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2-3: 相談と煙火

あの桜井カノと会った次の日の深夜。

私は自分が過去に拉致られたことのある、裏の住人御用達BARに来ていた。ウシザキからの呼び出しだった。

大体の報告は済ませたはずなのに、なぜにまた…。

ウシザキはこちらを見てずっと黙ってはいるが、口元がピクピクしていた。色々言いたいことを悶々と考えてるかのように。そして、さらに睨んできた。


臓器売買の窓口があの閑静な住宅街の主婦だというとこでそのエリアに行き、妖艶の美女の宗教のお誘いを受けて、そして何も収穫もないまま家路に着いた、と?


そんな文字が背後に浮かび上がってるウシザキを横目で見つつ、私は小さく頷いた。

「お前なぁ…。その辺のおっさんみたいな引っかかり方してんじゃねぇよ!なんで主婦同士でそんなアヤシイことしてんだ。」

ぐうの音も出ない。自分でも説明できないけど、あの桜井カノは妙な魅力があるのだ。

「宗教の名前、なんだって?」

ウシザキが目を細めて聞いてくる。

はっとなって頭の中を探ったがその名前が何故か思い出せない。何かの宗教だとはわかるし、奥の部屋に仏壇のようなものがあったのは、覚えてる。

「名前だけ覚えてない…。」

その様子にウシザキが少し焦り出した。そして、私の手元を撫でまくる。何箇所かを押しては皮膚を引っ張りを繰り返した。ウシザキは、キョトンとしている私を見て、大きな溜息をつく。掴んでいた手を離し、少し低い声で言った。

「今のところ何もないな。てっきり手に毒仕込まれたかと思ったぜ。痛みや違和感はないか?」

「全くないよ。心配しすぎ。」

そんなやり取りを交わして、報告も終わったことだし早々にこの場から逃げ出そうとすると、ウシザキが重く口を開く。

「これからは、桜井カノは俺があたる。お前は一旦休憩だ。好きなBAR巡りでも行ってこい。」

ウシザキも何かの違和感を覚えたのだろう。判断が早いウシザキらしい提案だった。この判断に何度も助けられてるので、私は素直に従う。しかし、これが大きな波乱と混乱を招くキッカケだと、私もウシザキも知る由もなく。

私はウシザキに言われた通り、仕事は放棄して趣味のBAR巡りへと走り出した。そういえばここ最近BAR巡りしてないなぁ、なんてのんびり考えつつ、車に乗り込む。

「友達なるって、言ってしまった。嘘ついてごめん。」

若干の罪悪感と、首筋から手のひらにかけての違和感が私の呼吸を浅くしていく。苦しいわけではないが、なんだか頭の芯がぼうっとする感覚だ。

「今日は1軒にしとくかな。」

とりあえずBARでリフレッシュすれば大丈夫。そんな軽い気持ちで車を発進させた。時間は午前1時。夜に溺れる歓楽街は相変わらず眩しいが、私の目的とするのは路地裏にある静かなBARである。


新たに発見して、前から行きたかったBARの一つ。

歓楽街から少し外れた細い道を進むと、そこには葡萄のマークがぽつりとあるだけ、という小さなBARだ。

ここの売りは、ノンアルコールカクテルが豊富にあるということ。車で来てもBARを味わえるという最高の逃避場所。

翌日が朝早い主婦も楽しめるのだ。

わくわくしながら、うなぎの寝所のような唸ってる小道を抜けると小さな屋根のBAR、BRAVE(ブレイブ)が見えてきた。

「本当に小さい。何席あるんだろう?」

小さいBAR "BRAVE(ブレイブ)"のドアは、扉におしゃれな壁紙を貼り付けるだけのシンプルなものである。そして入口も狭い。お相撲さんは入れないのでは。。ほれほどに小さい。

ノブタイプのそのドアを開けて入ると、予想以上に狭い空間だった。

「いらっしゃいませ。BAR BRAVE(ブレイブ)へようこそ。」

中にいたのは、なんとなく昔ヤンチャしてたような細い眉の青年。この店のバーテンダーのようだ。

「お好きな先はどうぞ。と、言っても3つしかございませんが。今日は貸切ですよ。」

貸切という言葉に、ここ数日の落ち込みも忘れて心が躍る。

ゆっくり、人の目も気にせずノンアルカクテルを頼めるのだ。近年、ノンアルでもBARは歓迎してくれるようにはなったが、まだまだ違和感のあるオーダーである。

「ノンアルカクテルお願いします。」

一応下からひっそりと頼んでみたが、青年バーテンダーはにっこりな笑顔をしながら、快く受けてくれた。

「まずは、シンデレラはどうですか?フルーティで色も綺麗ですよ。オーソドックスなノンアルカクテルです。」

実は、ノンアルカクテルをメニューに載せる店は少ない。

だが、この店のノンアルカクテルはかなり用意されてるようだ。ノンアルとはいえ、別種類を混ぜて飲みまくると気持ち悪くなると知ってるので、多くても2杯にしようと心に決める。

「じぁあ、それで!」

「かしこまりました。お作りしますね。」

ガシガシと氷を削り出す作業から始まるバーテンダーをぼんやりと眺めながら、私の心の底にあの桜井カノの顔が浮かんできていた。そんな思いに耽りかけた瞬間、スマホのバイブレーションが鳴る。こんな時間に?もう深夜2時前というのに、しつこく鳴るそれに妙な胸騒ぎがした。

