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「創作世界の病気」論

作者: xoo

◎ブクマしている作品の登場人物が病弱設定だった


 ブクマしている作品の登場人物が病弱設定だった。

 本編で何度か「王族と高位貴族の限られた範囲だけで婚姻が重ねられたため産まれ育つ子どもが少なく、また弱い」との描写があったのだが、なぜか私はその王子の病気を「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」として読んでいた。

 しかし落ち着いて考えると、遺伝子病であるこの病気は知っている人が限られるし(読者がそもそも知らない可能性が高い)、また身近に患者がいる人であれば創作物の中で描写するのは心理的に抵抗が強いのではないか?と思い当たった。作者様にわざわざ尋ねる必要もないので、感想欄でも触れていない。


 デュシェンヌ型筋ジストロフィーはほぼ男性のみに発症する病気で、遺伝形式は「伴性遺伝」「X連鎖性潜性遺伝(劣性遺伝)」であり、兄弟または近い家系に出現することが多い。以前は10歳〜29歳で呼吸不全か心不全で死亡し、有効な治療法がない病気だった。

 近年では人工呼吸器を使用すると50歳またはそれ以降まで生きられる病気となっている。また、全患者の3分の1は弧発例(家族家系内に他に患者がいない)ことが明らかになった。




◎王家の血が弱い、というイメージはどこから来ているのだろうか


 王家の血が弱い、というイメージはどこから来ているのだろうか。

 代表的なのは古代エジプトで近親婚が進められた結果、奇形や年少期の死亡が多発し、第18王朝がツタンカーメン(B.C.1341頃~B.C.1323頃)で途絶えた、というエピソードだろうか。また、言わずと知れたハプスブルグ家の下顎前突症(しゃくれ顎、ハプスブルグ顎)はともかくとして、スペイン・ハプスブルグ家は不妊や原因不明の体調不良に悩まされ、カルロス2世(1661~1700)で断絶、は有名な話。いろんな国のいろんな時代に、このような話は散見される。

 これらから、なろう系の創作世界においても近親婚(古代や神代の時代にみられる直系血族や兄弟間、でなく、いとこ・またいとこレベルでも)の結果、子どもが産まれない育たない、という表現がされるのではないだろうか。


 ただし、なろう系以外の創作世界、小説などに於いてはあまり見受けられない(私が知らないだけかも知らないが)。ナーバスな問題を含んでいるから、表現としても使いづらいのだろうか。




◎王家の病


 王家の病、で検索するとヒットする病気がある。血友病、出血が止まりにくい病気である。血液凝固因子(第8または第9)を作る遺伝子(X染色体上にある)が欠けた際に起こる遺伝子病で、ほぼ男性のみに発症する。遺伝形式は「伴性遺伝」「X連鎖性潜性遺伝(劣性遺伝)」であり、同じ遺伝形式を持つ病気として、デュシェンヌ型筋ジストロフィーや色盲がある。

 「ヨーロッパの祖母」と称された英国女王ビクトリア(1819~1901)が血友病Bの保因者(キャリア)だったため、子孫が婚姻した4ヶ国の王家に血友病が遺伝した。帝政ロシア最後の皇太子アレクセイ(1904~1918)の血友病が怪僧ラスプーチン介入と帝政ロシアの崩壊を招いたとされる。


 なお、現在のイギリス王室には血友病の遺伝子は伝わっていないとされる。

 ビクトリアからエリザベス2世(1926〜2022)の間は男系であり、その3名は血友病の症状は見られていないためエリザベス2世はキャリアでない。また、ビクトリア女王を挟んで三従兄弟(みいとこ)であるフィリップ王配(1921〜2021)にも血友病の症状は見られていないため、現在のイギリス王室にはビクトリア女王からの血友病遺伝子は伝わっていない。




◎共通認識としての天皇家


 近代現代の日本人が共通して動向を確認している王族と言えば、当然、日本の天皇家である。今上天皇に漸く子どもができなかった、とか、大正天皇(1879~1926)が病弱で晩年に摂政を置いた、とか、昭和天皇(1901〜1989)の第二子、祐子内親王が生後半年で亡くなった、とか。また系譜を辿ると皇族内や近縁の婚姻が多く見られたり、とか、血の濃さで先天的な疾患、例えば心臓の奇形などがあり得るのではないかと見られるかもしれない。

 但し、近年の皇族は比較的長寿である。男系に限ると、昭和天皇が87歳没、子の上皇明仁が現在89歳、常陸宮正仁親王(*)が現在87歳、昭和天皇の弟では秩父宮雍仁親王(*)が50歳没(結核)、高松宮宣仁親王(*)が82歳没、三笠宮崇仁親王が100歳没、その子である寬仁親王が66歳没(咽頭癌)、桂宮宜仁親王(#)が66歳没(肥大型閉塞性心筋症、他)、高円宮憲仁親王が47歳没(心室細動による心不全)と早世していても先天的な疾患の関与が明らかでない(肥大型閉塞性心筋症は遺伝性の可能性もあるが、同胞が発症していないため原因不明である)。なお、*印は子がおらず、#印は未婚(独身)である。


