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1話 死の味

 ⅩⅩⅩⅩ年、世界は破滅へと進んでいた――。


 約10年前、世界はある問題を抱えていた。


 それは、世界中での人口爆発と大干ばつによる【超超】食料危機だった。この問題を解決するべく、世界中の国々で様々な策が講じられてきた。


 ある国では、人口抑制のために科学技術を駆使し、出生率を管理しつつ、食料生産の最適化を進めた。

 ある国では、資源の分配を効率化し、AIと最新の農業技術を用いて生産力を飛躍的に向上させ、国内の安定を維持した。

 ある国では、外交と経済戦略を駆使し、他国と相互補助の関係を築きながら、食料の安定供給を確保した。


 しかし、時間が経つにつれ、さらに新たな問題も浮き出し始め、もう世界は取り返しのつかないところまできていた。


 それからも多くの政策が施されたが、ついには問題を完全に解決するには至らなかった。

 そんな中で、唯一自国の継続的安定をもたらした政策が、他国を侵略し、領土を奪うことだった。


 崩壊しかけた世界で、誰もが正常な判断をすることができなくなり、己の安全や未来のために他を犠牲にする――弱肉強食の世界が始まったのだ。


 そして、日本もまた、生き残るために他国との競争に乗り出した。


 軍事力では世界でも上位に位置する日本に、周辺諸国は太刀打ちできるはずもなく、あっけなく影響下に置かれていった。


 戦略的行動を続けて7年、日本は十分な力を手に入れ、とうとう禁断の一線を越えた。


 軍事力最高位のアメリカ合衆国に対し、積極的な資源交渉を試みるも、交渉決裂の末に衝突へと発展してしまったのだ。


 今まで沈黙を貫いてきたアメリカも、これには黙っていられなかった。多大な軍事力を持つ今の日本は、もはや無視できる相手ではなかったのだ。


 そしてついに、日本軍がアメリカ本土への侵攻作戦を開始した。


 そこに、俺もいた……。




 ザザーン……ザザーン……


 この広大な青の世界で、船が波を切る音だけが響いている。


 俺たち日本軍は、アメリカへと船を進めていた。


 こんな戦争、もう意味なんてないのに。


 俺がまだ幼かった頃、世界は今よりずっと平和だった。


 少なくとも、今の地獄のような現状に比べれば。


 だが、俺が9歳になった年、世界各地で戦争が勃発した。


 開戦当初、日本は外交による安定化を目指していたが、やがて国内の食料が枯渇し始め、次第に軍事行動へと傾倒していった。


 最初は自衛隊や海軍だけが戦闘に参加していたが、戦争が長引くにつれ、人手不足と国家存続のために一般市民も戦争に駆り出されるようになった。


 その中には、俺の両親もいた。


 最後に会ったのは俺が12歳のとき。


 あれから7年が経った。


 そして、もう二度と会うことはないだろう。


 だが、悲しいとか寂しいとか、そんな感情はもうない。


 残された俺たち子どもは、未来の兵士として軍に鍛えられた。


 最初に教え込まれるのは「感情の制限」。


「戦いに感情は不要」――そう教え込まれた俺たちは、死をも恐れぬ兵士に育てられた。


 こんな理不尽だらけの世界で、誰が生きたいと思うのか。


 いや、誰も思わない。


 食料は尽き、戦争は拡大し、いくつもの国が滅んでいく。


 世界は刻々と破滅へと向かっている。


 こんな地獄で生き残りたいなんて思う奴がいるとしたら、そいつはバカだ。


「はぁ……」


 ため息が止まらない。


 俺はいつも思っている。


 早く死なないかなって。


 いつ、この地獄から解放されるのかなって。


 そんなことを考えていると、自然とため息が出る。


「どうしたんだよ~!京!今からアメルリカ潰しに行くんだろ~?ため息なんかついてたら死ぬぞ!」


 ……いたな。


 こんな世界を楽しんでるバカ。


「アメリカな。ルはどこからきたんだよ。」


「ははは!知らん!」


 はぁ……。


 なんでコイツはいつも元気でバカなんだ?


