第十三話 虐殺、そして友との別れ
「貴方たちを殺す」
想像だにしていなかったのか、顔を曇らせて、オーランドはもう一度問い質した。
「何を言い出すかと思えば。本気かよ。取り消せねぇぜ、その言葉はよ」
「……アデルさん、今の内に遠くへ」
「……分かったわ、気を付けて」
状況が状況故に蒸し返すこともなく、アデルは一目散に逃げていく。
「ハッ、させるかよぉ!」
ルドルフを通り抜け、アデルを追い掛けるならず者に脚を引っ掛けると、転倒する。
踵でぐりぐりと手を踏みつけると、男は大事そうに握り締めていたナイフを手放した。
また、こいつらの手に渡ると面倒だ。
ルドルフは落ちたナイフを拾い上げると、《夜闇の森》に向かって投げ捨てる。
そして寝転んでいた男の頭を、サッカーボールのように、思い切り蹴り上げた。
「せめて女だけは逃がそうってか、涙ぐましいねぇ……。ギャハハ、泣けてくらぁ」
手の甲で、涙を拭く振りをして、オーランドは嘲った。
ルドルフは振り返って、アデルが視界から消えたのを確認すると
「死んでもいい連中しかいなければ、周りを気にする必要もありませんから。さ、どこからでもどうぞ」
「一人、二人は面倒ですから、まとめてかかってきてください」
ルドルフは戦うように促す。
だが、予め不用意に近づかないと作戦を決めているのだろうか。
一定の距離を保ったまま、オーランドらは動かない。
口ばかり達者で、襲い掛かってこないとは。
「そこまで僕が怖いのですか。だったら襲わなければいいでしょうに」
「……だったら、こちらからいきますよ」
業を煮やしたルドルフは、テントウムシの集団越冬みたいに、密集する集団目掛けて、飛びかかった。
これだけの人間を用意しておいて、取った戦術がこれか。
お粗末だな。
心中で彼らを鼻で笑いつつ、ルドルフは呪文を口走る。
「眠りと死を齎す神よ、沈みは昇る太陽と月の如く、願わくば我らに永遠の生と死を与え給う。―――レクィエスカト」
心臓のある左胸に手を添え、永遠の眠りについたかのように、安らかな表情を浮かべる。
と、ならず者たちは円を描くみたいに彼を取り囲み、呪文を唱え終えるのを今か今かと待ち構えた。
召喚魔術でも僧侶魔術でも同じだが、魔法詠唱時は外敵に襲われぬよう、魔法陣の結界が張られる為、あらゆる攻撃が通用しない。
だが、終わった直後は隙だらけだ。
その隙をついて、ルドルフを殺しにかかる寸法であった。
「インパーケ」
呪文を唱えたが、火が彼らを燃やし尽くす訳でもなく、水が怒涛の如く圧し潰す訳でもなく、特に何も起こらない。
拍子抜けしたならず者たちは腹を抱えながら、ルドルフに向けて、これでもかというほど罵詈雑言を浴びせかけた。
「今何かしたか、坊や」
「おいおい、もう一回」
「ワンワン鳴いたらなぁ」
男たちはルドルフに軽口を叩き始める。
「もう貴方たちに用はありません。テネブラエ様の元へ、さようなら」
「サヨナラすんのは、テメェだろ。勝手に独りであの世に逝きな」
ルドルフの首元に、ナイフの切っ先を突き付けた。
「何か言うことあんなら、聞いてやろうじゃねぇか」
確信したのか、ならず者たちはヘラヘラと顔を見合わせた。
にっくきハーフエルフを、亡き者にできる。
俺たちはやった、成し遂げた。
ルドルフには、彼らの安堵が弛んだ表情から、手に取るように分かった。
―――そしてその馬鹿さ加減に、どうしてもルドルフの頬も緩んでしまう。
「何、ニヤついてやがんだよォ! ゴラァ゛!」
ならず者の一人が凄むと同時に、ナイフの先端がルドルフの柔肉に食い込んでいく。
順当に事が進めば、ルドルフが死ぬ筈だった。
しかし次の瞬間、地面に膝をついたのは彼ではなく、オーランドらであった。
ある者は地面に突っ伏して、陸に打ち上げられた魚のように体を痙攣させる。
そしてまたある者は、顎が外れそうなほどに口を開いて、喉を抑え、妊婦のように断続的にハッハッと息を吐いた。
苦しみ方は人それぞれだった。
だが皆一様に、蒸し風呂にでも入っている時みたいに、体中から汗が噴き出して、。今にも死にそうだというのは共通していた。
「……ア゛ァ゛」
「……テネブラエ様、どうか彼らへ永遠の安寧を。眠りよ、死よ、皆に等しくあれ」
「グゥ……。テメェ……何……」
「これから死に逝く人たちに、教える義理はありませんよ」
オーランドはガクガクと脚を震わせ、呼吸を荒げながら問う。
が、淀んだ眼で眺めていたルドルフは拒否した。
道端に落ちた石ころやゴミクズに、かっこいい、かわいいといった肯定的な感情を抱いたり、一々思いを馳せることなどない。
