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人の息すら天に上る  作者: 天智ちから
蛇と流星
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迷いたぬき

 勢いの衰えた雨が、屋根に当たりポツポツと音を立てるのを聞きながらたぬきが目覚めるのを待つ。かなり熟睡しているのか全く起きる気配がないまま、外はすでに日は沈み月は天辺に登ろうとしていた。

 着物の手入れをしたあと、タオルに包んでいたたぬきをお湯で濡らしたタオルで拭っても起きることはなかった。

 ナガレは何が面白いのか寝続けるたぬきの周りをぐるぐると回ったり、たぬきの上に降りてみたりとずっとちょろちょろとたぬきのそばから離れようとはしない。

 たぬきが起きたのは、夜しっかりと寝た龍也が朝食を食べている時だった。

 クンクンと鼻を揺らして重たいまぶたが開いた。


「あ、起きた」

「おきたー? おはよぉ」

「……ぅわぁっ!?」


 目の前にいた龍也とナガレに驚いてたぬきは眠そうだった目をこれでもかと開いて飛び跳ねた。慌てすぎたのか着地に失敗して転がるはめになったのを見た龍也はぱちくりと目を瞬かせた。


「きのう、ばたーん! ってたおれちゃったんだよ」


 少し落ち着いたらしいたぬきは昨日のことを思い出したのか、自分の失態を恥ずかしがりながら助けられたことにお礼を言った。


「あ、ありがとう……ううっ」

「あ、うん。無事で良かったよ」


 謝るその姿に龍也はなんだか覚えがあったが思い出せず、自分の記憶を手探りで探した。


――こういうのってなんて言ったっけ。


「顔上げてよ……あ、」


――思い出した。


「ごめん寝……」

「いえ!本当にこちらがすみませんとしか。恥ずかしい……」

「え、あ……うん」


 謝ったつもりで発した言葉ではなかったが、まぁいいかとたぬきの謝罪は受け取った。

 恐る恐る顔を上げたたぬきはもう一度ぺこりと頭を下げると自分の周りをキョロキョロと見渡した。


「あの、ぼくの近くに何かなかった?」

「いや、見てないけど。ナガレは?」

「ぼくもみてなーい」


 小さな両手……前足を口に当ててまるでムンクの【叫び】のような顔をしたたぬきはきっと人間だったら顔を青ざめていたのだろう。


「あれがないとお祭りにいけない……!!」

「あれ?」

「あれってなぁに?」


 どうしようどうしようと、昨日も見たように自分の尻尾を追いかけながらくるくると回るたぬきを、また倒れられるといけないと思い咄嗟にバスタオルを被せた。

 前が見えなくなったことに驚いたのかたぬきの動きが止まった。

 もう走り回らないだろうとバスタオルを剥ぎ取ると頭を抱えてごめん寝をしていた。前足の間からちらちらと目線を龍也に寄越して察してほしそうにしている。

 なんだか嫌な予感がしたが、たぬきの圧に負けて龍也はついに「何?」と聞いてしまった。


「探し物、手伝ってくれたり……」

「いいよー!」

「ほ、本当に!? 今、言ったからね!?」


 龍也が拒否する言葉を発する前にナガレが快諾してしまった。たぬきはまだ返事をしない龍也をキラキラとした目で見つめる。1人で外に出す訳にはいかないナガレが手伝うのならば、自分もそのたぬきの探し物を手伝わなければならないのだろうと龍也は腹をくくった。


「……はぁ?で、何を探すの?」


 龍也から出たのが拒否の言葉ではなかったからかたぬきはいっそう顔を輝かせて龍也の足に抱きついた。


「ありがとう人間さん! 探すのはね、提灯なんだ」

「提灯? 新しいのを買うとかじゃ駄目なの?」

「決まった提灯じゃないとお祭りに参加出来ないんだ!」

「ちょーちんって?」


 初めて聞く言葉にたぬきのそばにいたはずのナガレは龍也のそばに戻ってきて尋ねた。龍也も地元でそこそこ使われていなければ提灯なんてあまり馴染みのないものだっただろう。


「手で持ったり、吊り下げたりする昔の灯りのことだよ」

「でんきじゃないの?」

「電気で明るくするのもあるけど、この辺ではちゃんと中に蝋燭を入れてるのが多いな。でかいのとかすごい迫力あるよ」

「みてみたーい!」

「ぼくの提灯は手で持てるやつ! 折りたためるから、もしかしたらパッと見わかんないかも……」


 確かに、提灯としての形をしていればたとえ踏み潰されたりしていても見つけやすいが、折りたたんだ状態だった場合、かなり困難になるだろう。


「暗くなったら探しに行こう」

「今からは!?」

「駄目だ」

「……分かったよぅ」



 懐中電灯を持ってたぬきの道案内に従って暗い道を歩く。たぬきは四足歩行しながらヒクヒクと鼻を使って匂いを辿っている。昨日から続く雨のおかげで今日もナガレも一緒だ。ナガレがいるだけで光源が確保されているのでだいぶ道が見えやすくなっていた。


「ここで倒れたんだよ」

「じゃあ多分この辺だと思う! それまでは持ってたから」


 龍也は懐中電灯で、たぬきはナガレと一緒に手分けして道の隅々を探す。見つかるのはポイ捨てされた空き缶等のゴミや、何故あるのかわからない紛らわしい何かの蓋。紛らわしすぎてたぬきは蓋を地面に叩きつけていた。

 一向に見つかる気配がないまま1時間が経とうとしていた。

 へとへとになったたぬきは何故か生垣に頭を突っ込んで項垂れていた。


「あ」

「なに? また変な蓋でも見つけた? ぼく投げるよ」


 生垣に刺さったまま喋るのでたぬきの尻尾が喋ったように見えるその姿の隣に黒い蓋のような物が刺さっているのを龍也は見つけた。たぬきを無視してそれを引き抜くと、どうやら上下に開きそうだった。

 少し固まっているのか、中々開かないそれに苦戦している間にたぬきはスポンっと生垣から抜け出した。


「ほら、投げるからそれ貸して」


 たぬきが前足を片方龍也に差し出した瞬間、それは開いた。


「……投げるのか?」

「はわ……投げましぇん……」


 間違いなく提灯だった。しかし雨に濡れたせいか、たぬきの保管の仕方が元々悪かったのか提灯はところどころ破れていた。


「ぼくの提灯! なんでそんな姿に……!!」

「雨ざらしになってたらそりゃ破けるんじゃない?」

「これがちょーちんかぁ。ボロボロだね」

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