 ――このバカの名前は『白井たかし』。


 白井は俺と同じ軍事施設で育った。


 しかし、最初に学ぶはずの「感情の制限」がうまくできなかった。


 学もないため、軍では白い目で見られていたが……


 それを補って余りある強さがあった。


 白井は戦闘に関しては天才的だった。


 近接戦闘、射撃、戦闘機の操縦……何を取っても、白井より上手いやつはいなかった。


 俺はかつて白井に聞いたことがある。


「どうしてそんなに強いんだ?」


 その答えは、単純でバカみたいだった。


「楽しむことが強くなる一番の近道だ!」


 らしい。


『楽しむ』――


 俺にはもう分からない感情だったが。


「そういえば白井、今回はどんな戦法を使うんだ?またこの間の『ボンバーマン』は無しだぜ。お前のせいで負けそうになったんだから。」


「今日は『肉団子』にするぜ!肉が食いたい気分だからな!」


 白井は、誰も考えつかないような奇抜な戦法を好んで使う。


 その戦法はたいてい成功するが、俺たちの軍にも被害が出ることがある。


 だから、こうして直前に『今日の戦法』を確認するのが、俺の日課になっている。


 ちなみに『肉団子』とは……


 敵味方の死体を身にまとい、肉の防弾チョッキを作って特攻する戦法らしい。


 ……はたして、それは戦法と呼べるのか?


「おい、お前ら、もうすぐ着くぞ。話してないで装備の点検をしろ。」


「「了解」」


 俺は黙々と装備の点検を進める。


 周囲の仲間たちも、無表情で手を動かしていた。


 まるで、人形のように―――。





 ザッザッ…ザッザッ…


 数時間前にアメリカ本土に到着した俺たち小隊は先に到着している中隊の奴らと合流するため、この初めて見る大地を歩いていた。


「ふぅ・・・日本と全然違うな、雰囲気が。」


「何かワクワクするなー!冒険してるみたいだ!」


 白井はまるで子どもが初めて遊園地に行ったときのように目を輝かせながら辺りをキョロキョロ見渡している。コイツはどこまでいっても楽しさが原動力のようだ。



 すると、急に進行が止まった。


(どうしたんだ?)


「小隊長、どうしました?」


 疑問に思った一人の兵士が先頭の小隊長に話しかけた。


「…と、到着だ。」


 小隊長が放った一言に、その場にいた誰もが一瞬息を飲んだ。


(到着…?一体どこに到着したというのだ。こんな荒野のど真ん中で。)


 質問をした兵士が続ける。


「到着とは…?一体どこですかここは」


「…ここが、中隊との合流地点だ。」


 その瞬間、周囲がざわめきだした。


(ここが合流地点…?何もないぞ?まさか命令ミスか?いや…しかし、今更軍がこんな初歩的なミスをするとは思えない。何かが引っかかる…。)


「本部のミスの可能性もあるから連絡してみよう…。ここで少し滞在する!警戒を怠らず、野営の準備をしろ!!」


 小隊長の指示で、俺たちはすぐに行動を開始した。


「「了解!!」」



 1時間後――。


 再招集され、小隊長を囲むように俺たちは立っていた。


「ダメだった…連絡が取れない。ここら一体に電波妨害が起きている。これでは俺たちは中隊とは合流は叶わなくなった。」


(電波妨害…自然的なものか、それとも…。)


 そこで、最前にいた兵士が手を挙げる。


「小隊長、我々はどうすればいでしょう。中隊と合流できないのであれば一度祖国に戻る方が賢明だと思われますが…。」


 その言葉に小隊長は頷く。


「うむ、俺もそう考えていた。じき日が沈む。夜になったら一度停泊させている船まで戻るぞ。あそこの設備なら本土と連絡が取れるやもしれん。」


 その言葉に、俺たちはすぐに散開した。


「「了解」」



 ―――。



 船に戻るまでまだ数時間あることで、少しだけ気が抜けた俺は猛烈な睡魔に襲われていた。


(少し寝るか。)


 本来なら、敵国に攻め入る途中で寝るなど言語道断、警戒をすべきなのだが…なぜかこの時は、抵抗できないほどに睡魔に襲われていた。


 俺は自分のテントに戻ると、疲労からか死んだように眠った――。






 ドーーーーン!!!!

