「私はずっと格好良いだろう?」
ドロップ魔法学園を出て、レイはがっくりと肩を落とした。
「絶対『この話はなかったことに』って言われる……」
「ドンマイ」
「あんたのせいだろ! なんでまともに座って会話も出来ないんですかねえ!?」
「さあ? だが、心配はいらないんじゃないかね」
「何言ってんですか。無理ですって」
言い争ってる二人の前に、一羽の鳩が近づいてくる。
その鳩は昼の郵便物を運ぶ伝書鳩だ。
「ポッポー。シャルルルカ・シュガー様でお間違いないですか?」
「間違ってまーす」
「はい! シャルルルカです! 受け取ります!」
レイがシャルルルカの代わりに伝書鳩から手紙を受け取る。
「全く! 手紙くらい受け取って下さいよ! えっと、誰から──わっ!」
宛先を確認しようとすると、手紙が光り出す。
レイは咄嗟に手紙を遠ざけた。
「また手紙から光が……!」
手紙の光から現れたのは修道服の女性。
アレクシス・シュークリームだ。
『お話を受けて頂き、ありがとうございます。学園でお待ちしています』
彼女はそれだけ言って、姿を消した。
「『お待ちしています』って……採用ってことですか!? 絶対『来んなボケ』って言われると思ったのに……!?」
「だから、言っただろう。心配はいらないって」
「あの採用試験の態度を見て、心配するなって方が無理ですけど!?」
「アレクシスは恩に報いる女だ。十年前に私がしたことを忘れていなかったらしいな」
シャルルルカは何故か誇らしげに言う。
レイは首を傾げた。
「十年も忘れない恩って何したんですか?」
「身を挺して守った」
「先生が? そんな格好良いこと出来たんですね」
「私はずっと格好良いだろう?」
「いや……。学園はこの人を教員にして学園は大丈夫なんだろうか……ん?」
レイがふと前を見ると、まだ伝書鳩が止まっていた。
「あれ。伝書鳩さん、まだいたんですね。手紙はもう受け取りましたよ?」
「ポッポー。レイ様でお間違いないですか?」
「レイはあたしですけど。……え、あたしに手紙?」
レイが手紙を受け取る。
「誰からだろう……。えっ! ドロップ魔法学園から!? 編入試験受験票……!?」
レイは自分が編入試験に申し込んだ覚えがない。
ハッとして、背負っていたリュックを漁る。
「ない……」
記入だけしていた編入志願書がなくなっていた。
レイのリュックを漁り、編入志願書を出した犯人は決まっている。
レイはバッとシャルルルカを見た。
「どうした」
シャルルルカはとぼけた顔で言う。
「何か不備でも?」
「あんたが出したんですか」
「ああ」
「なんで勝手に!」
「学校に通いたかったんだろう?」
──どうして。学校に行きたいという話はシャルル先生にはしてないはず。
レイは記憶を遡る。
最近、シャルルルカの前でその話をしていたのを思い出す。
冒険者パーティー【ウィアード】を追放されたときだ。
「あのときの話、聞いてたんですか」
「内緒話にしては声が大きかったな」
「いつもはどんだけ大きい声で話しても聞いてない癖に!」
確かに、シャルルルカがドロップ魔法学園の教師に採用されて、当初の懸念は無くなった。
それでも不安が拭えない。
──自分は受かるんだろうか、学校に通えるんだろうか。
レイは苦笑する。
──結局、あたしも嘘つきだ。自信がないのを、先生のせいにして逃げていただけだった。
「わっ!」
突然、シャルルルカがレイの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「何するんですか!」
レイはバッと顔を上げる。
シャルルルカは「はは」と笑った。
「間抜け面。何を迷っているんだ? 三年間、このシャルルルカ様の隣で学んだんだ。成果を出せ」
「シャルル先生……」
──先生はクソ野郎だ。でも、ただそれだけじゃないことをあたしは知っている。
レイが学校に通いたい理由は、シャルルルカを超える立派な魔法使いになりたいからだった。
しかし、本当の理由はその先にある。
──あたしが冒険者パーティーのリーダーになって、先生と共に冒険する。先生を追放なんてしない。あたし達以外のメンバーは固定しないだろうけど、追放され続ける今よりずっと……。
「やれることはやってきます。先生の弟子として!」
「私に弟子はいない」
「ええ。生徒でしたね!」
レイは「ふふ」と笑った。
□
ドロップ魔法学園、学園長室にて。
「──以上が、採用試験で起きたことの全てです」
「報告ご苦労様です、クリシス先生」
椅子に座った女性が机に置いてある報告書から顔を上げた。
報告書には、シャルルルカの採用試験の出来事が事細かく記載されていた。
「彼は本当にあのシャルルルカ様なのでしょうか? 以前にお見かけしたときと大分印象が違いますが……」
「クリシス先生の目にはどう見えましたか?」
「……申し訳ありませんが、私には本物か判別がつきませんでした。彼は巧妙に正体を隠しているようでして」
「鑑定士の資格を持つクリシス先生でも見抜けませんでしたか……」
「しかし、魔法の杖は、シャルルルカ様が愛用していたものと同じでした。シャルルルカ様から譲り受けたのか、それとも……」
「奪ったのか、ですか」
「……シャルルルカ様が、一介の魔法使いに遅れを取るとは思えません」
「ええ。わたくしもそう思います。シャルルルカ様に何があったとしても……」
女性は立ち上がる。
「心臓の鼓動はきっとあのときのままですわ」
そう言って、微笑んだ。
その顔はまるで、恋をしている少女のようだった。
クリシスは頷いた。
「ええ。貴女が言うのならそうでしょう。大神官アレクシス」