第九話 忘れ物
評価や感想・レビューよかったらお願いします。
特にブックマーク登録して貰えると嬉しいです。
現在戦えるのはハジメ、チュウジ、“束縛の魔女”の3人(2人と1体)であり、アラクネの大群はゲンザブロウにより殲滅され、そのゲンザブロウも老体に鞭を撃ったため疲労で動けないでいる。
そんな中ハジメも“束縛の魔女”の糸のせいで身動きが取れなくなっていた。
「ハジメ!そっちにいったわよ!早く動きなさい!」
「わかってるって!ちょっとあいつの注意を引いてくれ」
「わかったわ。こっちを向きなさいお茶魔法“火箭整風”!」
ハジメは足元のネバネバした糸を鬼神丸で大雑把に切っていく。鬼神丸は大きな矛なので、細かい作業に向いていないため足には糸がくっ付いているままになってしまう。
また、元々川だった場所に落ちてしまったため下が水に濡れて更に歩きづらくなってしまった。
「う~ん、気持ち悪いよ。どうしようかな・・・」
今はチュウジが一人で“束縛の魔女”と戦っているため、できるだけ早く復帰をしなければいけない。しかし、足元のネバネバが時間経過により戻っているため、いつも通りに動けなくなっており、また再度チュウジの魔法に期待できない状態となっている。
そして、その後ハジメは足に残った糸を腰に下げていた短剣で細かいところを切ろうとした。しかし、鬼神丸と違い切りにくい。
いくら鬼神丸が優れた武器だとしても。ハジメが使っている短剣はそこまで安物ではないので違いがここまで出るとは思っていなかった。
「あれ?これって...」
ここでハジメはあることを思い出す。昨日、鬼神丸に何か塗ったことを。
「もしかしてこれって使えるんじゃないか?」
ハジメは独り言をつぶやきながら背中に背負っていたリュックから1つの瓶を取り出した。
その瓶の中にはあのチャラい村長がいた村で貰った重曹が入っている。
ハジメは鬼神丸を地面に刺して置く。そして、空いた両手で重曹を足に塗ってみた。
すると、足が濡れていたこともありどんどん重曹が馴染んでいき、あっという間に糸のネバネバがとれていく。
「すごいことに気づいてしまったかも!」
ハジメは全ての糸を取り払った後、靴の裏に軽く重曹を振っておく。これで数歩は歩くことができるだろうと思ったからだ。
周りにばら撒いてもいいのだが、重曹の量には限りがあるので無駄使いすることはできない。
そして、この重曹がネームド攻略の要となることをハジメはチュウジ達に伝えなければいけないと思い、“束縛の魔女”と現在タイマン中のチュウジのもとに急いで向かう。
「あっち行きなさいよ!私は後衛なのになんでこんなことしなければいけないの!」
チュウジはぐちぐち文句を言いながらもぎりぎり“束縛の魔女”と戦っていた。
自分の足元を少しずつ凍らせて足場を作り、後退しながらもハジメとゲンザブロウからは遠ざからないように気を付けながら戦っている。
その隊長格に相応しい姿にハジメは少し身震いをした。基本前衛を務めるハジメでもあそこまで時間を稼ぐことは難しいからだ。
しかし、今はそんなことは関係ない。重曹をどうにかしてここら一体に撒かないとこれ以上の険しい戦いになってしまう。
こういった大規模なことはハジメにできないため、一か八か魔法使いのチュウジに託す。
「チュウちゃん!どうにかしてこれをまき散らしてくれ。この戦い勝てるぞ!」
「わかったわ!この頼れる先輩に任せなさい!」
ハジメは重曹が入った瓶を投げ、その趣旨を伝える。さらにチュウジを必死の形相で追いかけていた”束縛の魔女“に鬼神丸を勢いよく突き刺す。
ここからハジメの本当の戦いが始まった。
ハジメの最初の一撃は”束縛の魔女“の右脇に突き刺さった。そのまま力任せに下へと振り下ろし、右肩を切り落とす。前にハジメが斬った右腕は虫系統おなじみに再生能力により、治りきっていたので、この一撃は更なる追撃となった。
しかし、痛みを感じないのか残された左腕で反撃をしてきた。そしてその左腕には汗のように無色透明の体液が溢れ出している。ハジメはこれにハッと気づき、これが”束縛の魔女“の固有スキルである毒生成だろうと感じた。
遠距離攻撃を仕掛けてくるチュウジと違い、ハジメは近距離攻撃を中心にしてくるとわかったのか、これまで目立つほど使っていない切り札を出してきた。
だが、これで毒を飛ばしてくることができないことがわかる。毒は少しでも触れるだけで効果があるため、散布してくることを恐れていたのだがそれはないようだ。
だからといって安心することはできない。体に付けていた重曹はすでに激しい動きにより落ちており、すでに身動きが取りにくくなっていた。
