99話 レグナの過去
「無駄な話合いは済んだか?」
レグナは魔力の塊を次々と生成し、周囲にばら撒く。その圧倒的な威圧感に、誰もが一瞬怯んだ。
「いいかい!僕とルカ君、ミラちゃんは神器の力を無力化するために魔力を貯める!その間、カイル君とアンちゃんはアルク君を起こして時間を稼いでくれ!」
ガイコツの必死な叫びに、俺たちは返事する間もなく走り出した。
「アルク!!」
アンが叫びながら横たわるアルクに駆け寄る。その姿を見たアンが、突然悲鳴を上げる。
「きゃああ!」
「どうしました!?」
その悲鳴に俺も駆け寄ると、アンの視線の先には――
「ア、アルクさん…」
アルクの剣を持っていた右手が肘から下で千切れていた。血が地面に広がり、その惨状に息を呑む。
「う…くっ…」
するとアルクがゆっくりと目を覚ました。
「アルク!」
アンがアルクを抱きしめ、涙を流す。
「アルク…アルク……!」
アルクは痛みに顔を歪めながらも、千切れた右腕に視線をやる。
「…あぁ、腕は魔石の効果が届かないのか…。」
アルクはポツリと呟くと、左手でアンの背中を摩りながら、優しく言った。
「大丈夫…大丈夫だ、アン。僕は大丈夫だ。」
その光景を見て、俺はふと思った。
(あぁ、この二人は――。)
しかし感傷に浸る暇もなく、アルクはすぐに俺に向き直り、真剣な目つきで話す。
「僕は何をすればいい?」
その言葉に、俺は少し驚きながらもガイコツのさっきの作戦を伝えた――。
「なんだって…!?皆で封印できるんじゃなかったのか!?」
「状況が変わったんです!もう俺たちじゃ奴に太刀打ちできない!あの人に任せるしかないんです!」
アルクは悔しそうに目線を落とすが、遠くで奮闘するガイコツを見ると、痛む身体を起こしながら呟いた。
「…分かった、全力を尽くそう。」
そして近くに落ちていた自分の剣を左手で拾い、構える。
「無理しないで…アルク。」
アンがアルクを止めようとするが、彼は振り返り、優しい目つきで言った。
「大丈夫…3人いれば誰も死なないよ。」
その言葉にアンは泣きながら頷き、弓を構える。そしてアルクはレグナに向き直り、左手で剣を掲げた。
「行くぞ!」
アルクの叫びに、俺たちは胸に決意を宿し、それぞれの役割を果たすために再び動き出した。
「よし、時間を稼ぐぞ!」
俺とアンはアルクを援護しつつ、レグナの猛攻を避けながらその注意を引く。一方でガイコツ、ルカ、ミラの三人は魔力を集中させ、封印の準備を進めていた。
「カイル君、もう少し引き付けてくれ!」
ガイコツの指示が飛ぶ。
「分かりました!」
俺は咄嗟にレグナの目の前に飛び出し、挑発的に叫んだ。
「おい、こっちだ!」
レグナの目が鋭く俺を捉える。その瞬間、俺の全身に寒気が走る。
「愚か者が……。」
レグナは手を振り下ろし、巨大な黒い魔力の塊が俺に向かって飛んできた。俺は必死に回避し、その間にアンがアルクを支えながら攻撃を繰り出す。
「アルク、大丈夫?」
「もちろんさ……!」
アルクは痛みを押し殺しながら剣を振り、レグナの注意を引き続ける。全員が自分の限界を超えて戦い抜く中、ガイコツの叫び声が響いた。
「準備が整った!全員、下がって!」
その声に、俺たちは全力で距離を取る。次の瞬間、ガイコツの身体から膨大な魔力が放出され、青白く光る大剣を掲げた。
「レグナぁ!!僕を見ろぉ!!!」
ガイコツは声を振り絞り、全力で叫んだ。その言葉に反応して、レグナはゆっくりと振り返り、冷たい目でガイコツを見据える。
「陰でこそこそ何かやっているかと思っていたが…神器に魔力を宿しただけか?一体それで何ができる?」
レグナは冷笑を浮かべながらガイコツとの距離を縮めていく。だが、彼の周囲には無数の魔力の塊が漂い、緊張感を漂わせていた。その様子に気づいたガイコツは、軽い調子で挑発する。
