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「ねぇ、クジラって知ってる」

「聞いたことはあるね。見たことはないけど」

「クジラって超音波で会話するんだって」

「超音波。それは一体どういうものなんだい」

「分からないけど前に読んだ本には、まるで頭に突き刺さるアンテナ線が傀儡となった脳をかき混ぜるような神秘の恐ろしさを感じさせるようなものだって」

「へぇ。なんだかよくわからないね」

「ええ、私何度もそこを読み返して必死に想像していたけど全く理解できなかったわ。もしかしたら理解できるようなものじゃないのかもしれない」

 そこは周囲が森に囲まれた綺麗な場所であった。不釣り合いな廃墟があり、しかしだからこそお似合いな廃墟だった。そのうちの一軒、屋根が吹き飛んだ畳の部屋に二人がいた。二人は茶をすすり、菓子を一口かじってからもう一度茶をすすった。

「美味しいね、これ」

「でしょ。わざわざ外から取り寄せたのよ」

「ああ、これがあの…。どうりで美味しいわけだ。これはそっちで作らないのかい」

「何でもかんでも作ればいいってわけじゃないのよ。こういうものは限られた場所で作られるからこそ価値が高くなるの。うちが作るのはこれよ」

 彼女は黒い物体をちゃぶ台の上に置いた。彼がそれを持とうと手を伸ばすが、予想外の重さに思わず「重っ」と声を出した。

「重いよ、鉄の塊だからね」

 彼は彼女の言葉を聞いて腕に力を入れ、念のため両手でそれを持った。「これどうやって持つの」

彼女は立ち上がり彼の後ろから手を添えて持ち方を教えた。彼は彼女に身を任せ自然と先が外に向けられた。

「あとは、その右手の人差し指の部分を押し込むと撃つから。あ、今更だけどそれ絶対に人とかに向けないでね、危ないから」

「わかった。で、これなんて言う名前なの」

「試製零式拳銃」

 彼女がその名を口にした直後彼は引き金を引いた。強烈な破裂音とともに飛び出た弾丸はまっすぐ森の中へ吸い込まれていった。数秒経っても撃った瞬間の衝撃と残響がある。

「…すごい音だね」

「そんなでもないわよ。それにもっとすごい魔法が打てるでしょ。威力もそっちが上よ」

「距離が違うよ。そういうのはもっと遠くから撃つものなんだ。音なんてそうでもない」

「ふーん、あ、それあげる」

「いいのかい、もらっちゃって」

「いいわよ。今それよりいいもの作ってるから。でもそれ絶対他の人に見せないでよ。あ、そろそろ戻らなきゃ」彼女は残った茶を一口で飲み干すと庭に向けて「ポチー!帰るよー!」と声をかけた。その声に反応してやってきたのは彼女の愛犬ポチことケルベロス。三つの首が彼女へ向けられ一つのしっぽを振っている。彼女はポチの三つの頭を撫でてから一つ、指を鳴らした。するとあたりから黒い霧が集まり、それはやがて彼女の前で大きな門を形成した。門はひとりでに開き、暗闇を見せる。

「じゃあまたね、勇者様」

「ああ、また、魔王様」

 彼女がポチを引き連れ門の暗闇に消えていく。やがて全てが闇に消えると、門はだんだんとその形を崩し黒い霧に戻っていく。あっという間に門はすっかり霧散してしまった。しかし、またすぐに彼の目の前に彼女の腕が現れた。ちゃぶ台に紙と何かを置くとすぐに引っ込んでしまった。

『弾渡すの忘れてた。18発あるから。使い方はわかるよね』

 紙にはそう書かれていた。彼は銃と弾を懐に収めるとちゃぶ台と指でトントンと叩いた。すると、皿と湯呑みが浮いて部屋から出て行ってしまった。彼はその様子を見届けると彼女とは対照的に音もなくその場から消えた。

 

 

 

 国と呼ばれる所はその全てが大きく栄えている。しかしここオーグウェストを超える国はないだろう。毎日まるで祭りでも行われてるかのような人だかりに誰もが目を回す。それは彼も例外ではない。彼は今、人の流れに逆らって進んでいた。目的地は数十m先の宿屋。ゴールはすぐそこだというのに、全く進めないという状況に彼はすっかり疲れていた。否、勇者である彼に疲れはない。これは精神的な疲れであってつまりは気疲れである。

 やっとの思いで宿屋につき、中に入る。建物に入って仕舞えば外の喧騒は幾分か下がるものの、依然として騒がしいのには変わりない。廊下を歩くと外の音に混じってキシキシと軋む音がする。