まだ一撃しか攻撃していない。この追撃で毒に侵されるのかわからないが、このままでは時間がかかり、時間を掛けた所為で侵されるとしたら治癒師の元に着く前に命が尽きるだろう。
ハジメを含め、八咫烏の隊員は基本的にケガを恐れない。心中した隊長が今までに何人もいたことはハジメも知っている。しかし、今は確実に防御をした。
鬼神丸を縦に持ったハジメは手の位置を何度も意識しながら“束縛の魔女”の攻撃を待った。
一方チュウジは右肩が無くなった“束縛の魔女”に吹き飛ばされているハジメを見ながら紅茶を飲んでいた。
「大丈夫なのかしら。吹き飛ばされているわ」
心配しながらも紅茶を飲む手は止まらない。さすがに淹れたてではなく、水筒に淹れておいた紅茶だ。この紅茶を飲みながらチュウジは次の一手のために集中力を高めていた。
「ふぅ、さてやりますか」
ハジメが求めていたことをやって見せるにはどうしたらいいのか考えていたのだ。しかし、大体の解決策は思い付いていた。後は実行するのみ、そう思いながら腰に下げていた40cmくらいのステッキを手に取る。
「よっし、あれ?何でないの?」
しかし、チュウジの腰には愛用のステッキが無かった。ハジメの鬼神丸などと同じくらいの力を秘めた隊長格しか持つことが許されていない武器が無かったのだ。
ここでやっとチュウジが思い出す。
「そういえばここまで使った記憶がないわ。もしかして家に忘れてきたのかも」
そのとおりチュウジは家からステッキを持ってきていない。戦闘中に落としていたり、旅の途中に無くしたりとそういうことではなく初めから持ってきてないのだ。
ここでチュウジは焦りだす。
チュウジが考えていた通り愛用のステッキがあれば考えた作戦は成功していた。しかし、この作戦は100%実行不可能になり、新しく作戦を実行しなければならない。
チュウジは珍しく紅茶を味わわずに一気飲みをして自分に気合いを入れた。
「やるしかないわね...お茶魔法“旋風”」
最初にハジメから預かった重曹を魔法で唱えた風に乗せてあたり一面均等にばら撒く。
次に、チュウジは詠唱を行う。唱えたのは“雷帝之一撃”だ。
「…紅茶を極める王よ、緑茶を極める女王よ、今我にその至高の力の一端を与えたまえ」
前回と同じように詠唱を終えると空に暗雲が広がる。
しかし、前に唱えた時とは違いチュウジは中途半端に終わらせた。
すると空に広がった暗雲から出てきたのは雷ではなく軽い雨だった。
雨はあたり一面に撒かれた重曹を溶かし“束縛の魔女”の糸のネバネバをとっていく。
ちなみにチュウジ愛用のステッキがあれば呪文は1つで済んだ。
ここで今まで攻撃と反撃を交互に繰り返していたハジメはようやく次の一歩に踏み出せた。
お互い血だらけになった1人と1体は雨によって洗い流され、体が大きい分血の出る量が多い“束縛の魔女”の周りは鉄臭くなっている。
そして同じく生成された毒も流されているのか生えていた雑草も徐々に枯れていく。即効性があり、一撃でもくらえば危ないことが目に見えてわかる。
「すげぇ、本当に歩けるようになったよ。こっちもがんばるか」
しかし、言動とは裏腹にハジメは後ろに疾走した。チュウジの所に向かい態勢を整える為だ。
「絶対にこっちに来ると思ったわ。って、傷だらけじゃないの。毒は大丈夫なの?」
「ああ、これは吹き飛んだ時に木とかに掠った傷だから大丈夫。ちょっと雨が染みて痛いけど」
「そう、ならいいわ。この戦い終わらせましょう」
「けど、左腕が邪魔でこれといった一撃が届かないんだよ。頼ってばかりで悪いけどなんとかできない?」
「頼られるのは別に良いのだけど、もう魔力がほとんどないの。出来てあと一発くらいしか使えないわ」
「う~ん、どうしようかな」
そう言いながらも“束縛の魔女”は近づいてくる。“地獄の覇者”と違い知性はあるくせに逃げようとはしない。ここが住処なので逃げ場所など無いのかもしれない。
「ハジ坊、あの左腕をどうにかすれば倒せるのじゃな」
「わっ!びっくりした!突然出てこないでよ」
今まで身を隠していたゲンザブロウが突然姿を現した。雨に濡れ、顔も疲れ切っているためか見た目が川に住んでいる妖怪のようだとハジメは思った。
「今、変なこと考えたじゃろう」
「いいや、別にそんなことはないよ」
「まぁいい、それでどうなんじゃ。倒すことはできるのか?」
「ぶっちゃけわからない。ダメージがまだ足りないと思っているんだ」
「そうか、ならもう少し頑張ってみるかのう」
「待って、私がハジメの矛に魔法を付与するわ。それなら火力が出てとどめを刺せるんじゃないかしら」
