3歳
「ほんちょうにおんなのこになっちゃ……」
本当に女の子になったんだ。
現実を噛み締めながら嬉し涙を流す私の名はガーネット。
フルネームはガーネット・レズセ・ユリスキー。
フェディシア王国に所属する貴族、ユリスキー侯爵家長女である。
現在、三歳。
初の子を迎えた父親が張り切って用意したガーネット専用の部屋で、私は小さな両手をぎゅっと握り締めた。
「かみちゃま、ありがとう」
神に感謝せざるを得ない。
何故なら、女の子になるのが夢だったのだから。
かつて、私は性転換魔法を求めて世界中を旅して巡った。
巡っている最中、ついでに人々を救っていたら賢者とまで言われるようになった。
各国の王族から感謝の言葉を述べられ、うちの国に永住してくれないかと懇願されるほどの存在になった。
旅を続けている間に莫大な富と栄誉、名声を手に入れた。
しかし、そんな物はいらなかったのだ。欲しかった物は手に入らず、結局は孤独死した。
だが、どうだ。今はどうだ。
私は「ふんふん」と鼻息を荒くしながら、父親が「将来必要になるだろう」と言って用意した化粧台まで歩いて行った。
両手で椅子の足を引いてよじ登ると、化粧台にはめられた鏡を見た。
そこには綺麗な金髪のロングヘアーと、名と同じくガーネットのような赤い瞳。
親から継承された容姿は大変整っていて、自分が見ても美少女としか思えない。
小さな両手で自分の頬を触り、ニンマリと笑う。
そして、私は宣言した。
「かった」
勝った。
それはこの先の人生においての勝利宣言である。
前世の頃と世界情勢が変わっていなければの話だが、侯爵家の長女で美少女ともなれば人生勝ち組確定。
昔の常識で照らし合わせれば学園に通った後に結婚相手を見つけて嫁ぐ、もしくは婿を迎えるといった人生が定番だろうか。
しかし、私にそんな気は毛頭ない。
「くしし」
鏡の前で口を両手で塞ぎながらも笑い声が漏れた。
そう、男だった私は女の子になった。
つまりは、前世で抱いていた野望の第一歩を踏み出したのだ。
しかも、紛う事なき美少女である。前世の頃、女装していた時とは訳が違う。
どう意識してもおかしくなってしまう笑い方さえ目を瞑れば、前世とは比較にならないほど完全無欠な美少女である。
「びしょうじょ、たのしみ。くしし」
脳裏には百合の花園が広がっていた。
一体この先、どんな美少女と出会えるのだろうか。出会った美少女と仲良くなって、友達になって……。
己が進みゆく先はこの百合の花がずっと続くに違いない。
いや、続けてみせる。
敬愛するユリ・パンデミック先生が描いた世界のような事を現実にしてみせると心に誓う。
「そのためにも、まじゅは」
まずは自分の事や家の事、自分を取り巻く環境を理解せねばなるまい。
私は椅子から降りると、開けっ放しになっていた部屋のドアを通って廊下へ出る。
さすがは侯爵家の屋敷と言うべきか。
長い廊下には謎の高そうな壺やら綺麗な花が飾られており、壁には歴代当主の肖像画が飾られる。
といっても、それらには全く興味が惹かれない。
トトト、と走るように歩きながらも、目指すのは廊下の先にある先代当主の書斎。
自分の背よりも高い位置にあるレバータイプのドアノブに向かって背伸びをして、指の先で掴むと全体重を乗せる。
ガッチャン、と弾けるように扉が少しだけ開くと、開いた隙間に手を通してドアを開け放つ。
薄暗い先代当主の書斎は両壁に本棚が設置されていて、小さな図書室のような内装になっていた。
私は本棚の下段を中心に目的の本を探す。
探すのは歴史本や魔法関係の事が記載されている物だ。
「あった」
まず見つけたのは歴史の本だった。
私の家、ユリスキー家が所属するフェディシア王国の歴史が描かれた本。
最初の1ページ目を開き、普通の子供が見たら秒で投げ出しそうな小さな文字を指と目で追う。
「がっぺいか~」
この国は前世の自分が籍を置いていた国と隣国が合併する事で出来上がった国だったようだ。
前世で暮らしていた国と似ている――使われている文字や言語が一致していた――こともあって、どこかのタイミングで国名が変わったのかな? と思っていたのだが。
どうにも前世で籍を置いていた国と隣国に疫病が発生し、国民だけでなく両国の王族にも被害が出たらしい。
疫病によって国内がボロボロになった両国は1つとなる事で今日まで存続してきたようだ。
「ごひゃくねんまえ……」
その疫病が発生したのが500年前。両国の王族が婚姻を交わし、合併したのがおよそ430年前。
大体、70年程度は両国とも単独で踏ん張ったようだ。
