転生
「うぐッ!?」
山奥に建てられた小屋の中、老人は苦しみの表情と共に胸を押さえつけた。
「あ、ぐ、あ……!」
老人はそのまま膝をついて顔を歪め、口をパクパクと動かすが声が出ない。
前のめりになった体はゆっくりと傾き、体は完全に床へ沈んだ。
老人は背中を丸めながら、床の上でもがき続ける。
(こんな終わり方なのか……!)
そう内心叫ぶ老人の正体は、世界中の人々から称えられる偉大な賢者。
街に向かってやって来る魔物の大群を魔法の一撃で屠り、別の地で災害が起きればこれもまた魔法を行使して人々を救う。
人の域を超えた魔力を体内に秘めた彼は世界中を転移魔法で飛び回りながら世界を救い、各地を旅して魔法の道を極めたと言われる男である。
(まだ私は……!)
だが、彼には大いなる野望があった。
英雄、賢者、世界一の魔法使い。そんな異名など彼は欲していなかった。
彼が最も欲しかったもの。彼が生涯をかけて追い求めたもの。
それは――
(私はまだ……! 美少女になっていない……!)
そう、彼の野望は『美少女』になる事だったのだ。
所謂、TS(TSF)と呼ばれる男性が女性化する事。彼の人生は性転換の魔法を追い求める旅だったと言わざるを得ない。
(私は……! 美少女になって……!)
美少女になって、美少女とイチャイチャしたかった。
ぶち込むよりぶち込まれたい、そんな願望は一切無い。
ただ、美少女になって美少女とイチャイチャしたい。それだけである。
何故、彼がこんな野望を抱いたのか。その原点は彼の幼少期にあった。
今は皺くちゃな老人であるが、昔はとびきりの美少年だったのだ。
彼は年の離れた姉がいて、姉は母と一緒になって美少年な彼に女の子用の服を着せて大いに楽しんでいた。
『キャー! 可愛い!』
女の子の恰好をすると姉と母が喜ぶ。最初はそんな些細な気持ちだっただろう。
次第に彼の生活では女装するのが当たり前になって、10代半ばを越えてもそれは続いた。
中性的な容姿であったが故に違和感は全くない。街を歩いても女性と勘違いされるくらいだった。
そのまま歳を取り、彼は魔法の腕を磨きながら女装のセンスも磨いていった。
しかし、時間というモノは残酷だ。
遂に彼はオジサンになった。
女装が似合わなくなってしまったのだ。
絶望した彼は落ち込んだ。今後の人生、どう生きればいいのかと。
一時は自殺まで考えるほどだ。
だが、ここで彼の脳裏に電流走る。
『そうだ。魔法で女の子になれば良いじゃん!』
それ以降、彼は持ち合わせていた魔法の才能を駆使しながら『性転換魔法』の探求を始める。
王国図書館にある魔法の本から禁忌とされていた古文書まで読み漁り、彼は性転換魔法を探した。
目的の魔法はなかなか見つからず、内から溢れる想いに押し潰されそうになった。
しかし、そこで出会ったのが地下娯楽魔法書市という闇の市場である。
何でもござれなアンダーグラウンド・マーケット。そこには様々な本が集まると言われていた。
その話を聞き、もしかしたらと足を運ぶ。
結果として目的の魔法は見つからなかったが、彼の人生において運命的な出会いを果たすのだ。
『な、なんだこれは……! 美少女同士がイチャイチャしているだと……!』
出会ったのは『百合の書』と呼ばれる非合法娯楽魔法書だった。
非合法娯楽魔法書とは文字を指でなぞると脳内に作者の描いたシーンが再生されるという魔法の本である。
この脳内再生を強制する魔法は脳に影響を与えるという事で国際的に禁止されているのだが、彼にとってそんな事はどうでもよかった。
問題は内容である。
百合の書と名付けられた本の中身は、美少女同士がイチャイチャして愛を深める内容が描かれていたのだ。
決して性的ではない。ソロプレイの助けになるような内容でもない。
