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人の息すら天に上る  作者: 天智ちから
蛇と流星
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思い出の蛇の目傘

 まだ龍也が幼かった頃、龍也は祖父と一緒に出かけるのが好きだった。普段着として着物を着ている祖父がとてもかっこよくて、休みの日は祖父に着物を着せてもらって散歩をするのが何よりの楽しみだった。

 雨の日は気分が上がらない人もいるだろうが、龍也にとって雨の日は特別で、足元が濡れないように祖父に抱かれながら近くの和菓子屋でお茶をする雨の日はなによりも好きだった。その時に使う傘が他の傘とは違って祖父にとても似合っていて、それに憧れたのをよく覚えている。


「おじいちゃん」

「なんだ?」

「この傘、ぼくのとちがうよ?」

「蛇の目傘っていうんだ」

「じゃのめ?」

「模様が蛇の目みたいでかっこいいだろ?」

「うん!」


 目立つようにと用意された黄色い小さな自分の傘と比べて祖父の蛇の目傘は、祖父と龍也をすっぽり覆うほどに大きくて、ポツポツと雨の当たる音すら特別に素敵なもののように聞こえた。

 龍也は祖父にお願いして1度だけその傘を持たせてもらったことがある。想像していたより軽かったそれは開くと大きくて、小さな龍也には持ちにくいものだった。傘に振り回されまいと踏ん張る龍也をケラケラと面白そうに祖父は見ていた。


「もう少し大きくなったら同じ傘を龍也に買ってやろう」

「ほんと!?」

「ああ」

「やくそく?」

「約束」


 結局、その約束が果たされることはなかった。

 約束した3年後に祖父は大きな病気にかかり、今も入院している。数年前からは認知症が進み、もう今では龍也を見ても龍也だとわからないほどに祖父は記憶を遠くに隠してしまっていた。約束を覚えているのかすらわからない。

 祖父に確認して覚えてないことが判明するのが怖くて龍也は口を閉ざすことを選んだのだ。お見舞いに行った時、嬉しそうに自分ではない人の名前を呼んで嬉しそうにする祖父の姿は、自分の存在が祖父の中から消えたのだと突きつけられているようで、自分で思っているよりも龍也の心を削っていた。






「あめだ!」

「本当だ」


 その日は久しぶりに朝から雨が降っていた。しとしとと降っていた雨は昼頃になると強く打ち付けるように降り出した。


「ぜんぜんやまないねぇ」

「今日は1日降るかもな」

「そっかぁ」


 龍也は部屋着を脱ぎ捨てて、瑠璃色の綺麗な着物を着付ける。雨のせいで肌寒い空気を避けるための羽織を羽織って出かける準備をした。

 外に出かけるのかと思ってナガレが見送ろうと玄関までついて行くと、龍也は玄関から先に進まずにナガレを見つめた。何か忘れ物でもしたのだろうかとしばらく見つめ合っていると、龍也がナガレに手を差し出した。

 差し出された手に誘われるがままナガレは着地すると龍也を見上げた。


「どうしたの?」

「……この傘の中なら見えないし、多分バレない、から……ナガレも行こう」

「いいの!?」


 龍也が手にしたのはかつて祖父が使っていたあの蛇の目傘。

 使い手がいなくなったその傘を龍也は祖母から受け取っていた。小さかった頃は大きかったそれも、成長した今の龍也にはちょうどいい大きさになっていた。


 降りつける雨の中、龍也を気にする人はいない。すれ違う人達の視線を気にしなくていい雨の日は龍也も安心して外を出歩けた。

 思い出の和菓子屋に寄っても当時とは店員も代わっている上、傘で顔の隠れた龍也を認識することもない。

 味の違う大福を2つずつ買い、幼い頃に祖父と通った道を思い出しながら歩く。懐かしそうにする龍也とは反対にナガレは初めて見る家の外の全てに興味津々でチカチカと瞬いている。

 雨音でかき消される程度の小さな声でひそひそとあれは何これは何と未知なるものへの好奇心が抑えられずに龍也に尋ねては驚いて感心して、けれど他の人から見つかるわけにはいかないと理解しているナガレは決して傘からはみ出そうとすることはなかった。


 細い道に入ると、疎らにいた人たちすらいなくなる。歩幅を小さくしてゆっくり歩きながら、ナガレが気になるものを見つける度に止まる。垣根に咲くよく見かける名前も知らない花に気を取られていると左足にドンっと何かが当たる衝撃を受けた。

 子供がよそ見をしながら走ってきてぶつかりでもしたのかと思い足元に視線を落とすも、そこにいたのは――


「たぬき……?」

「あ、あれ? ……これ人間だ!?」

「しゃべっ……」


 たぬきが喋ったことに一瞬驚くも、もっと不思議な存在が身近にいることを思い出して喋るたぬきくらいいるかと喋るたぬきの存在を受け入れた。しかし街中にたぬきが紛れ込むことは珍しく初めて見るその姿をまじまじと見つめてしまう。

 たぬきは何かと間違えたのかどうしてどうしてと混乱して自分の尻尾を追いかけ回し、ついには目を回してその場に倒れ込んだ。


「え、これどうしたらいいの……」

「おうち、つれてく?」

「……そうしようか」


 放っておくことも出来ずに目覚めるまでは介抱するかと、雨の染み込んだたぬきを抱き上げ家に連れていくことにする。初めて見るたぬきにナガレだけでなく、龍也も興味を惹かれていたのは言うまでもない。

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