お見合い写真にプランクトンが写っていました
「おい、引きこもりニート。おまえの大好きな、小さい女の子をみつけてきてやったぞ。だからそろそろ、二次元とかロリコンとか、そういうのはもう卒業しような。はやく身をかためような。というわけでほら、これ。お相手のお嬢さんのお見合い写真」
といって、親戚のおっさんがお見合い写真を手渡してくる。みると、毛のはえた緑色のプランクトンが一匹、水の中を元気に泳いでいる。
さすがになにかの冗談かとおもい、おっさんの顔を見てみる。しかし、ドヤ顔である。もう一度写真に視線を落とすと、そこにはやはり一匹のプランクトンがいる。彼女はおそらく、ミドリムシという種類のプランクトンだろう。理科の教科書で見たことがある。
「確かに小さいですね」
「おお、そうだよ。かわいいだろ」
「まあ見ようによっては、かわいいのかもしれません。いや、かわいいのでしょう。しかし彼女は、人間ではなくプランクトンです」
「そうだよ。だから何なんだよ」
「お見合いを成立させるには、種族の壁を何段階か越えないとです」
「はあ。種族の壁ねえ。そんなもん、越えりゃあいいじゃねえか。少なくとも二次元の女の子と結婚するよりは、めちゃくちゃ現実的だろ?」
「まあ、それはそうですが……」
「だよなあ? 次元の壁を越えるのは不可能だろ? でも、種族の壁なら、気の持ちようで越えられるじゃん。完全にお前の気持ち一つ」
「うーん……」
「ってことで、お見合いセッティングしとくわ」
「いや、待ってくださいよ。私にそんなつもりはありませんよ」
「はあ? 何が嫌なんだよ! いい子だよ。ほら。プロフィールみてみろよ。写真の裏側に書いてあるやつ」
「プロフィール……」
写真を裏返すと、たしかにそこには手書きのプロフィールが記されている。おっさんはそれを一つづつ、読み上げる。
「はい、まず名前ね。夕宮レナちゃん」
「夕宮レナ……ゆうぐうれな……ユーグレナ……。なるほど、ミドリムシの別名ですね」
「そう。それから趣味ね。光合成。うーん……これはまあ、なんかファッションメンヘラっぽいけどさ。そこがまたグッとくるだろ。こないか。いや、こいよ。贅沢いってんじゃねえぞ、このクソニートが!!」
「私は何も言ってないですよ……」
「でも、思ってただろう? いいじゃないか、趣味、光合成」
「趣味というか、生命活動ですよね」
「そういう捉え方もできる。食費もかからないし、いいことだよな。あ、それから彼女はスペックも高いぞ」
「プランクトンにもスペックがあるんですね」
「あるある。実はな。彼女は動物性プランクトンでありながら、植物性プランクトンでもあるんだよ。だから自力移動もできるし、光合成もできるフゥー!!」
「はあ……それってすごいんですか?」
「いや、すごいだろ。 RPGでいうところの、賢者とか赤魔道士みたいなもんだぞ、これ。回復魔法も攻撃魔法も使える系のレアキャラ。ただし成長度、低、みたいな」
「意味がわかりません」
「じゃあ次。特技は、鞭毛を使って、動き回ること」
「鞭毛?」
「ほら。身体からアホ毛みたいなの出てるじゃん」
おっさんは、写真のプランクトンから生えている毛を指差す。
「ああ、これか。確かに、そんな名前だった気がします。しかし、明らかに重要な器官っぽいですよね。これをアホ毛といってしまうのは、なんか気が引けますが」
「まあ、それもそうだな。それは置いといて、お前さ、引きこもりだから動くの嫌いだろ? 一緒にいたら、動き回るの楽しくなると思うぜ」
「いやしかし、やはりプランクトンはちょっと。私には素敵すぎる方なので、今回は辞退させて頂きたく……」
「というと思ってな。実は今日はもう、呼んでいるんだ。というわけで、夕宮レナちゃん、カモン!!」
とおっさんが言うやいなや。
緑色の物体が、高速で私の方に飛び込んでくる。
危ない!
とっさに身をかわそうとするが、かわしきれず乗りかかられてしまう。
自分にのしかかる物体にあらためて目をやると、そこには緑色の髪に、赤い眼をした女の子がいる。
「わーい!! お兄ちゃん、会いたかったよーー!!」
のしかかられながら、ぎゅーっと抱きしめられる。
「え、なになに。誰!?」
びっくりした私は、思わず彼女をはねのける。
そして対峙する。
彼女が、夕宮レナさん……??
「あなたが、夕宮レナさん……??」
「そうだのー! ボクだよー! ってか、覚えてないのーー!? ひどいーー!! あっ、そうだ!! この写真見たら思い出すかな?」
彼女は胸元から写真を取り出してみせる。一匹のミドリムシの周りを、五匹のミジンコが取り囲んでいる。
「いや、自分の人生にこういうシチュエーションの記憶はないです」
「ひっどーい!! 乙女心盗んでおいて、知らぬ存ぜぬ省みぬかよ!!」
「いや、盗んでないですよ。というか、これはなんのシーンですか?」
「ボクがミジンコにボコられかけてたところを、お兄ちゃんが助けてくれたの!!」
「……うーん? やっぱり身に覚えがないなあ」
「うー……お兄ちゃんあのとき、小学生だったからなあ。学校帰りに水たまりを、棒で引っかき回してくれたの。あのときに水たまりの中にいたのが、ボクだったの!!」
「知らない間に善行をつんでいたんですね」
「ボクね。種族の壁を越えて、お兄ちゃんに会いにきたの! お嫁さんになるの!! がんばってかわいいお嫁さんになるの!!」
「いやいや、ちょっとまって。レナさんは種族の壁をどうやって超えたの? プランクトンなんだよね? どう見ても人間の女の子なんだけど」
「えへへ、ボクね。転生を繰り返したんだよ!! それで今は人間に生まれ変わることができたの!! お兄ちゃんのこと忘れなかったボクをほめて!!」
「うーん。にわかに信じがたいです。前世、そのプランクトンだった証拠はありますか?」
「それな。ボクはこのアホ毛に、若干の名残りがあるとにらんでいる」
「アホ毛言うな。重要な器官でしょ。というか、証拠として薄いなあ。他にはないの?」
「あるよ!! ボクね、光合成できるの!! 光合成って超便利だよ!! お兄ちゃんもマスターすれば、死ぬまでひきこもれるよ!!!」
「え、ほんと? 死ぬまで働かずに、部屋の中でシャドーボクシングしてても大丈夫?」
にわかに心がときめきはじめる。
「大丈夫だよ。お兄ちゃんが望むなら、世界は何だって可能なんだよ。人が思うことなんて、大抵は実現可能なんだから」
「私に光合成を教えて下さい……!!」
そうして私は結婚を決断した。
それから三年が経ち、私は光合成を完全にマスターした。
日々、部屋の中でシャドーボクシングを繰り返している。少なくとも、光合成さえしていれば、食べるものには困らない。就職などしなくて、本当に良かったと思う。
日課であるシャドーボクシングを終えると、かわいい女の子が、笑顔でタオルを渡してくれる。夕宮レナさんだ。
「おつかれさま、だんなさま! お風呂にする? 光合成にする? それとも……」
「ごくり」
「光、合、成?」
「光合成、二回出てきた」
「大切なことなので」
「そうですね。これからも二人で、ずっと光合成できたらいいですね」
タオルで汗をふきおえる。
すると彼女は、ゆっくりと大きく息を吸い込む。
「んーん。二人じゃないの。あのね、ボクね……」
─ 完 ─