 ドガガガガガガ!!!!!!


 突然の轟音と銃声で俺は寝床から飛び起きた。


「なんだ?銃声??」


 状況を確かめるためにテントから顔を出した。


 そこで俺は、仲間たちが殺されていくのを見た。


 逃げ惑う同期の兵士たちや、必死に命乞いをするように膝を折っている先輩兵士たち。

 状況からして奇襲にあったようだった。


 奇襲を仕掛けてきたのはもちろん俺たちが進軍をしていた国の兵士たちだ。

 しかし、どうしてこんなことになるまで気づかなかったのか、それは分からないが、今俺がすべきことは――


 俺は一度テントに戻り、装備を整えた。奴らを殺す準備だ。

 整えている間にも銃声と悲鳴は止まず、仲間がどんどん殺されていっているのが分かった。


(まだ何人かは生き残っているハズだ。そいつらと合流して奴らを全員殺す。)


 準備が整った俺は、辺りを警戒しながらテントから顔を出す。

 辺りに敵兵の姿は無く、奥の方から銃声が響いている。


(近くには敵兵はいないか。)


 轟音が鳴り響く中、生き残りを探すため周辺のテントを見て回る。

 しかし付近のテントには死体しかなかった。


「付近のテントは全滅か…。」


 残るは敵兵が集まる中央テントのみ、あそこに敵が集まってるってことは仲間が立てこもっている可能性が高い。あとはどうやってあのテントに近づくかだが…。


(どうするか…。)


「あのテントに行くんだろ?俺も連れてけ!!」


 すると、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。

 振り返るとそこには血まみれの白井が立っていた。おそらく返り血だろうが。


 俺は冷静に適格に白井に指示を出す。


「よく生きてたな白井。そうだあのテントに生き残りがいるかもしれない。一緒に助けにいくぞ。」


「なら・・・俺の『肉団子』が役に立つな!」


 そう言うと、白井は辺りに転がっていた死体を紐で自身の身体に括り付けだした。


「待て、作戦をまだ伝えていない。」


「大体分かるさ!まず先決は中央テントに群がってる敵兵を殺せば良いんだろ?」


(それがどれだけ難しいことか分かって言ってるのか?簡単そうに言いやがって…。)


 白井は俺の心情など知らずに、準備を整えると簡易的な柔軟体操を行い、敵兵を見据えた。


「んじゃ、行ってくる!!!」


『肉団子』の白井が中央テントに向かって走り出す。

 白井の存在に気付いた敵兵が白井に向かって銃を乱射するが厚い肉の壁に守られた白井には痛くも痒くもないといった様子だ。

 放たれる銃弾には目もくれずどんどん突っ込み、敵兵は白井の肉の厚さで圧死していく。

 瞬く間に中央テント付近が血の海と化した。


(そういえばアイツ戦いの天才だったな…。)


 隠れながら敵を撃ち殺していた俺は安全を確認して白井と合流する。


「よくやった白井。これでテント内を確かめられる。」


「おうよ、京は隠れてばっかだったな!」


 (うるせぇなお前が戦闘バカなだけなんだよ。)


 と口には出さず心に閉まっておく。まずは生き残りの安否確認だ。


 白井に外で警戒するようにと指示を出し、俺はテント内を確認しに行く。

 中に入るとそこには既に肉塊となった小隊長と、数人の兵士の死体が転がっていた。


「ダメか…。これで今回の作戦は実行不可能だ。一度日本へ帰還しなくてはならなくなったか。」


 中の状況を白井に報告するため俺はテントの外へ出ようとしたその時。


 外から眩い光が差し込んだと思った瞬間、凄まじい轟音と爆発で俺ごとテントが吹っ飛ばされた。


「なッ…!」


 そこで俺は気を失った――。



 ―――。



 気づくと、俺は何もない白い空間にいた。

 本当に何もない、ただただ虚無な世界が永遠に続く世界に。


 …俺は死んだのか?


