そうとする。しかし、不安が徐々に確信へと変わっていく感覚を止められなかった。
いつの間にか足は、二人と最後に別れた大聖堂付近へと向かっていた。呼吸は荒れ、戦闘の疲労で体は重い。それでも歩みを止めるわけにはいかなかった。
瓦礫が散乱する道を踏み越え、魔法で瓦礫をひっくり返しながら進む。しかし、出てくるのは無惨な死体ばかり――潰れた兵士、冒険者、そして名も知らない一般人たち。
瓦礫の下から現れるたびに、そのたびに心が凍りつく。喉を締め付けるような恐怖が全身を支配していた。
(まさか…いや、そんなことあるわけないだろ…!)
自分に言い聞かせるように思考を振り払うが、確信めいた不安が頭を離れない。
そして、大聖堂の隠し階段付近――俺が、盗賊団のアジトへと通じる道を見つけた場所にたどり着いた。
その時、視界の端にちらりと赤いものが見えた。見覚えのある布――それは、デイヴスの街でノアに買ってあげた赤いマントだった。俺はその場で足を止めた。
「……ノア?」
震える声が自然と口をつく。目の前の光景に息が止まり、体中から血の気が引いていくのがわかった。瓦礫の下、赤いマントは雨に濡れたかのように黒ずみ、無残に地面へ押しつぶされていた。そして、その傍らには、マントの下の何かを握りしめたまま力なく垂れ下がった太い腕――フェンリの腕が見えた。
「っ……!」
恐怖に心臓が跳ね上がり、瞬時に瓦礫を魔法で粉々にした。砂埃が舞い上がり、視界が霞む。しかし、その塵が晴れた瞬間、目の前に広がった光景が俺の全身を凍りつかせた。
「……うそ……だろ」
そこには、ノアとフェンリが血まみれで倒れていた。フェンリは、ノアを庇うように体を折り曲げていた。ノアの小さな体はフェンリの背後に隠れるように倒れ、その顔は青白く、傷だらけだった。二人とも大量の血を失い、周囲の地面は濃い赤に染まっている。
「……ああぁぁぁ!」
膝が崩れ、俺はその場に座り込んだ。声にならない叫びが喉の奥から溢れる。息が詰まり、涙が勝手に溢れた。
「だっ…ダメだ…!頼むから目を開けてくれ……ノア…フェンリ…」
震える手で二人の体に触れる。冷たい――生気を失ったような冷たさに俺の手は凍りついた。呼吸を確認しようと耳を近づけるが、何も聞こえない。
「ダメだ……こんなの…!」
必死に治癒魔法で癒そうとするが、俺の手から発せられる光は、二人の傷ついた体を前にまるで意味を成さないように見えた。焦りと恐怖で何度も同じ魔法を唱えるが、答えは返ってこない。瓦礫に触れるたび、赤く濡れた手が震えを増した。
絶望が胸を埋め尽くし、俺の視界は滲んでいく。
この瞬間、俺の中で何かが壊れた音がした。