「お帰りなさいませ勇者様」

 シスターであるアリヤ・エストは部屋に戻った勇者を笑顔で迎えた。

「ああ、ただいま。いや、すごい人だ。こんなに栄えてる国は初めてだよ」

「ええ、昨日の夜も感じましたが日が登るとそれ以上です。魔物の領域にも近いのに…国力の高さが窺えます」

「王国の騎士かな、重武装の人も見かけたし、それもあるんだろうな」

 部屋の窓を閉めているにもかかわらずやはり喧騒は聞こえ、異様な人の往来が見える。果たしてそのせいだろうか、部屋に近づく足音に2人は気づかなかった。乱暴に開けられたドアの外に立っていたのは恰幅のいい男であった。

 男は名をモジョ・モーランという。戦士という割には体型が少し合わないだろうか。

 そして彼とドアの隙間からにゅっと少女が滑り込んだ。モジョは担いでいた大きな袋をこれまた乱暴に床に置き近くの椅子に座った。

「やあ、おかえり。どうだったこの町は」

「あー、こいつぁすげえ。すげえ場所だよ。品揃えが豊富で補給が捗ったぜ。当分は大丈夫だろう」

「よし…アリヤの体調もまだ万全じゃなさそうだし話は夜にしよう」

「申し訳ありません」

「そんな気にするこたぁねえよ。俺にとってもありがたい。ちょっと一眠りさせてもらうぜ」

 モジョは椅子からベッドに向かってダイブした。彼の巨漢をベッドが受け止め、体がバウンドする。

「モジョの言う通りだよ。そもそも君に魔法を使わせすぎたのは僕達だ」

「いえそんな…あれぐらいの頻度でバテてしまう私の力不足が悪いのです」

「ああ、ああ、体調が良くないのは事実なんだ。反省会は夜に一緒にやるからとりあえず休んで」

「申し訳ありません」

 ああは言っていたが、やはり疲労がかなり溜まっていたのだろう彼女が布団に潜ってすぐに寝息…は隣で寝てるモジョのいびきで聞こえなかったが、布団が規則的に揺れているので眠ったようだ。彼はそのことを確認すると窓際に椅子を持っていき、そこに腰掛け少女の名を呼んだ。

「おいで、キョウカ」

 名を呼ばれた少女は勇者の元まで歩いた。彼はキョウカを撫でながら言った。「どうだこの町は。人がたくさんいるだろ」

 キョウカは頭を撫でられながら頷いた。

「迷わなかったか」

 彼女は首を横に振った。

「どれ、ちょっと一緒に町を回らないかい」

 彼女は顔をパァッと明るくし、力強く頷いた。彼は念のためにと書き置きを残し彼女を連れて部屋を後にした。

 

 外は依然として喧騒に満ち溢れていた。彼はキョウカとはぐれないように肩車をした。人の流れに沿うのはとても楽だ。ちょっと前に苦労して宿屋まで帰ったのとは違って嘘みたいにすらすらと進む。しかしこの流れから抜け出すのはまた一苦労だ。彼の目的地にはこの大通りを抜けなければならない。油断するとその道を逃してしまう。彼はキョウカが落ちてしまわないよう慎重に人混みを分けた。大通りを抜け別の通りに入る。ここは大通りとは違ってかなりひっそりしている。数分も歩けばあの喧騒はすっかり聞こえなくなった。そこからさらにもう数分歩いたところに例の場所がある。昨日町を軽く散策した時に見つけたのだ。歩いているとだんだん香ばしい匂いが漂ってくる。そして彼は一つの看板の前で止まった。看板には『パン』と書かれている。このパン屋は昨日の夜、町を散策していた時に彼が見つけたものだった。パン屋に入ると、その内装はいかにもなお洒落系だったが、かなり閑散としていた。

「さ、どれがいい」

 キョウカは目をキラキラさせて陳列されているパンを眺めた。直感的に長くなると思った彼は先に自分のものを注文して店内にあるカフェスペースへ向かった。2つ目のドーナツを頂いているとキョウカが彼の裾をグイグイと引っ張った。どうやら決まったらしいと彼は彼女の言う通りに注文した。ついでに彼も追加で頼みパン屋を後にした。このまま大通りをさらに離れるように進むと公園があったはずだ。そこでいただくとしよう。

 日当たりの良い公園だ。なぜこんなに人気がないのかは謎だが、きっと大通りに人が吸われているのだろう。ベンチも空き放題だ。2人で座りパンの入っている箱を開ける。良い匂いが飛び出してきた。キョウカに渡そうとパンを掴むとまだ温かい。焼き立てを選ぶとはキョウカもいい目をしている。晴れているお日様の下で食べるパンはとても美味しい。そもそもこうしてのんびりと食べることもなかなかできないことだ。普段は魔物に出くわさないよう警戒しながらかつ迅速に済ませる必要があった。時折ゆっくりできることもあったがそう言う時は大抵狭い穴蔵でジメジメとしていた。平和の素晴らしさを彼は今身に染み込ませていた。しかしそんなことを一切分かっていないキョウカはさっさと平らげてしまうと公園の遊具に向かってダッシュしていった。

