ラグナロック~遥かなる道の果てに~
「これより、国王メサント・モリの処刑を開始する!」
私は……王だ。この世界の王だ。この地位に付いて二年、様々な難局に遭遇し幾らかを乗り切り、幾らかをしくじった。そう、あの日私は王となる事を選んだのだ。
そして、私は今。最期の時を迎えようとしている。両脇に並び立つ衛兵に連れられて、私は処刑台の階段を一段一段昇って行く。両手は太い縄できつく締められて、何とも情けない姿だ。
最後の一段を昇ると、私の死を見に来た無数の観衆が一斉にざわつき始めた。処刑台には、古きヨーロッパを想起させるギロチンが設けられ、銀色に光る刃が私の命を喰らう時を窺っている。ほんの少し、死刑執行人と目が合った。
彼の目にも恐怖が映っていた。殺される方も怖いが、殺す方も怖いものなのか。ここに来て、始めてそれを知った。人が殺される場面など、今まで幾度となく見てきたというのに。自分が殺される番になってようやく気付くとは。
「国王、首を台の上に」
言われるままに、私は自らの首をこの卑しい怪物の口の中へと差し出した。
かつてのフランス王ルイ十六世はどのような気分だったのだろう。暗君として歴史にその名を刻み、慈悲や憐れみを感じられる事無く命を奪われる苦しみを。人生の大半を誰よりも高い位置に座し、その最後には大衆の前に跪く様にして頭を屈する事を。
私は彼とは違う。彼は王として生まれ、王として生き、そして王として死んだ。私とはまるで違うのだ。私は哀れな少年として生まれ、その大半を牢獄で生き、最後に王として死ぬのだ。地球の反対側に居た我々は、何時何処で出会ったのだろう?
振り返れば、何とも数奇な人生だ。戦争が終わり、あまりにも多くが消え去ったあの世界に生を受け、言葉より先に絶望を覚えた。物心が付いてからは生きていくために、ありとあらゆる物を盗み取り、そしてあの牢獄に入れられた。そこは世界よりも悲惨で、孤独と暗闇が支配していた。私はあの時まで、世界に何の希望も見出す事が出来なかった。
別にそれを悲観していた訳ではない。私はそれを受け入れていた。絶望から始まり、光を見る事無く、より深い絶望の中で人生が終わる事を。
だが、あの男が私の人生を変えたのだ。「君にあの地の王になってほしい」。そう言って奴は私を牢獄から解き放ち、この世界の王にした。何とも馬鹿げた話だ。最も低い、最も卑しい場所に居た私が王になるなど。
ああ、まるで私は道化師だ。演じきれる筈の無い仮面を被り人々を欺き続け、いつの間にか自らも騙していた。汚れきったその仮面は、剥がそうとしても言う事を聞かなくなり、私自身を強烈に蝕んでいく。
そこの男よ。私の死を見にきたそこの男よ。そこの女も、そこの老母も、そこの少年も。私の代わりによく見ておくのだ。私が死に、この薄汚い仮面が消え去った時の私の素顔を。私には叶わないのだ。だから、頼む。
「国王メサント・モリ。最後に言い残すことは?」
死刑執行人が辺り一面に響き渡る猛々しいその声で、私の終わりの言葉を要求して来る。群衆の音は一瞬にして、凍った。最後の緊張が、私の前を駆け巡る。まさに。終わり。百などでは到底収まらない、無限の瞳が私に集まる。
私はただ、帰りたかっただけだ。あの、戦争の始まる前に。世界に人が溢れ、空を「飛行機」と呼ばれる物が飛び交っていたあの世界。生まれる時代さえ違えば、こんな道を歩む事も、こんな場所に立つ事も無かっただろうに。
ちくしょう!
「ラグナロック! これが私の運命なのか!」
待て。後少し、この世界を見たい――。
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