「偽物如きに騙される我が輩ではない」
レイの編入試験当日。
レイは編入試験の会場である教室に通された。
年度末の編入試験ということもあり、十数名の編入生達が教室に集まっていた。
──みんな、高そうな服を着てる……。きっと貴族の子供達なんだろうな……。
レイは貴族が苦手だ。
貴族を見ると、どうしても萎縮してしまう。
シャルルルカはレイの恐怖を緩和しようとしなかった。
むしろ、あることないことレイに吹き込んで助長していた。
冒険者ギルドに出入りする者はほぼ平民であったため、レイは平穏に過ごして来れたのだが……。
いざ貴族の中に放り込まれると、足が竦んでしまった。
──あたし、場違いかも。
扉の付近で尻込みしていると突然、ドン、と背中を押された。
「わっ!」
レイは押された勢いで教室の中に一歩踏み込んでしまった。
「ボーっと突っ立ってんじゃねえよ」
後ろを振り向くと、茶髪の少年が赤い瞳でギロリに睨みつけている。
「あはは……すみません。緊張しちゃって……」
レイはへらへらと笑って謝った。
「お前、何処のどいつだ?」
「ど、何処の……? 何処のかはわからねえですけど、名前はレイって言います」
「苗字言えって言ってんだよ」
「苗字はないです」
「苗字がないって、そんな訳──」
赤目の少年はレイを靴から髪の毛の先までじっくりと見る。
補修痕の残る安物の服。
冒険のせいで荒れている肌と、パサパサしている髪。
赤目の少年はそれらを見たあと、レイを鼻で笑った。
「お前、平民かよ。平民が由緒正しきドロップ魔法学園に来てんじゃねえよ」
「ここは身分とか関係なく入れるって聞いたんですけど……」
「格下が口答えしてんじゃねえ!」
赤目の少年は近くの壁を乱暴に蹴った。
「ひええ……」
レイの口から情けない声が漏れる。
──貴族の子って……暴力的だぁ! 怖い!
レイの怯えきった様子に、赤目の少年は気を良くしたようだった。
「俺はキャラメリゼ家のキョーマ! お前みたいな格下、俺の魔法で一撃だぞ? わかったなら首を垂れて敬え! 格下!」
キョーマはビッ、とレイを指差した。
「敬われたいのなら、敬いたくなるような人になって下さい」
レイの脳裏に、敬いたくない人間の筆頭であるシャルルルカの顔が過ぎり、ついそう言ってしまった。
──あ、しまった。
そう思って、手を口をやったときにはもう遅かった。
キョーマはみるみる内に顔を真っ赤にさせていた。
「格下が……! 俺に逆らうんじゃねえ!」
キョーマはレイに掴みかかる。
「うわー! そうですよね! 怒りますよねー!」
レイは両手を上に上げて、降参のポーズを取った。
キョーマが拳を振り上げたのが見え、レイは咄嗟に頭を庇う。
「──何を揉めているのだ」
レイとキョーマの間に割って入ったのは、鼻の高い男性だった。
レイはその男性の顔に見覚えがあった。
「あ、貴方はシャルル先生の採用試験のときにいた人! 名前は……」
「ピエーロ・ボンボンです。レイ嬢」
ピエーロはレイにお辞儀をする。
レイはぽん、と手を叩いた。
「そう! ピエーロさん!」
ピエーロは頭を上げて、キョーマに目を向けた。
「ミスター・キャラメリゼ。女性の襟元を掴むのはあまり紳士的と言えませんな」
「でも、こいつは格下の癖に俺を馬鹿にして……!」
「紳士とは、女性が何を言おうと、心を広くして許すものですぞ」
「……チッ」
キョーマは舌打ちをして、乱暴にレイの襟から手を離す。
レイは少しよろめいた。
「編入試験の直前で、気が立っているのはわかります。だが、それは他の皆も言えること。無用なトラブルは控えるように。二人共、よろしいか?」
「はい。すみません……」
レイは下を向いて、肩を縮こまらせた。
「キョーマくんもすみません……」
「……フン」
キョーマは何も言わずにレイから離れ、どかりと席に座った。
──相手はシャルル先生じゃないんだから、言葉選びには気をつけないと……反省。
「ピエーロさん、助けて頂いてありがとうございました」
レイはぺこりと礼をした。
ピエーロは鼻を鳴らした。
「貴女を助けた訳ではない。我が輩の目の届くところで、貴族の品位を下がることが許せなかっただけ」
「は、はい。あと、先日はシャルル先生がご迷惑をおかけしました」
「フン! 偽物如きに惑わされる我が輩ではない。……さて、レイ嬢、そろそろ席に着くように」
レイは頷き、指定された席に座る。
ピエーロは全員が席に着いたのを確認するとこう言った。
「さて。時間となりましたので筆記試験を始めます」