 自問するように言葉を発すると、俺はすぐに思い出した。

 あのとき、俺を包んだ眩い光。あれはおそらく核だ。流石大国、まだあんな兵器を隠し持っていたとは。


 そして、あの威力の爆発。

 俺は生きてる訳がない。


 俺はその事実に身体が震える感覚を覚えた。

 やっと…やっとこの地獄から解放された。その事実が、俺の身体を感動させているのだと、そう思っていた――。



 (やっと死ねたか。やっと…。)


 俺は心の底から歓喜した。表情に感情は出すことはできないが、身体が打ち震えている。

 喜んでいるのだ。俺の心が。


 しかし――



 …なんだ?



 …なんで?



 俺は何が悲しいんだ?


 やっと、念願の死が訪れたのに何が俺の感情を揺さぶっている?


 感情制御だ。

 悲しみなんて、要らない。


 やっと…解放されたんだぞ…。


 やっと…あの地獄から…。


 俺は必死に感情を制御する。

 しかし、次第に大きくなる感情に涙があふれ出し、嗚咽が漏れる。


 なぜ……何故。

 なぜ俺は泣いている?何故胸が苦しい?


 何故――俺は死んだことを悲しんでいる?


 意味が分からない。

 いや意味は分かっている。だからこそ俺は…それがたまらなく悔しい。


 俺は、死にたくなかったんだ。


 12歳の時に孤児院から引き抜かれ軍に所属することになった俺は、すでに世界に絶望していた。

 希望も幸福も、安全も安心も、親の温もりすら失った俺は死にたいと思っていた。


 しかし、実行に至ることはなかった。

 それは偏に、白井の存在があったからだ。


 俺と同じ孤児院で生活していた白井も、親が戦争に駆り出され孤児となった戦争孤児だ。

 そんな奴が行きつく結論は1つだけだ。「死にたい」それが普通の事だった。


 しかし、白井は違った。孤児院では明るく砕けた性格から友達を作り、親を失った子供たちに励ましの言葉をかけていた。


 そして白井は、俺にも話をかけてきたが、俺は相手にしなかった。

 そんな俺に白井は何を思ったのか、その日からいつも俺の横を歩くようになった。


 そして、すぐそばで白井を見ているうちに、あることに気づいた。


 俺は白井と一緒にいることが楽しかったのだ。


 その小さな『楽しい』という感情が、俺を今も支えてくれていたのかもしれない。

 それが、俺を死にたくないと思わせる原因だったのだ。


 俺は生きたい。死にたくない。

 まだ、『楽しい』を全然知らない。


 知りたい。

 理解したい。

 感じてみたい。

 見てみたい。


 白井と同じ、感情を。



 嫌だ…。俺は死んでられない。


 死にたくない…。

 死にたくない…!

 死にたく…ない!!



 まだ生きていたいんだ―――!!!


