98話 代償
禍々しく渦巻く黒い魔力の塊は、生き物のように動き回り、俺たちの一挙手一投足を正確に追いかけてきた。その動きは容赦がなく、こちらの攻撃や回避を見越しているかのように次々と変化してくる。
「くっ……!」
俺は必死に魔力を練り、防御の魔法陣を展開するが、その塊は防御を嘲笑うかのように軌道を変え、別の方向から迫ってくる。
「うわ! うわ!」
視界の端にルカが追い詰められる姿が映る。彼の周囲を黒い魔力が包囲し、その動きを封じようとしていた。
(まずい……!)
考える間もなく、俺はルカの元へ駆け寄ろうとする。しかし、足元に魔力の塊が迫り、爆風のように弾けた衝撃で思わず後方に吹き飛ばされた。
「カイル!」
アルクの声が聞こえるが、体が思うように動かない。
「やらせない!」
その時、アンの声が響き、ルカを狙っていた魔力の塊が巨大な氷の壁に阻まれる。彼女の魔法は、黒い魔力と激しくぶつかり合い、空間を凍りつかせていく。
「ルカ、下がって!」
ミラがその隙をついて駆け寄り、ルカを引き離す。彼女の腕には光のような魔力が渦巻き、ルカの足元に転移の魔法陣を展開する。
「助かっ――!」
ルカが感謝の声を上げる間もなく、再び黒い魔力の塊が新たな形を作り出して襲いかかってくる。
「奴の魔力は……まるで意思を持っている!」
ガイコツが冷静に呟く。
「カイル、アン、そしてミラ!奴の魔力を直接破壊しようとしても無駄だ!奴の魔力は主人の意思と一体化している!攻撃を読まれているんだ!」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ!」
ルカが叫ぶ。
「奴の本体を狙うんだ!魔力を操る中心を破壊すれば、周囲の魔力も制御を失う!」
ガイコツの指示に全員が視線を交わし、本体――レグナ・ヴァルトを狙うべく動き始めた。
「僕が前に出る!」
アルクが叫び、剣を抜く。その剣は彼の魔力を吸収し、眩い光を放ちながら振り抜かれる。アルクの剣撃が黒い魔力の塊を裂き、一瞬の隙を作り出す。
「今だ!」
俺はその隙を突き、レグナ・ヴァルトの元へ突進する。
「いい動きだ……だが、甘い!」
レグナ・ヴァルトが静かに呟くと同時に、黒い魔力が渦巻き、俺を弾き飛ばそうとする。だが――。
「させない!」
アンが咄嗟に氷の刃を放ち、渦巻く魔力を封じ込めた。その一瞬の支援が、俺たちに新たなチャンスを生み出す。
「ミラさん、頼みます!」
俺が叫ぶと、ミラが地面に手を突き魔法を発動させた。その魔法は次々と地面を変形させ、レグナ・ヴァルトの足元を固定した。
「……!」
一瞬驚いた表情を見せたレグナ・ヴァルトが、岩の拘束具に囚われる。
「アルク君!」
「あぁ!」
アルクが剣を振り上げ、レグナ・ヴァルトに向けて渾身の一撃を放つ。
しかしアルクの剣はレグナに到達することはなかった。
剣が届く直前、レグナは一気に腕を振り上げ、その軌道上に黒い魔力が次々と顕現する。その塊は瞬時に爆発を引き起こし、爆風でアルクを後方へと吹き飛ばした。
「くっ...!」
アルクは地面を転がり、彼の剣は宙を舞った末に地面に突き刺さる。皆がその衝撃を見つめる中、一人だけ動いた影があった。
ガイコツだった。
彼は音もなくレグナに向かって突進すると、持ち上げた大剣を一気に振り下ろした。鋭い剣先はレグナの額に達し、皮膚を裂き、肉を削ぎ、頭蓋骨にまで到達したかのような鈍い音が響く。
だが、その瞬間、ガイコツは何かに気づいたようにレグナから距離を取った。
「...どうしたんですか?」
俺が問いかけても、ガイコツは答えない。そして、俺たちの眼前に立つレグナは何事もなかったかのように再び立ち上がった。額に刻まれたはずの傷跡は消え去り、完全に無傷の姿を見せている。それどころか、さっきよりも若返ったようにさえ見えた。
「どうやら、やっと気づいたようだな。」
レグナは不敵な笑みを浮かべながらガイコツを見据える。
(気づいた...?何に?)
