10歳
結局のところ、十歳を迎えるまで腕輪は外してもらえなかった。
だが、本日ようやく――私は枷から解き放たれる。
「外しますけど、絶対に無茶したらダメですからね?」
「うん」
私の腕から腕輪を外したルーシェであったが、彼女の表情は晴れない。
やはりまた魔力不足で倒れないか心配なのだろう。
「絶対ですよ? もうルーシェを悲しませないで下さい」
「大丈夫だよ」
私は自覚ある天使の笑みを浮かべ、自分と同じ目線の高さに合わせてくれているルーシェの首に腕を回して抱き着いた。
生まれた時から一緒に過ごしてきた姉のような存在。これまでずっとおねロリを堪能させてくれる存在。
銀の髪から香る花の匂いを感じながら、私はぎゅっと彼女を抱きしめた。
「もう。本当に本当ですからね」
ルーシェもまた私の小さな体を抱きしめ返してくれる。
さて、安心させたところで。
「さっそく魔法使う」
「もう……」
くしし、と笑い声を上げた私に対し、ルーシェはため息を漏らすが「仕方ないですね」と観念したようだ。
屋敷の敷地内にある庭園を抜け、最奥に「十歳の誕生日プレゼント」として父親から用意された小さな魔法訓練場に向かう。
小さな空き地の中心に鉄で作られた案山子が2つほど設置される簡素な訓練場であるが、まだ体の小さい私にとっては十分な広さ。
「ガーネット様。使って良いのは低位の攻撃魔法ですよ。それと発動回数は3回までです」
「うん」
低位の攻撃魔法とは、小さな火の玉や水の玉、風の塊など殺傷力の低い魔法である。
戦闘を生業とする者はこれらを牽制や陽動として使い、本命となるのは中位以上の魔法だ。
低位なだけあって生活魔法同様に使用魔力は少ないが、調子に乗って連発すれば総量の低い私はすぐにガス欠になってしまう。
故に両親とルーシェによる協議の結果、安全を保つ為に一日三回までならと許可された。
「いくよー。火の玉~」
私は案山子に掌を向ける。
前方に小さな魔法陣が生成され、小さな火の玉がポンと発射された。
火の玉は成人男性の握り拳程度の大きさで、大きさとしては常識的な範囲である。
だが、問題は射出させる際の速度にあった。
まるでボウガンの矢のように高速発射された火の玉が鉄の案山子にぶち当たる。
当たった衝撃でグワングワンと案山子が揺れて腹に黒い焦げ跡を作った。
「うーん」
私は案山子の状態を見つめながら「こんなものかな?」と首を傾げるが、見守っていたルーシェはそれどころじゃなかったらしい。
いつぞやと同じく目を点にして固まってしまう。
我に返った彼女はしゃがみ込み、私に目線を合わせて問う。
「ガーネット様? アレンジを加えましたね?」
「ん? ん~?」
じっと見つめてくるルーシェを見て、私はふいっと顔を逸らして誤魔化すことにした。
「はい。今日はもうおしまいです」
悪い子にはおしおきだ。
そう言わんばかりにルーシェはパンパンと両手を叩いて終了の合図を出した。
「ええー!? 待って! もう一回! もう一回だけ!!」
私はルーシェの足にしがみつくと瞳を潤ませながら彼女を見上げる。
お願い、お願いと懇願するようにおねだりビームを顔全体から放った。
「うっ……! あ、あと1回だけですからね!」
お願い攻撃に屈したルーシェはあと1回だけ許してくれた。
厳しく接する時も必要だと自覚していながらも負けてしまうのは仕方ない事なのだろう。
何故なら私は美少女だからだ。
「やったー!」
くしし、と笑い、再び案山子に向かって低位魔法を発動させる。
先ほどと同じ速度で火の玉を撃つと、若干ながらの気怠さを感じ始めた。
なるほど。今の状態では二発がボーダーラインか、と心の中で思う。
「さぁ、今日は戻りましょう。お屋敷に帰って計算のお勉強をしますよ」
「はぁい」
ほんの短い時間であったが、全く使えない日々を過ごすよりはマシ。
そもそも、枷は外れているのだから。
その日の夜、昼間の結果を元に――私は真っ暗な自室のベッドの上に座って両手を見つめる。
「魔法の発動は問題ない。でも……」
何かがおかしい。
初めて魔法を使ってぶっ倒れた三歳、その後は両親とルーシェが見守る限定時であったが何度か魔法を使って。そして十歳になった今日。
三歳の頃に比べると、明確な違和感を感じ取った。
「最初は成長過程にある不確定要素かと思っていたけど……」
