ナガレと蛇
誰も知らない空のこと。
遠くで動く流星から、一粒の光が落ちて蛇の前に現れた。
弱々しく光るそれを、蛇は優しく抱えた。
――人は笑うだろうか。空から落ちた光をこの手に抱いたのだと言ったのなら。人は嗤うだろうか。その光が俺の1番の理解者だと言ったのなら。人は、わらうのだろうか。
加々地、という表札のかかった家の二階の窓から薄ぼんやりとした明かりが深夜だというのに零れている。
カチカチ、カチカチ。
何かの模型を外す音が静かに聞こえる。この部屋にはいくつもの完成された模型やプラモデルが飾られていた。統一性はなく、それはフィギアであったり城の模型であったりと様々なものが飾られてある。まだ作り上げられていない模型の箱がいくつも積み重なっている。
カチカチ、カチ。
外されたパーツを丁寧に机の縁によけ一息つくと、ふと窓の外が明るいことに気づき、頭から布団を被りそろっと窓の外を覗く。
外を照らす光は一際明るい光を放ち、家の庭あたりで消えた。
「……なんだ、あれ」
どうしてかその光の正体が気になり、こそこそと音を立てずに庭に通じるベランダまで忍び足で向かい周りに人影がないことを確認し庭に下りる。
チカチカと、不規則に光るそれを見つけた。
「隕石、じゃないのか……」
隕石が落ちれば衝撃は凄まじいものだろう。しかし、この光がある場所は雑草すら倒れていない。
警戒しながら近寄ると光は段々弱くなっているようだった。
そっと触ると僅かに暖かい。
この不思議な光を手に抱いて部屋に戻り折りたたんだタオルの上に乗せた。
「綺麗だな」
チカチカと光るそれを眺めているうちに眠気に襲われ気づけば意識は闇の中へ消えていた。
まぶたの奥がチカチカと光るのを感じて目を開ける。カーテンでも開いていたのだろうかと思ったが、確認するまでもなくその光の正体が目の前に現れたことで理由が分かる。
昨日拾ったあの落ちてきた光だ。その光が今、目の前にぷかぷかと浮かんで瞬いている。
手をそっと差し出せば、その光は重力に従って掌の上にゆっくりと下り立つ。
「おまえ、あったかいんだな」
昨日拾った時には温度は感じなかったが、どうしてだか今日は温かさを感じる。
顔を近づけると、トク……トク……とまるで心音のような音が聞こえてきた。
「生きてるのか……?」
ついこぼれ落ちてしまった疑問に応えるように、チカチカと強く瞬いた。
「なんか、かわいいな」
光はふわふわと宙を浮いては胸の辺りにまで落ちて、浮いてはまるで流れ星みたいに落ちてを繰り返す。
「おまえ……、ナガレ」
自分が話しかけられたとわかったのか、光はちょこんと龍也の膝の上に乗った。顔があったのならきっと首を傾げていたのではないだろうか。顔も何も無いのになんだか可愛らしさが伝わって親近感を抱いた。
「おまえって呼ぶのは、なんか嫌だからさ。流れ星みたいだから、ナガレ、って呼んでいいか……?」
光、ナガレは喜ぶように強くチカチカと光りながら顔の周りをふわふわと浮いて回る。
「ナガレ。俺は、龍也だよ。……龍、なんて立派なもんじゃないけど」
つり上がった細い瞳は悲しい色を乗せていた。
【蛇】というのが、加々地龍也の陰でのあだ名だった。
人より目が細くつり上がった顔はどうやら人を怖がらせると龍也が初めて知ったのは幼稚園の頃だった。
何もしていないのに、目の前に立つと臆病な子供はすぐに泣いてしまう。それでも幼稚園の頃は少ないながらも友達と呼べる存在がいた。
小学校に上がるとグングンと龍也の背は伸びた。しかし筋肉や脂肪が付きにくいのかひょろりとした姿は威圧感を生み出していた。子供ながらに同じ子供に怖がられる顔に体。どちらも自身で望んだものではないのに、龍也は周りから距離を取られるようになった。
せめてでもと思って笑ってみても、弧を描くように笑う大きな口はまた恐怖を増長させるだけだった。
中学に入るといつの間にか蛇というあだ名が定着していた。ひそひそと話すそれは隠すつもりがあるのかないのか、龍也の耳にも入る。
「龍じゃなくて蛇じゃん」
最初に言い始めたのは誰なのか、龍也は知らない。
初めてこれを聞いた時、怒るよりも悲しむよりも納得した。
神社などでは神の使いなどと言われはするが、蛇は普通の人からしたら恐怖の対象だ。自分は龍なんてものではなく蛇なのだと、龍也は納得したのだ。
高校に入っても変わらなかった。同じ中学の人が広めたのか、それともやはり与える印象は変わらないのかは知らないが、高校でも蛇は健在だった。
もう、人と接するのを諦めた。
どうせ怖がられるなら自分から近づくのはやめようと思って、少しでも顔を隠すようにと、前髪を伸ばして縁の太い眼鏡をかけた。
段々人の視線が気になるようになった。声が怖くなった。学校に行けなくなった。家から出られなくなった。
部屋からすら、出られなくなった。
「ナガレくらい綺麗だったら、俺も……怖がられたりしなかったのかな」
いっそ顔すらなかったなら。と、どうしようもない想像をしてしまうのだ。