「僕たちを弱虫と言っておきながら、警戒を解かないんだね。」
「ふん、挑発には乗らん。」
レグナは冷静さを保ちながら、周囲の魔力の塊をさらに凝縮させた。漆黒の輝きが不気味に脈動し、今にも爆発しそうなほどだった。
「それじゃあ、いくよ。」
「…あぁ、来い。」
その瞬間、二人の間に眩い光が解き放たれた。その圧倒的な輝きに、戦いの行方を見守っていた俺たちは目を塞がずにはいられなかった。
「くっ…!」
光が収まるまでの数秒間、まるで時間が止まったように感じられた。そして、やっと輝きが消えると、俺たちは恐る恐るその場を見やった。
そこには、腹に大剣が突き立てられ、口から紫色の血を流しているレグナと、今にも朽ち果てようとしているガイコツの姿があった。
「ロレンツォさん!!!」
アルクたちが悲痛な叫び声を上げる。その声に応えるように、ガイコツはゆっくりとこちらに頭を動かした。
「…後は、頼んだよ…」
ガイコツの手から大剣が滑り落ち、彼の体は崩れるように地面に沈んでいく。
——その刹那。
「ふっ…ふふふ、そうか…忘れていた『神器をもって神器を制す』。これが…お前たちの作戦…私の神器の力を無効化することが…目的だったか。」
レグナは息を荒くしながらも、薄ら笑いを浮かべて空を見上げた。そして、その目に怒りの光を宿し、叫んだ。
「しかし!!!不死身の力がなくなったところで、全盛期の私の魔力量は貴様らより遥かに上!!!こんなところで死ぬほど!私は劣ってはおらん!!!」
その言葉に、俺たちは息を飲んだ。そして、レグナは腹に突き立てられていた大剣を一気に引き抜き捨てると、目の前に立っていたガイコツを躊躇なく魔法で粉々にした。
「ぅあ…!!!」
その一瞬の光景に、俺たち全員が言葉を失った。
だが、その中でも怒りに燃えた者がいた。
「レグナぁあああああ!!!!」
最初に飛び出したのはアルクだった。左手に持った剣を大きく振り上げ、目の前の敵に向かって突進する。
「待て、アルクさん!」
俺が制止の声を上げる間もなく、彼はレグナに飛び掛かった。だが、レグナは冷静だった。彼は瞬時にアルクの動きを見極め、指先で魔力を操る。
「がぁああ!!」
アルクの剣がレグナに届く直前、巨大な魔力の障壁が立ちはだかった。剣は硬い音を立てて弾かれ、アルクの身体が後方に吹き飛ばされる。
「ぐっ…!」
アルクは地面に叩きつけられたが、それでも立ち上がろうとする。彼の眼差しは怒りと覚悟に満ちていた。
「まだだ…僕はまだ負けない!!!」
アルクの叫びに応えるように、俺たちも覚悟を決めた。
「奴はもう不死身じゃない!あとは持久戦よ!」
アンが焦りながらも指示を飛ばす。俺は深呼吸し、冷静に周囲を見渡した。状況は最悪だが、まだ終わりではない。
「全員!連携するぞ…ここで倒れるわけにはいかない!!!」
俺たちの反撃が始まる。
神器の力を失ったレグナは、怒りに駆られ、魔力を練り上げて周囲に無差別に魔法を放つ。
その魔力の刃は凄まじい速さで俺たちを狙い撃つが、アルクたち4人は吸魔の魔石が施された防具に守られ、大部分の攻撃を無力化していた。
しかし、装備の隙間から直撃を受けた腕や顔、足は血だらけになり、痛々しい傷が浮き出ていた。
「くそ!まずはお前だっ!!」
レグナの目が俺に向けられる。その瞳には憎悪と殺意が渦巻いていた。一瞬で黒い魔力の塊を生成し、次々と俺に向けて放ってくる。
「くっそ!俺狙いか!」
俺は全身を使って攻撃を避け、防御の魔法で何とか耐えしのいでいたが、次第に捌ききれなくなる。そのうちの一撃が腹に直撃し、鋭い痛みとともに胃液をぶちまけてしまう。
「ぐぶっ…!」
一瞬、意識が飛びそうになるが、止まるわけにはいかない。レグナは再び魔力を練り始めた。攻撃の手が止まったその瞬間を、俺は見逃さなかった。
(今だ…!)
