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人の息すら天に上る  作者: 天智ちから
蛇と流星
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星の本

「りゅーや」

「ナガレ。どうした?」


 ナガレが拾われて1ヶ月。ナガレは龍也と触れ合うことで言葉を覚え拙いながらに喋れるようになっていた。しかし未だにナガレが何なのか、正体は分からないまま。

 ナガレはナガレとしての記憶があるのはあの日、龍也に拾われてから。それ以前の記憶は何一つなく、ただわかるのはナガレと龍也が違う存在であるもいうことだけ。自分が何者かも分からずに今日もナガレは浮かんで光っている。

 龍也の名前を呼んで体をチカチカと光らせながらふわふわと目の前に降り立つ姿はもう見慣れたものだ。


「だれかいるよ」


 ナガレはこうしてたまに見えていないことまで見えているみたいに色々なことに気付くことがある。

 ドアを少しだけ開けて耳をすますと母と誰かの話す声が聞こえた。龍也は母と話す声に聞き覚えがあった。

 音を出さないようにそっとドアを閉める。


「だぁれ?」

「センセーだよ」

「せんせー?」


 龍也の通う学校で歴史の教師をしている還暦を越えた男性で、生徒はおろか担任の先生ですら龍也と目を合わせない中、学校で唯一目を合わせて他の生徒と接するのと同じように接してくれる存在だった。

 松司是孝(まつじこれたか)先生。生徒からはよく松ジィと呼ばれている。

 不登校の生徒への訪問は大抵担任か学年主任が訪れることが多い。なのに担任でも学年主任でもない先生が何故龍也の家に来たのか。

 コンコン、と2回龍也の部屋のドアがノックされる。


「龍也くん。約束していたものを持ってきたよ」


――コン。

 龍也はそれに1度ノックを返す。


「君から紹介された本はとても面白かった。だからお礼に僕のお気に入りの本も一緒に持ってきたんだ。気に入ってくれると嬉しい」


――コン。

 会話をするように、龍也はノックをする。


 ドアの前から離れる足音を聞き届けたあと、念の為に5分ほど待ってから龍也がドアを開けると、誰もいない廊下とドアノブにかけられた本の入った紙袋があった。それを受け取り紙袋から本を取り出す。


「星の本……」

「なあにそれ」

「ここには星の話が書いてある」

「ぼくのことも書いてあるかな?」

「あるかもな」


 1番最後に学校へ行った時、龍也は松司先生に聞かれオススメの本を教えた。そしてお礼をしたいと言う松司先生へ龍也はそれならば感想を聞かせてほしいと言った。こう言えばめんどくさいと思われてもう関わってこないと思ったからだ。その思惑も上手くはいかなかったようだが。

 本を取り出した紙袋の中には封筒が残っていた。それこそが龍也が対価として要求したお礼。紹介した本の感想だった。


 取り出した星の本を机の上に置き、ベッドに腰掛けて封筒から手紙を取り出す。手紙は3枚も入っていた。その中には龍也へ向ける言葉もあったが、そろそろ学校へ来なさいなどという説教じみた言葉や下手な慰めの言葉はなく、まるで友達へ向けるような気安い言葉が綺麗な字で書かれていた。

 松司先生の感想は教師というだけあって自分が思いつかないような解釈をしていたり、歴史の教師らしく実際の歴史になぞらえて考察をしていたりと読んでいてとても面白かった。

 もう1度自分も勧めた本を読み返してみようかという気持ちにさせてくれた。


「りゅーや!終わった?」

「終わったよ」

「じゃあこれ!」


 龍也が手紙を読み終わるまで待っていたナガレは星の本の上でピカピカと光り、読んでくれとアピールをする。

 手紙を大事に仕舞って本に持ち替え、そこで初めて本をまじまじと見る。表紙から背表紙、裏表紙まで見るとまた表紙に戻る。

 本のタイトルは、


「【星の記憶】」


 なにか加工されているのか、光の加減で薄暗い色の表紙の所々がチカチカと光り、まるで星空のようにも見える美しい表紙だった。

 表紙を捲り、ナガレに聞こえる程度の小さな音で文字を声に乗せていく。


「全ての歴史は星が知っている。太古より星は……」


 お洒落な表紙とは裏腹に、内容は重厚でそれでいて表紙よりも輝いていた。残念ながら、ナガレらしき星の出番はなかったように思う。

 歴史教師が勧めるだけあって歴史が深く関係してきた。星から見た世界。そして時代によって変化し、進化していく人が見上げる星の役割。

 本を読んでいて思ったのは、自分の知識のなさへの悔しさだった。

 もっと自分に知識があったのなら、もっとこの本を楽しめたのではないかと思って仕方がないのだ。

 知識がない今の自分でさえ惹き込まれるように夢中に読み進めることが出来たこの本は、きっとまだ面白さを秘めている。そしてそれは、歴史を知るものにしか暴くことが出来ないのだと読み終わって確信した。

 そして次に思ったのは、松司先生ならば、この本をどう読めたのかということだった。歴史教師であり松司先生ならばきっとこの本に散りばめられた美しい物語を解き明かすことが出来るのだろうか。


「おもしろかったねー!」

「……うん」

「もっかい読むの?」

「うん」


 もう一度表紙に戻り、今度は口に出さないでじっくりと読み込む。言葉の一つ一つを逃さないように。

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