その疑問を抱える俺に答えるように、ガイコツが低く呟いた。
「お前...神器で若返ってるな?」
「え!?」
「は!?」
俺が声を上げるより早く、後方のルカたちの驚く声が響く。
「神器で若返る?それってどういうことだよ!」
ルカが困惑しながら叫ぶ。俺も驚きと混乱の中、レグナの姿を見つめた。確かに、青白い肌で弱弱しかった姿はどこにもなく、若々しく引き締まった体つきに変わり果てている。
「ふふ、驚くのも無理はない。この私の力――これが『神威』だ。」
レグナは満足げに自らの体を見下ろしながら続けた。
「この大地に散らばるいくつかの神器。その中でも私が手にした神器は特別だ。傷ついた肉体を修復するだけではなく、さらには若返らせ、全盛期の力を取り戻す。つまり...何度でも生まれ変わることができる。」
その言葉に、俺たちは絶句した。
「つまり、倒しても倒しても意味がないってことなの...!?」
アンが苦々しげに呟く。
「違う!」
ガイコツが低い声で遮る。
「神器には確かにそういう力があるが、それを使い続けるには膨大な『代償』が必要になる。その代償を払えるほどの魔力や体力があればの話だ!」
ガイコツの言葉に、一瞬、希望の光が見えたような気がした。しかし、レグナはそれを嘲笑うかのように笑った。
「代償だと?そんなもの、私には関係ない。」
その一言に、場の空気が凍りついた。
「どういうことだ...?」
俺が絞り出すように尋ねると、レグナはゆっくりと腕を広げる。
「私はこの神器と完全に一体化している。そして、この地に満ちる魔力そのものを糧にすることができるのだ。つまり、私にとって魔力が尽きることはない。この世界に私を止める手段など存在しない!」
「そんな...!」
ミラが愕然とした声を漏らす。
「さあ、諦めるがいい。お前たちに勝ち目はない!」
レグナの声が響き渡る中、黒い魔力の波が俺たちを取り囲む。逃げ場はない。
「...一つだけ、可能性がある。」
ガイコツが静かに呟いた。
「本当にあるのか!?」
ルカが詰め寄る。
「だが、そのためには…僕自身を犠牲にする必要がある。」
その言葉に、場の空気が一変する。
「ロレンツォさん自身を?それって...どういうことよ!」
アンが声を荒げるが、ガイコツは冷静に説明を始めた。
「レグナを不死身たらしめている神器の力を無力化するには、同じように神器の力を制御する存在が必要だ。この大剣――僕が長年共にしてきた神器を使って、僕自身がその代償となることで奴の力を封じる。」
「そんなこと...できるのか?」
ルカが問いかける。
「理論上は可能だ。でも...僕はもう一度死を迎えることになる。そして、もう二度と生き返れない。」
ガイコツの言葉に、俺たちは息を呑む。
「待て、そんなことさせない!」
ルカが反射的に叫んだ。
「そうだよ!他に方法を探そう!」
ミラも続く。しかし、ガイコツは首を横に振った。
「時間がない。この場で決断しなければ、僕たち全員が命を落とすことになる。それに...僕はもう十分生きた。君たちの未来を繋ぐためなら、この命を捧げる価値がある。」
その決意の固さに、誰も言葉を返すことができなかった。
「ただし、僕だけじゃ足りない...…君たちも、最後の一撃を放つ準備をしてくれ。」
ガイコツの指示に、俺たちは頷いた。震える手を抑え、決戦の準備を始める。
(これが...本当に最後の戦いだ。)