体の成長が著しい頃に起こる、成長期に作用する違和感なのかもと問題を先送りにしてきたが。
「やはり、おかしい……。魔法を発動する度に起きるノイズは何だ?」
前世の頃はこんな事は無かった。
具体的に言うと、魔法発動寸前でチリリと頭にノイズが走るような感覚が発生する。
昔ほど魔法を使っていないとはいえ、説明し難い違和感にさすがの私も少し危機感を覚えて始めている。
特に感じる体の部位が頭、脳の部分となると未知なる病気なのでは……という後ろ向きな推測が生まれてしまう。
といっても、感じるのは魔法発動時だけ。日常生活の際は一切感じない。
「魔法が使えなくなるのは厳しいな……」
この世界は魔法ありきだ。
魔法が使えない人間には非常に生活しづらいシステムが構築されている。
魔法が使えない人間は存在するものの、世界人口全体から見ても『0.1%未満』といったところ。
自分のその一部になってしまうのかと恐怖を覚えつつあるのは、前世でそういった人達を見ているからだろうか。
「試してみよう」
私はベッドから降りて窓へと向かった。
窓を開けて、星が輝く満点の空を見つめる。
自分の魔力総量を加味して、その中からギリギリ発動できる中位魔法を選択。
内容としては遠くを見る千里眼のような魔法だ。
詠唱すると魔法陣が生成され、発動に必要な魔力を魔法陣に投入。
これで魔法は発動するはずだったが……。
このタイミングでチリリ、とノイズが頭に走った。
「な、なんで!?」
結果、魔法は発動しなかった。
詠唱、魔法陣の生成、必要魔力の抽出と投入。発動に至るまでのプロセスは完璧だったにも拘らず。
低位魔法は発動できたのに、短いながらも詠唱が必要となる中位魔法は発動しない。
「どうして……? 中位魔法だけ?」
焦りと不安からか、心臓の鼓動が早くなる。
私は勉強用の机に駆け寄って、引き出しの中にあった化粧箱から小さな紫色の宝石に似た石を掴む。
これは魔石と呼ばれる魔物の体内から採取できる鉱石で、魔法発動の触媒としても使える物である。
発動したい魔法が術者の持つ総量を越えていた場合、魔力の結晶体である魔石を触媒にする事で発動可能となる。
現代において魔石は魔導具の材料として用いられているせいか、直接的な触媒としてはあまり活用されていない。
しかし、前世の頃は魔法使いの間で総量問題を克服する為のポピュラーな方法であった。
私は再び窓へ向かう。左手で魔石を握り締め、空に向かって右手を伸ばした。
「我が眼に見せよッ!」
再び千里眼の魔法。
詠唱は完璧。故に魔法陣は生成された。
だが、左手に握る魔石から魔力を抽出するタイミングで脳裏にノイズが走る。
「っ!」
加えて、パチンと左手にあった魔石から静電気のような瞬間的な痛みが弾ける。
私は魔石を手放し、魔石は床に落ちて転がった。
結果、魔力不足として魔法陣は消え失せる。
鼻が熱くなっていることを感じ、手で触れると鼻血が垂れていた。
「うそ……。なんで触媒すらも使えないの……?」
ポタ、ポタ、と落ちる鼻血を手で抑えながらも、私は膝から崩れ落ちてしまう。
これは、異常だ。
どんなに魔力が少ない者でも、魔力を補えるのが魔石のメリットだ。
どんなに魔力が少ない人間でも使えるのが魔石という触媒のメリットだ。
でも、私は使えなかった。
触媒としても使えないとなると、可能性は1つ。
人として、魔法を扱う為の機能が失われつつあるという事だろう。
私は世界に『0.1%未満』とされる魔法が使えない人間になりかけているという事だ。
「魔法が……。使えない……?」
正しくは低位魔法以上が使えない、であるが……。
このまま自分に起きている異常の原因を突き止めなければ低位魔法すらも使えなくなる可能性は十分にある。
恐ろしい推測が現実となった場合――
「私は……。学園に行けない? 学園系の百合を体験できない……?」
学園に行って、同級生の友達を作る事は不可能だろう。
学園に行って仲良くなった美少女とイチャつくなど不可能だろう。
「嘘だ……。嘘だぁ……」
今世でも私が『賢者』と呼ばれる事はあり得ないだろう。
最も敬愛するユリ・パンデミック先生が描く学園系百合生活を堪能する事も出来ないだろう。
せっかく、女性として転生したのに。夢が半分叶ったのに。
私は鼻血と涙を流しながら、屋敷の者にバレないよう声を殺して泣いた。