だが、弱った両国は他国からの侵略を恐れて早期国内安定を目指す。
その結果、合併という手段に至ったようだ。
本によれば、両国年頃の王子と王女が疫病の難を逃れていた事も影響を及ぼしているそうで。
「ちゅぎ」
歴史本の中身を掻い摘んで読み終えると、私は次の本を探す。
次は魔法に関する本を探すが手が届く範囲には無い。
「む~ん?」
本棚の上段を探そうと精一杯つま先立ちしてみるが……。
これは無理そうだ。
「ガーネット様?」
本棚の前で「むむむ」と手段を模索していると、部屋の外から聞き覚えのある声が聞こえた。
「るーしゃ?」
「ガーネット様、こんな場所で何をしていらっしゃるのですか」
声を掛けて来たのはルーシェという名の女性。
私の世話と護衛を兼ねた18歳の侍女であった。
黒を基調とした侍女服に白いエプロンをつけて、綺麗な銀の長い髪と青い瞳。
少し切れ長の目が特徴的かつ、元侯爵家の女騎士だった事もあってか、彼女の顔は大変凛々しい。
同僚達からは『仕事中の彼女は真面目でお堅そうだな』とか『元騎士だから目つきがちょっと鋭くて怖いね』なんて言われているようだ。
だが、私と接する時に見せる笑顔は普段のギャップもあって大変可愛らしい。
そう、彼女はクール系美少女。
数々の百合作品を見てきた私が言うのだから間違いない。
「るーしゃ、まほうのほん、よみたい」
「ここにある本は、ガーネット様にはまだ難しいですよ。ルーシェと一緒に絵本を読みましょう?」
ガーネット様が好きな伝説の賢者を描いた絵本を読んで差し上げますから、とルーシェは私を抱き上げた。
彼女は私が特定の絵本を気に入っていると思っているようだが、それは勘違いだ。
(あれ、わたしだし……)
絵本に登場する主人公の賢者。それは前世の私である。
まさか前世の自分が絵本になっているとは思うまい。
絵本の存在を知った時は「後世にどう伝わっているんだろう?」と気になったのもあるが、同時に自身が生まれた国について詳しく知ろうとしたことも事実である。
その結果、大した情報は得られないまま「ガーネット様は賢者様がお気に入り」という勘違いが誕生してしまった。
さすがに「絵本に登場する賢者は前世の私なんです」とは言い出せないし、脚色された前世を聞かされるのはキツいものがある。
大変、背中がムズムズしたと表現しておきたい。
あんな思いは二度としたくないので、今回の本探しに踏み切ったわけだが。
「ちがう。まほう! まほうつかいたい!」
一番の目的は『現代の魔法』がどのようになっているか。
新しい人生でも魔法を使って生活できるか否かを知りたかった。
「ダメですよ。ガーネット様のような幼子が魔法を使ったら大変な事になってしまいます」
前世の頃、そんな事を言う家庭はいなかったが。むしろ、前世の自分は三歳頃から魔法の発動に慣れるよう訓練させられていた。
どこかのタイミングで常識が変わったのか、今では一定の年齢になるまで魔法は使わせないようだ。
「ええ~! やだやだ! まほう!」
どうだ? 可愛い子供のだだっ子攻撃。これは効くだろう?
内心、ニンマリと悪い顔を浮かべていると――ルーシェの表情が悲しそうに歪む。
「ガーネット様に何かあったら、私は生きていけません。お願いですからルーシェを悲しませないで下さいませ」
「うぅ……」
その顔は反則だ。
逆にやられてしまったのは私の方だった。
「わかった……」
「ありがとうございます、ガーネット様。代わりに私と一緒に庭をお散歩しましょう。今日はいい天気ですから、庭のお花を見に行きましょうね?」
ルーシェは私をぎゅっと抱きしめた。
私は彼女の豊満な胸に埋まりつつ、彼女の温かい温もりを感じて――その時、私に電流走る。
(まって……。これはオネ・ロリスキー先生が題材としていた『おねロリ』というやつでは……?)
お姉さん(お姉ちゃん)と幼女による愛に満ちた日常を描く、オネ・ロリスキー先生の大傑作にして最大の発明。
それがおねロリ。
地下娯楽魔法書市に通っていた同胞達におねロリ大旋風を起こした偉大な先生が描く世界を、私は今まさに実体験しているのではないか?
(先生も申していた。おねロリには時間の限りがある。その限りある時間こそが素晴らしき尊さを生むのだと)
転生した事で現在(幼女)に引っ張られていた精神が一瞬だけ当時の精神に引き戻されるほどの衝撃。
これがおねロリを体感した効果なのか。
おねロリすごい。
(私は今、オネ・ロリスキー先生の世界にいる……ッ!)
私は偉大なる先生が創造した百合の世界を感じながら庭をお散歩した。




