たぬきの恩返し
「見つけてくれてありがとう……!」
感謝の言葉を伝えてくれているくせにたぬきの顔は分かりやすく残念そうにしわくちゃになっている。ぎゅっと畳まれた提灯を抱きしめてめそめそと泣き出した。
「直してみようか?」
「出来るの……?」
「あんまり見た目にこだわらなければ多分」
「りゅーやすごい!」
「いや、俺は素人だし、本職の人に頼んだ方がいいとは思うけど……」
「お願いします!」
「……うん。分かった」
龍也はたぬきから提灯を受け取ると隅々まで確認する。「和紙か……障子紙か……?」と提灯の紙部分を触りながらぶつぶつと独り言を零しながら、ボロボロに破れたところを切り取っていく。
「これ、紙は絶対これじゃないと駄目みたいなのある?」
「ううん! 大事なのは受け底だから」
提灯は上の蓋のようなところを化粧輪、下の部分を受け底という。本来、提灯とセットで蝋燭を入れる筒を持っているのが普通だが、たぬきが探していたのは提灯だけ。受け底にも蝋燭を立てるような仕組みはなく、もしかしたら蝋燭以外の方法で灯りを確保するのかもしれない。
喋るたぬきが持っていた提灯なんだから、提灯すら不思議でもおかしくはないだろう。
家にあった糊と障子の張り替え用に買っていた障子紙を拝借して、模型用に買っていた新品の筆を用意して修理の準備を整える。下には汚れてもいいように新聞紙を敷き、龍也も汚れてもいい服に着替えた。長く伸ばした髪は邪魔にならないように左右に分けられて簡素なピンで留られている。
模型を作っている時はよくしていたこの準備も、ナガレが来てからは初めてのことだった。
手遊びにしていた模型作りやプラモデルも、ナガレが来てから暇だと思うことが少なくなってやることはなくなっていた。細かい作業へブランクがあるが出来るだろうかと一瞬不安に思うも、たぬきやナガレから期待の目で見られたら、もうやるしかないのだとパチッと1つ顔を叩き気合いを入れて不安を押し出す。
「がんばれ〜!」
「直りますように直りますように直りますように」
邪魔にならないようにベッドの上からナガレは応援、たぬきは呪詛のように懇願する言葉を吐き続ける、とそれぞれ個性的に龍也を見守っていた。
その様子をちらりと横目で1度見てから龍也は提灯に向き直った。
障子紙を穴の大きさに合わせて切りそろえていく。穴の分だけの横長の長方形の障子紙が出来上がった。
筆に糊を付けて、出来るだけはみ出ないように付けすぎないように丁寧に、だけど乾いてしまわないように素早く塗っては破けないように障子紙を貼り付けていく。乾かなければ確かなことは分からないが、どうやら色合いは上手く馴染みそうに見えた。この分ならばこのまま続けて貼っていっても良さそうだと龍也は少し安堵した。
全部貼り終えてあとは乾かすだけとなった時、ふと龍也は疑問に思ってたぬきに聞いてみる。
「お祭りっていつなの?」
「今日の夜だよ!」
「……は?」
今は既に午後4時を半分も過ぎていた。自然乾燥させていれば間に合うはずもない時間だ。龍也は慌てて部屋を飛び出して洗面所へと駆け込み、ドライヤーを手に取るとすぐさま来た道を戻っていった。
「なんで早く言わないんだ? もし直せなかったらどうしてたんだ? 馬鹿なのかこのたぬきは」
「えへへ」
「褒めてないけど?」
「君を信じてたんだよ」
キリリと格好つけた表情で信じていたと言われても、提灯を直す前のあの鬼気迫る表情を見たあとでは素直に喜ぶことも出来ずに龍也はやるせない気持ちを発散するため、たぬきの毛を毛の流れに逆らって撫でまくった。
「ううっ……ひどい……人間はひどいやつだ……」
ぺそぺそと泣きながら逆立った毛並みを整えていくたぬきを無視しながらドライヤーで提灯に使われた糊を乾かしていく。
「ぼくもお手伝いする〜」
たぬきの頭にナガレは着地して尻尾まで滑り台を滑るように体を滑らしていく。あまり効果がないようだが優しくしてもらってるのが嬉しいのかたぬきはナガレにお礼を言っている。
「乾いた、かな」
「ほんと!?」
「だけどあんまり紙の部分には触れたり濡らしたりしないでくれよ」
「もちろん! ありがとう!」
「すごーい! きれいになってる!」
修理が完了した提灯の周りをナガレとたぬきがぐるぐると回って喜びを表現していた。
「これ、小田原提灯だよな?」
「さぁ? 人間がなんて呼んでるのかは知らないや」
「……たぬき」
「なに?」
「いや……」
「なに!? 怖いんだけど!」
提灯を大事そうに抱えるたぬきが、なんとも言えない微妙な顔をしながら何か言おうとしてやめた龍也に警戒しながらも龍也が言おうとしたことが気になるのか先を言うように促す。
「それ、昔は魔除に使われてたんだって」
「ふぅん?」
あれ? 思ってたより怖くないじゃん。とた警戒を解いたが、その後に続けられた言葉にたぬきは自分の尻尾を抱きしめることになる。
「特に狐狸妖怪……つまり狐とか、狸とか」
「……ぴぇ」
何度か使っていて無事ならそれが迷信だと気づいて笑い飛ばしそうなものだが、たぬきは素直に信じ抱えていた提灯を下に置いて少し距離を取った。
「人間、信じない……人間、こわい」
「ごめんって」
「りゅーやとたぬきなかよしだ!」
「時間、大丈夫か?」
時計の針は午後5時を過ぎていた。
「もう始まってる! ほら、早く行こう!」
「え、俺たちも?」
「提灯、直してくれたお礼! お祭りに招待するよ」