君の星が輝くまで
龍也はその日、久しぶりに制服の袖に手を通した。
背が伸びていたのか、大きめに買った制服はちょうどいい大きさになっていた。
「おでかけするの?」
「うん……。すぐ、帰ってくるかも、だけど……」
「いってらっしゃい」
「いってきます……」
学生鞄は持たず、松司先生が持ってきてくれた紙袋に松司先生と同じように本と手紙を入れて龍也は学校へ足を進めた。
他の生徒と出会わないように時間をズラして登校すると、教室に向かわずに社会科準備室へと直行した。
ガラリと扉を開けると地理や歴史、社会科に関する資料などが所狭しと置いてある。奥まった場所にある椅子へ腰掛けて松司先生が来るのを待つ。
「おや、可愛らしいお客さんがいるね」
その声が聞こえたのは龍也が来てから2時間後のことだった。
つい眠ってしまっていた龍也がびくりと身体を跳ねさせて顔を上げると松司先生がにこりと穏やかな顔でこちらを見ていた。それに居心地が悪くなり椅子に深く座り直す。
「こんにちは」
「こんにちは……」
松司先生は龍也の向かいに座り、コーヒーの缶を龍也に、カフェオレの缶を自分の元へ置いた。ありがたく受け取り、松司先生が飲んだことを確認して1口だけ口に含む。
「苦くないかい?」
「いや、全然。……先生は、カフェオレ好きですね」
「僕はずっと子供舌のようでね。甘いカフェオレじゃないとコーヒーは飲めないんだ」
恥ずかしそうに照れて笑う松司先生につられて龍也の顔も自然と緩む。自分の表情に気づかずにちびちびとコーヒーを飲む龍也を松司先生はにこにこと孫を見るような目で見ていた。
「先生、本読みました」
「どうだったかな?」
「あの、どう言ったらいいのか……」
感想を手紙には書いたが、それは何度も何度も書き直してやっと書けたものだ。実際に口に出して話そうとするとどう言葉にしたらいいか分からずに龍也は時間をかけて言葉を探す。
その様子を松司先生は急かすことなく、龍也の言葉が見つかるまで待ってくれていた。
相槌を時々打ちながら龍也の話に耳を傾けてくれる松司先生に、おずおずと様子を伺いながら問いかける。
「先生なら、この本をどう思うのかなって……だから、今日来ました」
「僕なら、か……」
人の意見を聞きに学校に来るという選択を取る事が出来た龍也に、よい傾向だなと松司先生は残りのカフェオレを飲み干した。
松司先生は自分の専門分野である歴史の知識を交えて本の内容をなぞった。龍也の知らない知識を惜しみなく松司先生は与える。知識があることによる松司先生なりの考察も龍也は目を輝かせて聞いていた。
龍也は元来、人と話すことが好きだった。人の話を聞くことも好きだった。そして知識が増えることを喜びとしている。それが外へ出ないのは他者に与えられる疎外感からくるトラウマのせいだ。こうして受け入れてしまえば龍也は言葉を尽くすことを惜しみはしないし、また、人から与えられるものを喜んで受け取る素直な子供なのだ。
今の不登校引きこもりの状態は、それが龍也のために生きるはずもない他人からの影響で捻じ曲げられているからにすぎない。
龍也の美しさすら感じる素直さを松司先生は好いていた。だからこそ、この美しい子供が自身のために生きることが出来ればと松司先生は手を差し出し続けるのだ。
「歴史の全てに星はあり、星は全ての記憶を持っている。誰も見ていなくとも、星だけは全てを見ているのだ。」
「君にも君だけの星がきっとある。君には星は見えていないかもしれないが、確かにそこに星はある。ですよね」
【星の記憶】に書かれた一節を暗唱する松司先生に続いて龍也がその後を続ける。覚えてしまうほど読み込んだ龍也に少し驚いた顔をした松司先生は紙袋から手紙だけを取り出し、本を再び龍也に渡した。
「その本は君にプレゼントしよう」
「え、良いんですか?」
「僕のお古で申し訳ないがね」
「あ、ありがとうございます」
「また君のおすすめの本を教えてほしい」
「もちろんです。……今度は、俺が……贈ります」
龍也からの提案に松司先生は「楽しみにしているよ」と顔を綻ばせた。
龍也の帰った社会科準備室で、松司先生は龍也からの手紙を開き一通り読むとまた1枚目へと目を戻した。
「星は記憶によって輝いている。」
それは【星の記憶】の一節だった。
「君の星はきっと美しく輝くよ」