プラトニックで愛の溢れる内容だった。
『これ、下さい』
気付いた時には既に購入してしまっていた。
女装したいが為に性転換魔法を求めていたが、この瞬間から新たに目的が追加されたのだ。
『美少女になったら美少女とイチャイチャするぞ……! この偉大なユリ・パンデミック先生が描いた百合の書のように……!』
こうして彼の人生に爆発的な推進力が加わった。
暮らしていた王国に目的の魔法が無いと分かると、外国へ向かって旅を始めた。
時には凶悪なドラゴンに遭遇したが、百合を求める力でワンパンした。
時には街へと向かう凶悪な魔物の群れに遭遇したが、百合を求める力で全てを滅した。
心が挫けそうになると旅の途中で発見・習得した転移魔法で王都に戻り、
『えっ!? ユリ・パンデミック先生の新作!? 三部下さい! あと、スケブ良いですか?』
地下娯楽魔法書市で百合モノを買い漁る。
『えっ!? 地下娯楽組合に登録して好きな先生に投資すると毎月ここでしか見れない娯楽魔法書が手に入る!? しかも、一口五百ビルから!? 百万ビル投資すると短編本をリクエストできるだと!?』
時には闇の組合を通じて投資を行う。
一般家庭四人家族が十年は余裕で暮せるであろう金額、百万ビルをポンと投資しながら「今後もステキな百合本お願いします」とエールを送った。
ある意味充実した人生を送って来たが……。本来の目的である魔法は世界に存在しなかった。
大陸を端から端まで旅して、些細な伝承や伝説の真実を解き明かしても。
世界最古の街と呼ばれるエルフの街を救い、
『これが伝承に残された禁忌魔法である』
『ついに……。ふざけんな! 世界を滅ぼす流星雨の魔法なんて求めてないんだよ!』
『えっ!?』
ハイエルフが守ってきた禁忌魔法を記した魔法書を読んでも。
世界には『性転換魔法』は存在しなかったのだ……。
こうして世界に絶望した彼は山小屋に引き籠り、敬愛する先生達の作品に囲まれながら次の手を考えていた。
その矢先である。彼の胸が痛みだし、呼吸が出来ない程に苦しくなったのは。
(私は……!)
賢者とも言われた彼ならば病を治す魔法も知っていよう。
だが、声が出なければ魔法の詠唱ができず、回復魔法が使えない。
もはやこれまでか、と覚悟を決めた。
(美少女になって美少女とイチャイチャしたかった……!)
たとえば、幼馴染の女の子と共に成長して、学園高等部あたりでお互いを意識し合ってしまう。
禁じられた愛だと理解しながらも2人は求め合う……みたいな人生。
たとえば、学園の先輩と姉妹のような関係になって。
お姉様、と言いながら甘え支え合う日々。
お姉様が卒業する際は「貴女が卒業したら一緒に暮らしましょう」と約束を交わし、涙を流しながら見送って……みたいな人生。
朝から晩まで美少女と共に過ごす生活。
手を繋いで街を歩いて、一緒のベッドで寝て、朝起きたらおはようと言って照れ笑いするような。そんな甘くプラトニックな人生を送りたかった。
(私は……! 私は……!)
こうして、賢者と呼ばれた老人は野望を達成できずに死んだ。
偉大な賢者の最後は誰にも看取られず、人気の無い山の奥に建てられた山小屋の中での孤独死。
なんと悲しい人生だろうか。
しかし、彼が死に際に妄想した数々を聞いていた者がいた。
それはこの世界を創り出した者。
創造者は賢者の魂を両手で掬い上げ、ピンク色に光る魂を見つめて呟いた。
『ふーん。エッチじゃん』
古いHDDの底に沈んでいた小説です。
たぶん、三~四年前に書いて忘れていたやつ。
せっかく見つけたし、投稿しとくか…って感じで投稿しました。
話の区切りを分かりやすくするために連載形式にしていますが、3万字くらいなので本日中に完結します。