既に彼にとって、目障りな人間たちから、どうでもいい存在へと成り果てていた。
「……どう……トドメ……」
絞り出すかのような声で、オーランドがルドルフに聞く。
瀕死の状態故か、声は掠れていて、部分部分しか彼は聞き取れなかった。
だが、どうして止めを刺さないのか、そう言いたいのだと察した。
「何故って、つまらない事を訊ねますね」
「だって僕が直接手を下さずとも、《レイヴン》のような魔物が、貴方たちの遺体を勝手に処理してくれるでしょう。生態系というのは本当によく出来てますね。人も、その一部に組み込まれているんですから。ねぇ、皆さん」
のたうち回るならず者たちへ、興味関心がなさそうにしながらも、ルドルフはわざとその場にいる全員に聞こえるように、大きな声で発する。
だが決して冥土の土産代わりで、止めを刺さないことを教えたわけではなかった。
「……ハハ」
「アハハハハ……」
「グヒヒ……」
彼の台詞を耳にした盗賊たちは赤子の如く泣きじゃくったかと思うと、途端に気が触れたように笑い出す。
ルドルフがもう自分たちを人間ではなく、じきに魔物の餌となる肉塊としか認識していないその事実に、彼らは笑うしかない絶望的な状況であったのだ。
「皆さん、さっきまでの余裕はどうしたんです。あれほど馬鹿にした相手に負けるなんて。自死を選択した方が苦しまないと存じ上げますが」
聞くや否や、オーランドは芋虫のように這いずった。
移動した先には、ナイフが零れ落ちている。
あれで自殺するつもりなのだろう。
「でも首謀者の貴方は別ですよ、オーランドさん。貴方は魂ごと、この世から消えてもらいます」
吐き捨てると、オーランドの顔を鷲掴みに持つ。
すると双眸を血走らせた彼は、助けを懇願するかのように、ルドルフを見つめた。
ルドルフの殺意に恐れを成した彼の目の縁に、涙が溜まっていた。
「死な……せ」
死なせろだと。
自分に都合がいいことを。
命の遣り取りを望んだのは、他ならぬ自分だろう。
もし本当に金だけ置いていけば、やり過ごせたか。
否、金品だけでは済ませなかった筈だ。
自分を殺した後はアデルを捕らえ、凌辱の限りを尽くしたことだろうと、ルドルフには容易に想像できた。
「な……に……を」
「破壊と創造の神に、我が御言葉を響かせり。火球よ、我が呼び掛けに応じ放たれよ。ファイアボール」
ルドルフの手の平から放たれた火の球は、オーランドの顔目掛けて直に当たった。
必死に苦痛から逃れようと、彼はルドルフの手首を両手で掴み、振りほどかんとする。
だが、それでもルドルフは手の力を緩めなかった。
手指の本数ほど繰り返すと、やがて肉や髪が焼けて、吐き気を催すような悪臭が、周囲に立ち込める。
あまりの臭いに咳き込むが、なおも気の済むようにやり続けた。
両手両足の指の本数以上魔術を放つと、流石にオーランドに抵抗する余力はなくなって、彼はルドルフの為すがままになる。
両腕はダランとだらしなくぶら下がって、ルドルフは人形でも相手にしている感覚に陥った。
手を離すと、肉ははれあがって糜爛し、見るも無残な相貌になっている。
「まだ、息がありますね。この程度で済むと思わないで下さいよ。……ルトゥム・モンストル」
「もう……殺……」
「貴方に指図されずとも、そのつもりなので。だから言ったでしょう。自死の方が苦しまないと」
ルドルフは腰の入ったグーパンチを、みぞおちに鉄拳を叩き込む。
右手で腹を抑え込み、左手で口を塞ぐものの吐き気に抗えず、オーランドは吐瀉物をぶちまけた。
勢いよく放たれたそれは、ルドルフの衣服にも付着してしまう。
しかし、ルドルフは意に介さず、内容物が全て出し切るまで、ただひたすらに腹だけを執拗に殴った。
泥を纏った拳越しにでも、、ミシィィッと骨の砕ける鈍い感触が伝わる。
殺すだけならば、頭に一撃を加えれば、それで済む。
しかしルドルフは彼に制裁を加え、生きていることを後悔させ、嬲るためだけの攻撃を反復した。
「さて、覚悟はよろしいでしょうか……。もう聞こえているか、分かりませんがね」
最後の一発をお見舞いしようとした時、夜が訪れようというのに、此方に駆けてくる三人の人影が見えた。
誰だ、こんな時間に。
ルドルフは目を逸らし、音の方に意識が向いた。
「さ、こっちよ」
一人はアデル。
もう二人は一体……。
「おいっ、マジなんだろうな。アイツに人なんか殺させやしねぇぞ! あんな意気地なしな奴によ!」
「ルドルフくん、ルドルフくん! お願い、もうやめてぇッ!」
声の主は、アルヴィドとダグマルだった。
里にいた頃、呆れるほど聞いた親友たちの叫びを聞くと、ルドルフは現実に引き戻されたのだった。