 この時、俺は久しぶりに、感情を取り戻した。



 ※※※



 目を開けると、満天の青空が視界に飛び込んできた。


「はっ!!ここは…?俺は…。」


 俺が目を覚ました時にはすでに夜は明け、太陽の光が大地を照らしていた。


「俺は生き残った…のか…?」


 俺はそっと胸に手を置く。ドクドクと鼓動している心臓を感じて、改めて生を実感する。


 その時、気を失っていた時に感じた様々な感情が俺の身体からこみ上げてきた。

 今まで制御して、我慢して、押し殺して、必死に抑え込んでいた恐怖や悲しみが。


 俺は感情を取り戻せた。


「くっ…ふっ、良かった。生きてて良かった…。」


 泣いた。

 二十歳を超えるであろう大の大人が、身振りも気にせずに泣きじゃくった――



 ――多分10分くらいは泣いてたと思う。


 今まで抑え込んでいた分をすべてを吐き出した俺は、清々しい気分になっていた。


 しかし、状況はなんら変化していない。今すべきことは状況整理だ。


 腐っても今の俺は軍人。今は、今やるべきことをすべきだ。


 俺が立っているここは確かに俺たちがテントを立てた場所に違いない。しかし、野営跡や敵味方の死体がキレイさっぱり無くなっている。


 どういうことだ。


 ここで俺が考え付いた答えが。


「核、か…?」


 そう、核。

 爆弾だ。


 人間を欠片も残さず跡形も無く消去するのはそれしか方法がない。

 しかし、本当に核爆弾を使用したならアメリカは自国の兵をも犠牲にしたということになる。


 領土の保全が脅かされれば、犠牲は問わないということなのか…?


「――分からない…。」


あの爆発が核なのか、撃ったのがアメリカなのか、それとも別の国なのか…。

さっきから頭が朦朧として考えがまとまらない。


 俺は、頭を振り考えるのをやめた。


(とりあえず服探そう、服。ずっと上裸のままじゃ寒すぎて死ぬ。)