俺は震える手で魔力を練り、瞬時に魔法を発動させる。
「火球!!」
火の球がレグナに向かって飛び出す。その攻撃を合図に、アルクたちも一斉に攻撃を仕掛けた。矢が飛び、魔法が閃き、剣が鋭く閃く。レグナは練り上げた魔力を放つ間もなく、次々と攻撃を受けていく。背中に矢が刺さり、足元を魔法で崩され、最後にアルクの剣が右腕を断ち切った。
「ぐうぅあああっ!!」
レグナの叫び声が街中に響き渡る。その間も俺の放った火の球が奴の全身を燃やし尽くし、ついに攻撃の手が止んだ。周囲にはパチパチと肉の焼ける音と、俺たちの荒い息遣いだけが残る。
「終わった…のか?」
ルカがそう呟いた次の瞬間、レグナがゆっくりと立ち上がる。その動作に俺たちは全身が凍りつく思いだった。奴は魔法で水を作り出し、自身の体を覆う火を消し去ると、全身に負った傷を無視してなお戦意を剥き出しにする。
「そうだったぁ…私はもう不死身ではなかった…!!」
その顔には怒りと憎悪が渦巻き、もはや理性はほとんど残されていないように見えた。
「あぁああ!!憎い!憎い憎い憎い憎い!!」
レグナは周囲の空間に再び魔力を膨らませ始める。その力は先ほどの神器の力を持っていた時とは違うが、彼の憤怒が魔法に反映されているのか、不気味なほどに強大だった。
「憎い!この国が!ヴァルティエルが!お前らが!憎くてたまらない!!」
レグナの叫びとともに、魔力が圧縮されていく。その圧力が街全体を震わせ、岩肌がひび割れる音が響く。俺たちはその場に立ち尽くしている場合ではないと、再び身構えた。
「アルク!」
アンが血だらけの彼を支えながら叫ぶ。
「これ以上戦えば、体が…!」
だがアルクはアンの手を軽く払い、剣を握る手にさらに力を込める。
「僕たちがここで引いたら、ロレンツォさんが死んだ意味がなくなる!!」
アルクの決意に引きずられるように、俺たちは再び戦闘態勢をとった。
レグナの叫びが響き渡る。怒りに任せ、彼は手元で魔力を練り上げる。その黒い光はどす黒い感情そのもののように脈打ち、周囲の空気を重たく変えた。
「来るぞ、準備しろ!」
アルクが剣を握りしめながら俺たちに声をかける。アンは弓を構え、ルカとミラは魔法の詠唱を始めた。俺も魔力を練り、火球を作る準備をする。
レグナが腕を振り上げた瞬間、無数の黒い刃が空中に現れた。それは全方向に向けられた攻撃の予兆だった。
「避けきれないぞ、ルカ!」
「分かってる!盾を張る!」
ルカの魔法が発動し、青白い光の障壁が俺たちを包み込む。刃の一部は障壁に弾かれるが、残りは障壁をすり抜けて降り注いできた。
「くっ!」
一瞬の隙を突かれたアルクが左腕を負傷する。それでも彼は歯を食いしばり、レグナの正面へ飛び出した。
「この程度で僕たちは止まらない!」
アルクが叫びながら剣を振り下ろす。しかし、レグナの周囲を覆う黒い魔力の盾がそれを受け止めた。
「愚か者め!」
レグナの手から黒い光が放たれ、アルクを吹き飛ばそうとするが、その瞬間――。
「そこだ!」
アンの矢がレグナの足元を狙い、命中した。足を崩されたレグナは体勢を崩し、攻撃の威力が鈍る。
俺はその隙を突き、火球を放つ。火球はレグナの肩に直撃し、黒い煙が舞い上がる。
「ちぃっ…!」
レグナが苛立ちを隠さず叫びながら、今度は俺に向けて黒い魔力の槍を作り出す。その槍がこちらに向けられる瞬間、ミラの防御魔法が展開され、攻撃を受け止めた。
「こいつ、まだ動けるぞ!」
アルクが前に出ようとするが、ルカが手で制止する。
「待て、焦るな!!」
ルカの言葉に全員が足を止め、レグナの動きを注視する。黒い魔力は再び彼の周囲を渦巻き、息遣いは荒いものの、その瞳には未だ狂気が宿っていた。
「ぐぅうう!」
レグナが震える声で呟きながら立ち上がる。黒い魔力が体からこぼれ落ちるように消えていき、彼の表情は痛みに歪みながらも、次第に歪んだ笑みへと変わっていく。
レグナは血を流す傷だらけの体を支えながら、俺たちを睨みつけた。
「この傷も痛みも…私を裏切ったこの国の象徴に過ぎない!お前たちにわかるか、この憎しみが!」
その言葉に、俺たちは誰もが息を呑んだ。戦いの手を止めたわけではないが、彼の狂気に満ちた声は空気を張り詰めさせた。
「語るな、レグナ!」
アルクが剣を構えるが、レグナはそれを無視して続ける。
「語るさ!語らずにいられるか!私は…この国にすべてを奪われたのだ!」
語り始めた彼の声には、怒りだけでなく、どこか悲しみも含まれているように思えた――。