「それだ!それならいける気がする。勘だけど」
「わかった。ハジ坊前に進め。チュウジは魔法の準備を、わしはあの左腕をどうにかする」
「「はい!」」
ハジメはまっすぐ“束縛の魔女”の元に走って行き、鬼神丸で足を払う。体勢を崩したために体を支えるために左腕を出す。
地面に着いた左腕に向かったのはゲンザブロウ。ゲンザブロウは白河が導き出した弱点に出せる限りの力を振り絞り白河を叩き込む。
白河が導き出した弱点はファニーボーン。いくらゲンザブロウが全力を出したとしても、すでに力を一度限界まで使ったゲンザブロウの一撃は、すでに傷つけることは不可能となっている。
そこで、最低限の力で腕を痺れさせることができるファニーボーンを攻撃することで、数秒だけ時間を稼ぐことができると考えた。
「ふん!」
作戦に成功し、左腕が痺れ、体を支えられなくなった”束縛の魔女“は腰をひねり背中を地面につけた。
ここで、足を払った後に、木の上に登っていたハジメが落ちてくる。
そこに、チュウジが魔法を付与する。
「お茶魔法“重力波”付与!」
今までと違い気合いの入ったチュウジの声が聞こえてくる。
それと同時に鬼神丸の矛先がゆらゆらと揺れる。風で舞った葉が矛先に近づくとクシャクシャに崩れ、不可解な現象にハジメの期待が高まる。
しかし、気合いを入れ過ぎたハジメは高い木に登りすぎて、落下時間が長く“束縛の魔女”の左腕が治ってしまった。
すでに落下中のため止めることはできない。左腕ごと斬ることができるのかと言われたらできるのかもしれない。だが、確実ではない。ここで確実に倒すことができない行動をするわけにはいかなかった。
なので、ハジメは”束縛の魔女”の左腕を蹴ることにした。左腕を少し蹴り、体を少し反ることで首を落しにかかる。少し威力は落ちるが魔法を付与されているので、問題はないだろうという考えだ。
もうこの際、毒を貰うのはどうでもいい。ハジメにはこれしか残されていない。
しかし、ここでストップがかかる。
「ハジ坊!また自分を犠牲にする戦い方をしようと思っておるじゃろう!八咫烏の新人育成法も考え直さなければな」
自己犠牲は美徳とされる八咫烏、隊員はあまりケガをすることを恐れないためか、これについてゲンザブロウが愚痴をこぼす。
そして、そんなことを言いながら白河を“束縛の魔女”の左腕にぶつける。さらに白河だけでは無理だと思い体ごと体当たりした。
そして、遂にハジメががら空きになった胴体に左肩から斜めに斬りつける。
「おら!なんちゃって秘技“酒呑次元斬”!」
チュウジが付与した魔法もあり、斬った向こう側が見えるほどの切れ味を誇った。この技を受けた“束縛の魔女”は内臓ごと体を斬られたことにより、これまでが嘘のように一瞬にして息絶える。
「やったのか...やったよな。これで終わった。そうだ、他の2人はどこに行ったんだ?」
ハジメはまだピクピク動いている“束縛の魔女”の姿を見ながら勝利を確信する。動いていると言っても、近づいても襲ってくる気配がないので死んでいると言っても過言ではないと判断したからだ。
しかし、ハジメは勝利の余韻に浸る暇もなくチュウジとゲンザブロウの姿を探す。
いくらネームドである”束縛の魔女“を倒したと言ってもここはアラクネ達の巣である。ゲンザブロウが殲滅したといっても全てではないので早くここを離れた方がいい。
アラクネの死体は後で回収する。
「ハジメ、あなたやったのね。よくやったわ」
「うん、ありがとう。でもゲンさんが左腕にタックルしたままどこにもいないんだ。早く見つけないと」
「わかったわ。わたしはあっちを探してみる」
チュウジはハジメの説明を素早く理解し、ゲンザブロウの捜索に当たる」
「お~い、わしはここだぞ~」
しかし、すぐさまゲンザブロウの気が緩んだ声が聞こえてくる。ハジメ達はそのままゲンザブロウの元に向かった。
「よかった。ちゃんと生きていて安心したよ。なんだかんだ言ってゲンさんが一番自分を大切にしていないんだからって......その右腕もしかして......」
ハジメはゲンザブロウを瓦礫のなかから助け出すと、ゲンザブロウの右腕を見てゾッとする。
なぜなら、その右腕は誰が見てもわかるほど変色していたのだ。
これがなぜなのかは頭の良くないはじめでもわかった。
“束縛の魔女”だ。
最後の最後で、ゲンザブロウは”束縛な魔女“の毒により瀕死の状態になっていた。
Twitter始めました。よかったらフォローしてください!
@doragon_narou8で検索したら出ると思います。名前は魔竜之介です。