 数十分辺りを探索した。


 中央テントがあった付近。そこで俺はあるものを発見してしまった。


「フー…フー…。」


「…白井。」


 今にも死にそうな状態の白井がそこに横たわっていた。


「白井、聞こえるか?」


 俺の言葉を聞いて白井の眼だけが動き出す。体はもう、動かせそうにないようだ。


「きょ…ゔ、か」


「そうだ、俺だ。」


 掠れた声で俺の名を呼ぶ白井にはかつての元気さはもうない。もうすぐ死ぬ奴の声だ。


「おれは、う…死ぬ…っぽいな。」


 白井は、咳と共に口から零れた黒い液体を見て、死を自覚する。


「あぁ、お前はもうすぐ死ぬだろう、何か言い残すことは無いか?生きているなら、お前の家族に伝えよう。」


「なん、か…変わった…か?き、京。」


「あぁ、ちょっとな…お前のように、感情が戻ったんだ。」


「は、ははっ…そりゃ、よか、ったな。」


「ありがとう。もっと早く戻っていたなら、お前ともっと親しくなれたのかな…」


 俺の言葉に、白井は覚悟を決めたような表情をして、そして俺の目を真剣に見据えた。


「…い、今のお前に…なら、俺の『夢』を、言ってみるのも…いいかもな。」


 白井の夢…そういえば聞いたことなかった。あんな夢しか持ってなさそうな感じの奴だったのに。


「なんだ?言ってみてくれ。知りたい、お前の夢を。」


「俺の夢…それ、は…誰にも負けない、『最強』の男に…なる、こと…なんだ。」


 白井の言葉に、俺は心の中で驚愕した。

 毎日が楽しそうだったこの男に、そんなにも可愛らしく、子供らしい夢があったとは。


「…。」


 白井は涙を流しながら続けた。


「う…っ、クッソ…叶えたか、ったぜチクショー。」

「こんな、狂った世界になっちまったけどよ…夢だけは…絶対に捨てるなって、母ちゃんが…。」

「俺には、その言葉が、唯一の救いだったんだ…。うっ…くふっ…。」


 白井の嗚咽が漏れる中、俺も、1つの覚悟を決めた。


「白井、その夢俺に託してくれないか?」


 俺の言葉に、白井が目を見開く。


「京・・・?」


 俺は続けた。自分が今思っている思いを、感情をすべてぶつけた。


「俺はお前のおかげで感情を取り戻せたと思ってる!今までのお前の行動が俺を助けてくれたんだと思ってる!」


 俺の真剣さを感じ取った白井は、静かに俺を見据えていた。


「…だから!俺に託してくれ!お前に少しでも恩を返したい!お前の心を!想いを!俺にも背負わせてくれないか!!」


 気づくと、白井は笑っていた。


「京…やっぱり、変わった、な…。今の方が…絶対モテる、ぜ。」


 そして、白井はより一層悔しそうな表情をした後、俺に向き直った。


「わかった…俺の夢、お前に託す…絶対に、叶えてくれ…」


 白井が俺に腕を伸ばす。

 俺は何を考えるまでもなくその腕を取った。


「分かった、絶対に叶えてやるからな。」


「そ…して、いつか…お、れに…。」


 白井は、何か言おうとしていたが、次第に言葉が途切れ途切れになり、そして…死んだ。


 白井が死んだ。俺に夢を託して――。



 ―――。



 白井の死体は絶対に日本に持ち帰る。コイツはこんなとこで孤独に死んでいい奴じゃない。絶対に白井の故郷で埋葬する。絶対に。


 俺は白井の死体を担いでなんとか船を停泊してある場所まで行き、本部へ連絡を取り救助要請をした。

 どうにか連絡は入ったようで、俺は敵兵に船の場所がバレる前に救助してもらうことができた。


 無事に帰還できた俺は、本部への報告もそこそこに、白井の故郷だと言う北海道の函館市で白井を埋葬してやることにした。


「白井…お前の故郷、いいところだ。」


 俺は白井が入った棺桶を撫でながら白井と過ごした今までの生活を思い出していた。


「今思うと結構お前に酷いことしてたよな…。」

「ま、白井のことだから、覚えちゃいないんだろうけど…。」


 俺は、無意識に棺桶を撫でる拳を握りしめる。


 お前の夢は、絶対に俺が叶えてやる。

 そしていつか、死んでまたお前に出会えた時、言ってやるんだ。「お前の夢は叶ったぞ」って。


 俺は、白井の夢と想いを背負って、この世界を生きていく――


 ――ハズだった。



 半年後―――


「判決を言い渡す!主文、被告人、黒木京を敵前逃亡の罪で死刑に処す!!」


 ――俺は、死刑になった。


 一本の棒に身体を括りつけられ、目隠しをされている。

 身動きもできず、見ることもできない。

 今から俺は死ぬのだ。


 白井が死んで半年、俺は敵前逃亡の罪で牢に拘留されていた。

 何度もアメリカにある核の存在を訴えたが聞き入ってもらえず、結局今から死刑になるって訳だ。


 白井の夢を叶えるって決めたのに、せっかく生きたいって思えるようになったのに。こんな仕打ちあんまりだ。


「黒木京、最期に言い残すことはあるか?」


 もうすぐ時間のようだ。俺は死ぬ、目の前にいるであろう銃を構えた兵士たちによって、1秒もしない内に俺はハチの巣になって死ぬ。


「俺は…。」


 よく生きたよ、20年も。

 あんなに死にたがってたのに、結局今日まで生き残って、しかも生きたいなんて思えるようになったんだ。上出来だった。俺の人生。


「俺は…。」


 いや…何諦めてるんだ?

 白井と約束したじゃないか。『最強』になるって。何勝手に白井の夢を俺が諦めてるんだ?


 やっぱり…絶対に死ねない。


 生きてやる、もがいてやる、無様でもダサくても絶対に生き残ってやる。


 最後まで足掻いてやる。


 …そうだ俺の言葉は決まった。


 俺は――


「俺は!!最強になるんだ!!!」


「…撃てェ!!」


その瞬間、銃声と共に俺の全身に激痛が走る――と思った瞬間、何も感じなくなった。

おそらく、脳を撃たれた。重要な感覚器官を失った。


 これが、死の味か…白井もこんな感覚だったのかな。


(悪い白井。約束守れなくて。もしあの世があるなら、そこで俺を殴ってくれ。お前の拳なら何度でも喰らうよ。)


 俺は、ゆっくりと意識が遠のくのを感じながら、最後に生きたいと思えるようになったことを、白井に感謝した。


 そして。


 事なくして俺は死んだ――



 ⅩⅩXX年2月11日午前10時45分 黒木京 ー死亡ー







 ―――かに思えた。

京の物語はここから始まる!!

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