 

 彼はキョウカを眺めていたがすぐに思考を今後の行動に移した。明日ここの王に謁見をする。本当は昨日来てすぐに謁見する予定だったが、王はアリヤの体調を心配して二日後に謁見するように言ってくださった。王の寛大さもこの国の繁栄を支えているのかもしれない。王に謁見した後だが特に決まってはいない、まあその話は夜にするのでいいが、ざっとどこに向かうのかは決めておきたい。ここにそんな長居をしている暇はない。王に謁見し、次の国への道を教えてもらったらすぐに発とうか。

「…ん、どうしたんだい」

 キョウカが彼の裾を引っ張っている。同時に何やら遊具の方を指さしている。

「一緒に遊んでほしいのかい」

 キョウカはこくんとうなづいた

「わかった。どれで遊びたいんだい」

 キョウカは彼をブランコに連れた。彼女は座って彼を見上げる。どうやら後ろから押してほしいらしい。

「押してほしいのかな。いいよ、そら」

 彼がキョウカの背中を押してあげるとキョウカは声を上げて笑った。彼もその声を聴いて思わず笑みがこぼれる。初めてキョウカと出会った時を考えれば随分と明るくなったものだ。

 さていつまで押してあげればいいだろうか。こういう時子供の集中力というか、その楽しみの継続は恐ろしくもありうらやましく思う。自分もこんなふうになんてことないことに熱中していた時期があったんだと思うと少し悲しくなるのは気のせいだろうか。10分したところで彼は試しにブランコの押す手を止めてみたところ、だんだんとブランコは勢いを弱らせてやがて止まった。キョウカは一度彼を見たがすぐにまた彼を引っ張って次の遊具に向かって行った。そうして遊ぶこと数時間。気づけばあたりは暗くなっていた。空も薄く赤みがかっている。暗くなって何も見えなくなるうちに宿に戻ろう。キョウカに声をかけて帰ろうとするとキョウカは不満そうな顔をしたがそろそろあの二人も起きているだろうから帰らなくてはならない。なんとかキョウカを諭して帰路についた。

 

 大通りまで戻ってきたが、依然としてあの喧騒はやんでいないようだった。それぞれの屋台や家の窓から明かりが漏れて、まるで昼間のような明るさがそこにはあった。彼はまた人ごみをかき分けながら宿に帰っていった。部屋に戻るとやはり二人は起きていて談笑していた。

「あ、起きてたか。ごめんごめん」

「おー、おかえり。どこ行ってたんだ」

「ちょっと散歩にね」

「この人込みの中をか?言っちゃあ悪いが俺ぁもうあんな思いはごめんだぜ」

「夜になってもこの人の量、ここに来てから驚くことばかりです」

「全くだね。さあ、今夜のうちにさっさと明日のことを決めよう」

「おう、王に謁見した後だな」

「多分、謁見は午前中には終わるだろうし、午後にでもすぐに出立したいんだけど二人はどうかな」

「俺もそう思っていたところだ」

「ええ、私も賛成ですわ」

「オッケーオッケー。じゃあ、明日は午後に出発ってことね。それじゃ荷物はまとめておこうか」

「そうだな、そうしておこう」

「次は一体どんな国なんでしょう」

「そうだねえ、案外洞窟の中にある国とか」

「なんだいそりゃあ。じめじめしてそうだな」

「…魔王城までどれぐらいでしょうか」

 アリヤの言葉でその場が鎮まる。代々勇者は仲間を引き連れて魔王討伐に出向いてきた。彼はもう100代を超える勇者の一人になっている。だがいまだ魔王を討伐した勇者は誰一人としていない。始祖の王国であるランドは10年ごとに一人勇者とその仲間を魔王討伐に向かわせているが、だれも帰ってきておらずそれどころか一度立ち寄った勇者一行を再び見かけた者すらいないのだ。そのため魔王城の居場所すら分かっておらず、伝承でしかない魔王城の居場所を唯一知るという大賢者を探す旅が続いているのだ。その大賢者の居場所す分かってない彼らは伝統にのっとり、すべての国を回り、王に謁見し情報を集めている。ここオーグウェストで7つめになるだろうか。この先の見えない旅に本当に終わりはあるだろうか。そんな言いようのない不安が彼らの中に渦巻いていた。

批判、ご指摘等お待ちしております


誤字脱字などありましたら遠慮なくどうぞ

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