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2. ファーストバースデー

 夢桜の一歳の誕生日。今日も、私はカメラを構えている。


 目の前の、食卓代わりにしているローテーブルの上には、十二センチの苺のホールケーキが置かれている。

 ケーキ屋さんで予約しておいたものを、今日、パパが会社の帰りに引き取ってきてくれたものだ。

 

 一歳の子供でも食べられる『ファーストバースデー』用に作られた特別なケーキ。

 白いクリームでデコレーションされた上に、赤い苺がケーキの縁をなぞるようにピッチリと並べられている。

 その真ん中に、今立てたばかりの一本の小さなローソクがある。

 膝の上にちょこんと座っている夢桜を庇うような格好で、少し身体を捻りながら、そのローソクにパパがライターで火をつけた。


「じゃあ、いくよ」

 そう言って私は、壁に付いている部屋の照明のスイッチを切った。


 さぞ、綺麗な灯りだろうと想像しながら振り返って、ケーキの上のローソクの方に目をやった。

 ほんわりとした、柔らかいオレンジの灯りの向こうに、夢桜の顔が見えた……が、……一瞬、目をパチクリさせたかと思うと、次の瞬間、絶叫して泣き始めてしまった。

 これには、私もパパもビックリだ。


 えっ、えっ!?なんで???


 一瞬わけがわからなかった。なんで泣いちゃったの?しかも、こんなに必死泣き……。


 そう思いながらも私は、今消したばかりの照明のスイッチを慌てて入れ直し、パパは、アワアワしながら、突然泣き始めた膝の上の夢桜の顔を上からのぞき込んでいる。

 まさか、こんなに、絶叫して泣き始めるとは思ってもみなかった。

 これじゃ、お隣の部屋まで泣き声が聞こえちゃうよー……なんて思いが頭の隅を過ぎったが、今はそれよりも、夢桜を泣き止ませる事の方が先決だ。

 もう、ケーキのローソクどころじゃない。

 暴れたはずみでローソクの火に触りでもしたら大変だ!とっさにそう思ってテーブルのところに戻ってすぐに、ローソクの火を吹き消した。


 首から下げたカメラの重さがいつもより重く感じる。


「ミオちゃん、どうしちゃったのかなぁ?こわかったのかなぁ?びっくりしちゃったのかなぁ?」


 パパが夢桜を自分の方に向かせて抱き上げ、諭すように話しかけているが一向に泣き止まない。

 私も夢桜とパパのそばに寄り添い、夢桜の背中をポンポンと軽く叩きながら、声をかける。


「夢桜ちゃん、ごめんねー。電気消しちゃったママが悪かったねぇ。ごめんねー。もう、大丈夫だから……大丈夫だよ、パパもママもそばにいるから、大丈夫だよー。泣きやんでねー」


 夢桜の瞳からは、大粒の涙が、いくつも、いくつもこぼれ落ちている。まん丸の透き通った水滴みたいな涙が、ふっくらとしたほっぺの上に溜まっていく。そのほっぺも、紅潮して赤くなっている。


 わぁ、これ本気泣きだぁ……大変だぁー


 そう思ったが、もっと大変だったのは夢桜の方だったんだなぁ、とすぐに思い直した。

 急に真っ暗になって、ロウソクの火だけが目の前にあったのだ。すごく怖かったに違いない。考えてみれば、こんな状況になったのは、夢桜にとっては初めてなのだ。

 目一杯泣き続けているせいで、息が苦しくなったのか、途中で一回泣き声が止んで、大きく息を吸い込んだが、落ち着いたらまた元と同じように泣き始めた。

 パパが夢桜に顔を近づけて、おかしな表情を作って『バー』をしている。

 私も、夢桜の気持ちを落ち着かせてなだめるように、何度も声をかける。


「夢桜ちゃん、今日は夢桜ちゃんのお誕生日なんだよ。お祝いするんだよ。だからね、泣き止んでニコッてしようね、ね!」


 そんなこんなで、しばらく大騒ぎをしていたが、泣き疲れたのか、気持ちが落ち着いたのか、なんとか夢桜さまが泣き止んでくれた。

 泣き止んではくれたものの、ちっちゃい顔は涙と鼻水と、よだれでぐちゃぐちゃだし、大声で泣いていたせいで、肩のところがまだひくひくしている。

 とりあえず、柔らかいタオルで、ぐちゃぐちゃの顔を拭いてあげて、パパの膝の上で座り直すことができた。


「なんか、かわいそうなことしちゃったね。せっかく、お誕生日だったのに……」

「まあ、仕方ないよ。まさか、あんなに大泣きするとは俺も思わなかったし……ミオのご機嫌も直ったし……写真、撮るんだろ?」

 落ち込んでいる私を、夢桜を乗せた膝を上下に揺すりながらパパが慰めてくれた。


「うん」


 パパの言葉に促されて、頷きながら私はため息のように大きく息を吐き出した。


 まだ、くっしゃりと顔を歪めていてニッコリ笑顔が戻ってこない夢桜の表情をのぞき込んでいると、こちらまで悲しくなってしまう。

 それでもいつもの雰囲気を早く取り戻そうと気を取り直して、首から下げたカメラを両手で構え、ケーキと、夢桜と、パパを一つのフレームに収めてシャッターを押した。

――パシャ!


 暗い部屋でもきれいに写真を撮る方法、調べて勉強してたのに……その技を使うのは、また今度だなぁ。夢桜がもう少し大きくなってから……

 そんなことを考えながら、回り込んだり、構図を変えながら、何度かシャッターを押す。

――パシャ!

――パシャ!


 夢桜の機嫌と私の気分を見計らうようにしてパパが優しく声を掛けてくれた。

「そろそろ、ママも座ってお祝いしよう」

「うん。今、ケーキ切るね」

 ふんわりとしたクリームに包まれた苺のケーキを見ていると、真っ白と、可愛らしい赤の彩りに元気づけられたのか意識せず私の口から言葉が漏れた。

「今日は夢桜のファーストバースデーだもんね。楽しみましょう!」


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