 病弱だった大正天皇であるが、明治天皇(1852〜1912)の子ども15人のうち10人は0〜2歳で死亡、成人した男子は大正天皇だけであった(残り4人は女子)。亡くなった同胞10人の死因は死産または髄膜炎である。大正天皇も0歳児に2回、髄膜炎を患っているが、この原因として鉛中毒が指摘されている(杉下守弘;大正天皇(1879−1926)の御病気に関する文献的考察.認知神経科学 14(1),51−67,2012)。

 当時、乳母を含む宮廷の女性は顔〜首筋〜胸〜背中まで白粉で化粧しており、これに鉛が含まれていた。歌舞伎の女形、中村福助(成駒屋四代目)が鉛中毒を指摘されたのは1887年(明治20年)、鉛白粉の販売が禁止されたのは1934年であった。江戸時代においても九代将軍家重や十三代将軍家定は鉛中毒による重度の脳性障害だった可能性があり、乳幼児死亡率2〜3割の時代に十一代将軍家斉の子どもは半数が5歳までに亡くなっているなど、上流階級の子どもの死亡率、鉛中毒リスクは高かった。


 「王族の血が弱い」というイメージは、鉛中毒の要因が強かった近世〜近代日本においては必ずしも当てはまらないと考えられる。しかし昭和天皇が皇太子時代の宮中某重大事件(1920〜1921年)では、皇太子妃に内定していた久邇宮家の良子女王(後の香淳皇后)の家系に色覚異常がある(X連鎖性潜性遺伝(劣性遺伝))として騒動になるなど、ナーバスな問題を常に含んでいる。




◎そもそも剣と魔法の世界に病気があるのか

 

 なろうでお馴染み異世界恋愛もの、俺TSUEEEものハイファンの大部分には、治療魔法やポーションが出てくる。だったら病気になることもないし、なってもすぐ治るから無問題じゃね?、とならないだろうか。


 実際には病気になった、親が死んだ、などのイベントがないと後妻の子に婚約者や家督を奪われないので、物語が進まない。なので、魔法やポーションで治らない病気があったり、怪我は治せても病気は治せなかったり、1週間以内でないと怪我も治せないなど時間制限があったり、様々な「設定」がされている(作家さんの苦労が偲ばれますね)。魔力過多症や魔力欠乏症など魔力に因む設定だったり、私たちの知りうる病気でも麻疹かな?インフルエンザかな?おたふく風邪かな?と想像する感染症や、いろいろな呪いや、たまに梅毒などの性病が出てくることもあるけど、病気の設定も物語の世界観に規定されるようだ。


 魔法がない世界観だったら、現実に近い範囲で、作者が生きる世界・作者が知りうる世界に規定されるのだろうか。



◎なろう以外の小説・創作物の病気


 近代まで、子どもの死因の多くは栄養と衛生状況の不良による感染症と下痢だったし、大人の死因は結核が多かった。明治期大正期の日本文学においても結核だけで文学ジャンルが成り立つほどメジャーな位置を占めていた。また、ハンセン病をテーマにした文学も重要な位置を占めている。一方では梅毒をテーマにした作品は案外少なくて、芥川龍之介の「南京の基督」など少数に留まる。


 結核はストレプトマイシンなどの抗結核薬が開発されて死亡率が激減、文学のメインテーマから外れたように感じる(それでも年間1万人以上の新規患者が発見され、2000人が亡くなっている)。「となりのトトロ」は結核が治療可能になりつつあった時代の話とされている。ハンセン病は治療薬が出来、また感染力も弱い(免疫が低下した状態で初めて発症する)ことが分かったが、らい予防法の廃止は1996年に至ってのことであり、文学のテーマとしては下火だがその問題(人権侵害)は現在進行形である。梅毒はもともと創作物に取り上げられる機会は少なく、渡辺淳一「薔薇連想」や吾峠呼世晴「鬼滅の刃 =遊郭編=」などであろうか。


 昭和の少女マンガでは、先天性の心疾患や急性リンパ性白血病などの難病を持つ主人公が夭逝する話が一大ジャンルであった。体が弱いのを押して子どもを産み落とし自分は亡くなる、とか、もしくは子どもが主人公(大谷博子「星くず」シリーズ)とか。先天性心疾患の内、心房中隔欠損症などは手術で治療出来るようになったので少なくなったのかもしれない。


 映像作品では、サリドマイド児を描いたセミ・ドキュメンタリー「典子は、今」とか、白血病の「赤い疑惑」「世界の中心で、愛をさけぶ」とか、HIV感染の「神様、もう少しだけ」とか、聾唖者とのコミュニケーション(恋愛)テーマの「愛は静けさの中に」とか、興味が多様化している現代では一大ジャンルを形成するまでは至らないのかもしれない。知らない病気は、描けないから。


 「こんな夜更けにバナナかよ」は筋ジストロフィーを取り上げた作品ノンフィクションであるがだったかな。在宅人工呼吸器なんて、24時間テレビでも紹介されるかどうか、だもの。


助産師の資格を取って、念願叶って来月から産科勤務!というところで事故で夭逝した友人を、異世界に転生させて活躍させたかった。でも助産師の仕事の知識が足りなすぎて、いまだに描けない。知らないことは、書けない。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  興味深い話を読ませていただきました。  考えさせられました。 [気になる点]  これを読んで、単純に、病気=体が弱い=死にやすい。なので、そんな状況下で闘病できる環境を維持出来るのは裕福…
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