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1. 夢桜

「こっちだよ、こっち、こっち……ミオちゃん……こっちだよー」

 ――パシャ!


 パパが私の横で、娘に向かって呼びかける。

 娘の名前は夢桜(みお)。私たちの初めての子供。生後八ヶ月になったばかり。

 私は、デジタル一眼レフカメラを構えてファインダーをのぞき込む。

 最近、ハイハイを覚えたばかりで、その様子をカメラで撮そうとしているところなのだ。

 パパは、掌を軽く合わせるようにパチパチと両手を叩きながら、夢桜の気を引こうとしているのだが、その必死な感じが、なんだか面白くて、ついつい顔がにやけてしまう。


「パパ、必死すぎぃ……ほんと、キャラ変わったよねー」

「うるさいなー」


 元々無口で、必要なことしか喋らないような人だったのに、夢桜のことになると、いつもこんな感じで、何をするにも夢中になってしまう。


 パパが続けて言う。

「ミオがハイハイしてるところ撮りたいって言うから……呼んであげないと、どっち向いて行くかわかんないだろ?」

「そうね。そうだよね……うふふ……ありがと」


 一方、夢桜の方はといえば、右手と左手を、突っ張るようにして交互に前に出しながら、よたよたとこちらに少しずつ近づいて来ていたのだが、急に、今まで身体を支えていた腕を伸ばして、お腹をぺたっと床に付けてしまった。


「あっ!」


 急に倒れたことにビックリして、私は思わず声を出してしまった。

そして、ファインダーから顔を外して、夢桜を見てみると、パパがもう、夢桜の元へ寄り添っていた。


「ミオちゃん、大丈夫?どうしたの、疲れちゃったのかなー」


 パパがそう話しかけながら、手足を伸ばして床にくっついている夢桜を抱き起こそうとしていたが、夢桜は、パパの手を避けるようにジタバタと手足をバタつかせながら、キャッキャと笑っている。


 ハイハイに飽きちゃったのか、『パパの言いなりにはならないぞ』と、パパをからかって楽しんでいるのか……たぶん、後者。


「もう、パパが遊ばれてるじゃん」

「うるさいなー

そんなことないよねー、ミオちゃん」


 夢桜は、そんなパパの反応を見てるのか、見てないのか、ジタバタジタバタ、キャッキャキャッキャを繰り返して、抱き上げようとするパパを焦らせて楽しんでいる。


 このカメラを買ったのは、夢桜が生まれてすぐだった。

 この子の成長記録を残したくて、ちょっとお高い買い物ではあったけれど、ネットの情報を調べたりして買ったものだ。


 最初に撮影したのも、もちろん夢桜だ。

 自宅のベビーベッドで寝ている夢桜の寝顔を撮ったのだが、手ぶれとピンボケがひどくて情けない代物だった。写真を撮っている様子を横で見ていたパパにも、液晶画面に写ったプレビューを見ながらずいぶんと突っ込まれてしまった。


「何だよ、これ!へったくそだなー」

「だって仕方ないじゃない、結構このカメラ重いんだもの。それに、一眼レフなんて、初めてなんだから」


 そんなことを言い合っていたが、それでも、その時の写真は今でも残してある。

 そんなひどい写真でも、夢桜と、パパと、私の、初めての記念だから。


「ママ、ミオのハイハイ、撮れたのか?」


 ちょっとだけ昔のことを思い出していた私に、パパが声をかけてきた。

 そう言えば、私たちが「パパ」「ママ」と、お互いのことを呼び合うようになったのはいつ頃からだっただろう。

 夢桜がまだ私のお腹の中にいて、少し動き始めた頃、二十三週目か四週目だったと思う。

 お腹に手を当てると、中でこの子が動いているのがわかるようになってきた頃。

 その頃までは、パパのことをまだ『ヒロくん』と名前で呼んでいた。

 ヒロくんが、私のお腹に優しく手を当てたり、耳を押しつけたりしながら、


「パパだよー、聞こえてるぅ?」


 なんて言いながら、お腹の中のこの子に話しかける時に、自分のことをパパと呼び始めたのが最初だった。

 まだ名前も決めていなかったこの子に、パパは毎日毎日、よく話しかけていた。

 そして、なんとなくパパにつられたのか、私も、お腹の中の夢桜に話しかける時には自分のことをママと呼ぶようになった。

 気がついたらいつの間にか、私たちがお互いに呼び合う時も、「パパ」「ママ」になっていた。

 ――これが、家族になるということなのかなぁ……などと思う。


「うん。ハイハイ撮れたよ、少しだけど。

パパが夢桜に遊ばれてるところはいっぱい撮れたんだけどね」

「なんだよー、それ」


 ちょっと拗ねたように口先を歪めながらパパが呟く。

 そんな表情にカメラを向けてシャッターを押す。

 うふふ…シャッターチャンスは逃しません!


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