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104話 夜明け

 俺たちはあの激戦で失った体力を回復させるため、しばらくその場で休んでいた。空はすっかり暗くなり、星々が空を埋め尽くすように輝いていた。


「……あ、流れ星だ。」


 ルカがそう呟いたとき、全員が空を見上げた。ひときわ明るい流れ星が夜空を横切る。その瞬間だけは、戦場の緊張感や喪失感を忘れさせる静けさが訪れた。だが、その空気を破るように、ふとアルクが口を開いた。


「そういえばカイル君。一緒にいた狼族の二人、彼らはどうしたんだい?」


 彼の言葉に、俺は砕け散った杖を布に包みながら答える。


「街にいなかったので、避難している国の人たちと一緒だと思いますが……そっちでは見なかったんですか?」


 その問いに、アルクは顎に手を当てて考える仕草を見せた後、静かに答えた。


「いや……僕が見た限りではいなかった気がする。他の獣族たちはいたけど、狼族は見なかったよ。」


 アルクのその言葉に、胸の奥が少しざわついた。だが、フェンリの性格を思い返せば、彼がノアを連れてどこか安全な場所へ逃げている可能性も高い。俺はそう信じようとした。


(フェンリは慎重だ。きっと大丈夫だろう……ノアも一緒に無事でいてくれ。)


 自分にそう言い聞かせることで、心の不安を抑え込んだ――。


 眠気に負けた俺たちは、そのまま夜の大地に横になり、眠りに落ちた。周囲には戦いの爪痕が残っているというのに、満天の星空の下で、静寂が広がっていた。

 ふと眩しい光を感じて目を覚ますと、夜明け前の薄明かりが差し込んできていた。


「ん……なんだ?」


 俺はゆっくりと瞼を開ける。周囲を見渡すと、アルクたちも地面に横たわり、静かに寝息を立てている。皆、疲れ果てていた。


 少し歩こう。


 そう思い立ち、俺は眠る仲間たちを起こさないよう静かに立ち上がった。そして、レグナの遺体へと足を向ける。


 レグナは笑ったままの顔で絶命していた。その表情が、不気味な雰囲気を醸し出している。俺は彼を見下ろしながら、低く呟いた。


「本当になんだったんだ……こいつは。」


 視線を逸らそうとしたそのとき、彼のローブの中から何かが微かに光っているのが目に入った。


(なんだ……?)


 俺は静かに手を伸ばし、その光る物を手に取る。それは金色のペンダントだった。埃と血で汚れているものの、高級感があり、細部まで精巧に作られている。


 ふとペンダントを開いてみると、中には一人の美しい女性の肖像画が収められていた。長い髪を整えたその姿は、どこか凛とした気品を感じさせる。


(この人は……レグナの大切な人か何かか……?)


 俺はレグナと肖像画の女性を見比べた。

 似ている。目元や骨格がそっくりだった。おそらく、この女性はレグナの母親だ。


 その瞬間、胸の奥が締めつけられるような感覚に襲われた。母親の肖像画を大切に持ち続けていた彼は、最初から邪悪な存在だったわけではないのだろう。争いを止めようとして国を興したという話が真実かは分からない。だが、この肖像画が示す通り、かつて彼にも純粋な心があったに違いない。


 それでも……レグナのしたことは到底許されることではない。


 罪のない者たちを殺し、国を支配しようとした。理由がどうであれ、それは決して正当化される行いではない。だが、彼の胸の内にあった人間らしい一面を知ったことで、俺の心に小さな迷いが生じていた。


「……俺たちは似たようなものなのかもしれないな。」


 そう呟いた瞬間、ペンダントがわずかに揺れたような気がした。俺は一瞬息を呑んだが、それが錯覚だと自分に言い聞かせる。


(こんなところで立ち止まっている場合じゃない。)


 俺はペンダントを静かにレグナの胸元へ戻し、そっと手を合わせた。


「もう戦わなくてもいい場所で……せめて安らかに眠れ。」


 そう呟くと、俺は火の魔法を唱え、レグナの遺体を燃やした。炎はゆらゆらと揺らめきながら、レグナの体を灰へと変えていく。燃え上がる火の音と匂いが、夜明けの空気に溶けていった。


 レグナが完全に灰と化したのを見届けると、俺は静かに踵を返し歩き出した。しばらく歩きながら、ふと空を見上げる。星空はなおも美しく輝いている。だが、それでも胸の中に広がるもやもやは消えなかった。


(フェンリとノアは……本当に無事なのだろうか。)


 アルクの言葉がどうしても気にかかる。あの二人が避難していると信じている自分に、どこか違和感を覚えていた。それでも、戦場の混乱の中で、彼らの行方を確認する術はなかった。


「……俺が、もっと強ければ。」


 そう思うたび、自分の無力さを痛感する。もっと早く決断して動けていれば、誰かを救えたかもしれない。だが、それはただの「もしも」の話だ。現実を変えることはできない。


「カイル君。」


 突然名前を呼ばれ、はっとして振り返る。アルクが立っていた。その瞳はどこか悲しそうで、けれど温かみを帯びている。


「まだ何か引きずってるのかい?」


 その問いに、俺は言葉を詰まらせた。だが、嘘をつく気にはなれない。


「正直に言うと……はい。レグナのこともそうですが、フェンリとノアのことも気になって。」


 アルクはしばらく俺を見つめていたが、やがて静かに頷いた。


「大丈夫。君はちゃんと前に進んでいるよ。」


「……え?」


 思わぬ言葉に目を見開く。


「悩んで、考えて、それでも前に進もうとしている。迷いながらでも、それは立派な一歩だよ。だから、君が感じている不安も、悔しさも無駄じゃない。それが君を強くするんだ。」


 アルクの声は穏やかで、けれど不思議と力強かった。その言葉に、胸の中のもやが少しずつ晴れていくような気がした。


「……ありがとう、アルクさん。」


 俺がそう言うと、アルクは微笑んだ。


「さて、そろそろ皆のところに戻ろうか。夜明けまでに少しでも休んでおかないとね。」


 俺はその言葉に頷き、アルクと並んで歩き出した。まだ完全に不安が消えたわけじゃない。けれど、アルクの言葉を胸に刻みながら、俺は一歩一歩、前に進もうとしていた。


 遠く、東の空がかすかに白み始めている。夜はもうすぐ明ける。俺もまた、新しい朝を迎える準備をしなければならないのだ。

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