「もしもし、もしもーし!りーこ?!」

電話の相手は、私の友人マイ。マイは若干のパニック状態のようで声も涙混じりのようだった。

「りーこ…。だれか弁護士さんとか知らない?私の友達が、、幼馴染が変な人に連れて行かれたみたいなの!でもでも」

それだけ聞くと警察案件な気もするが、マイの話を聞くとそうもいかない理由があるらしい。

「ひとまず、マイちゃん。外出れる?それか、私が家戻るまで待っててくれる?家から電話するよ。」

マイは、えっ…と声を詰まらせてから小さく答えた。

「私が行くよ。いまどこ?りーこのとこに行く!」

彼女の決意は揺るぎなく、毎度のことながらその真の強さには驚かされる。ま、ここはノンアルだし大丈夫かな。。

「マイ、メールするから、そのBARに来てね。」

私の言葉を聞くや否や、通話をそのままに家を飛び出す。

そんな音を電話越しに聞いていた私が青年バーテンダーにその旨を伝えようとしたが、すでに周知の沙汰だった。

「大丈夫ですよ。本日は貸切でございます。オグマの方。」

青年バーテンダーも知っている。彼は、この黒と銀の2連風の指輪をしっかり視認していたのだ。なぜかちょっとションボリする私に、青年バーテンダーは小さく笑った。

「裏の住人ならではのお悩みですね。」

そんな軽口に腹は立たない自分は、もう本当にそっちのにんげんになりかけてるんだな、とまた肩を落とす。

そんなたわいもない会話とシンデレラをちびちび飲んでいたら、汗だくになったマイがやってきた。

「迷ったー!なにここ!めちゃ分かりにくかったよぅ。」

いつものマイの明るい口調。少しホッとする。

「で、誰がどうなったって?」

時間も時間なので、直球で聞いてみた。すると明るい表情は一気に沈んでしまい、どんよりとした目を潤ませて泣き出す。やばい、私は女性の涙にめっぽう弱いのだ。

「ごめんごめん。まずは、ノンアルカクテルでも…。」

なだめようとした私の行動をマイが制止する。涙をぐいっと拭って、そして落ち着いた口調で話し始めた。

「私の昔からの友達、数年前まで親友って思ってた人がね、変な黒いスーツの男に、、私の目の前で連れていかれたの。私ちょっと離れてて、こっち気づかれてないみたいだけど。。」

「黒い、スーツ?…。その人、なんでそんなことに。」

マイは私の問いに答えることを少し躊躇する。よほどの理由があるのかもしれないが、今の状況では洗いざらい話してくれないと何もできないのだ。

「お願いだから話して?でないと、何もできないよ。」

厳しい言葉とは思うが、仕方がない。マイはまだモジモジしていたが、数分おいて再び話し始めた。

「昔、親友と思ってた人がね、なんか変な宗教にハマってしまって、、私はあまり乗り気にならなかったんだよね。で、絶交宣言のメールきて。。それからずっと連絡なくなって。。」

「宗教…。で、なんで今日その人の話に?」

はっとする私をよそに、マイは続ける。

「たまたま、買い物の帰りに見かけて、声かけようとしたら変な車に乗せられてたの。。」

「変な車…。うーん。。そうだ、その親友さんがハマってたっていう宗教ってどんなの?」

嫌な予感がする。だけど、まずは確かめないとダメと判断した。マイは頭をぐりぐりしながら思い出してくれてる。

「あ、確か。イルマナ教って言ってた。大きい団体とかも言ってたなぁ。すごい誘われたもの、覚えてる。」

その名前を聞いて、私の体はビクッとした。それと同時に、ありえないほどの衝撃が頭の奥を刺す感覚。そうだ、その名前だ。

「どんな宗教なの?マイは知ってる?」

もしや、親友というのは…。つい言いそうになったその言葉を飲み込み、静かにマイへ聞く。マイは、私の挙動を見て少し不安そうに口を開いた。

「あの子によると、人間の再生の宗教らしいの。だしかに変な宗教だけど、あの子、それがらみで連れて行かれたのかな…。」

「うーん、とにかく誰かの手を借りた方がいいね。とはいえ私もただの主婦だし、すぐに何かできるわけじゃないけど、親友探すの手伝うよ。」

安請け合い、と言われそうだが、仕方がないのだ。

この友人だけは失ってはいけない、それだけ。

だが、ここで裏の住人の話をするわけにもいかない。

そこで、閃いた。

「宗教とかその辺に詳しい人連れてくるよ。明日の夜、またこのBARで待ち合わせしていい?」

根拠のない発言ではない。そう、その辺に詳しいのがいるではないかと。その辺は、ウシザキに相談するしかない。

いい加減、裏の住人の知り合いがウシザキ1人てのにも不満もあるし、ここはひとつカマかけてみるとしよう。

「分かった!りーこ、ありがとう。また明日ね!」

少し明るさをとり戻したマイが勢いよく帰って行った。

「お連れ様はお帰りですか?いま、シンデレラが…。」

ポカンとしている青年バーテンダーは、ふっと息をついて私の前に追加のシンデレラを開く。

「こちらは、当店からのサービスです。そして、明日も貸切に致しましょう。ゆっくりご来店ください。」

なんとスムーズに話が進むものだ、と感心しながら2杯目のシンデレラを口にするのだった。


つづく

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