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(3)ちょっと待て! わけがわからない!


「こちらをお使いください」


 ウィリルの命令で侍女が案内してくれた部屋は、離宮の東にある騎士棟の二階だった。


 さすが離宮だ。今まで暮らして来た灰色の石で造られた砦とは違い、騎士棟も、橙色と白の石がモザイク状に組み合わされた華やかな造りになっている。


 そこで濃茶の木の扉を開けて、通された部屋をぐるりと見回した。


「何か足りないものがあれば、揃えますので仰ってください」


「ああ――ありがとう。大丈夫だと思います」


 良い部屋だ。


 よく日が当たり、窓からは広い離宮の庭を渡ってくる風が気持ちよく入り込んでくる。


 騎士用の部屋だから、基本的に簡素なのだが、白い石で統一された壁が部屋全体を明るく見せている。家具は壁に作りつけの衣装棚に鏡。


 それに、一人分の寝台と小さな椅子。テーブル。


 それらが床に敷き詰められた蔦模様の緑の絨毯の上に整然とおかれている。


 ――うん。すごく良い部屋だ。


 今まで砦ででしか生活したことがなかったから、都の水準というものがわからないが、かなり上級の部屋の部類に入るんじゃないだろうか。少なくとも、砦なら騎士隊長か、それなりに役職がある者の部屋に匹敵するだろう。


 ――普通なら、一般の騎士なんてまだ集団生活だよねえ。


 じゃあ、やはり女ということがばれないように気を配ってくれたのだろう。


「では、後で騎士服をお届けさせますね。騎士隊への挨拶は明日ということですので」


「はい、ありがとうございます」


 にっこりと一度会釈をすると、ここまで案内してくれたマリエルの侍女は扉を開けて出ていく。


 閉った扉の音に、テーブルに荷物を置くと、はあと溜息をついてしまった。


 そして、壁にかかっていた鏡に近づくと、透明な鏡面の前に立つ。


「やっぱり似ているなあ……」


 改めて自分の顔を見ると、鏡に映っている姿は、確かにマリエルに似ている。


 巻き毛ではないが、背に長く流れる薄い金の髪。同じ空色の瞳。ただし、自分の方が少し日に焼けているが。


「でも、やっぱり少し無謀だったかなあ……」


 今更な話だけれど、社交界など一度も出たことがない。騎士として必要な行儀作法や礼儀は習ったが、正直ダンスのステップすら碌に知らないのだ。


「考えれば考えるほど、無茶なことを引き受けたような気がしてきた……」


 なんか、胃が痛くなってくるような気がする。


 ――いや! でも、マリエルを守るって決めたし!


 女が友達を守るのは当たり前だ。ましてや、困っている身内なら尚更! 見捨てるという選択肢はない。


「ただ、ばれないという確率が低いだけで……」


 どうしよう。ううっと泣きたくなってしまう。


 女性の正装なんてできるだろうか。いつも着ていた紐で括っただけのドレスでは駄目だよなあ。


 男装の方が、よっぽどばれない自信があるんだけど。


「大丈夫! なんとかなる!」


 ぺしっと自分の頬を両手で叩いたその時だった。


 コンコンと部屋の扉を叩く軽い音がしたのは。


「はい? 今開けます」


 誰だろう。不思議に思いながら開けると、扉の向こうにはひどく綺麗な顔が立っている。


 怜悧というのは、こういう容貌をいうのだろうか。すらっとした切れ長の瞳は深い藍色で、まるで夜をくりぬいたみたいだ。肩より少し長い黒髪は、歩いただけでさらさらと音が流れてきそうな気がする。


 年は私と同じか、一つ上ぐらいだろう。だが、息を呑む美貌というものを初めて見た。


 間違いなく、私が今までに見た男の中で、一番美しい。


 けれど、見上げた相手は、私をじろりと見つめ返すと、その目で部屋の中を見回す。


「俺は、レオス・ドリュンヌ。隊長から君に制服を届けるようにと言われた」


 告げられた言葉に、レオスの手に視線を下げれば、確かにさっき言われた騎士服が丁寧に畳まれて下げられている。


 濃い青に銀糸でラインが入った騎士服! 間違いなく、王宮騎士団の制服だ!


 ずっと憧れていた服に、さっきまでの悩みも忘れて、喜んで手を伸ばした。


「ああ! ありがとう!」


 ひょっとしたら先輩かもしれないから、敬語を使うべきなのかもしれない。だけど、嬉しすぎてそこまで頭が回らないのも仕方がないだろう?


 だって、ずっと憧れていた正騎士の服だ。


 嬉しくないわけがない!


 思わず抱きしめるようにして、正騎士の服を受け取ると、その場で服にキスをしたくなるのを必死で我慢した。それでも、嬉しすぎて、顔が笑み崩れてしまうのはとめられないけれど。


 そのまま抱えた服に小躍りしそうな私を、じろりと見つめていたレオスは、やがてゆっくりと唇を開いた。


「君も――胸毛薄い隊?」


「は?」


 なに、それ?


 聞いたこともない名前に素っ頓狂な声を出してしまったが、振り返った先ではレオスはなぜか不機嫌そうだ。


「それとも、脛毛(すねげ)薄い隊?」


「いや、ちょっと待ってくれ」


 なんだ、それ。そんな変な隊名初めて訊いたぞ?


 だけど、動揺しかけてはっと気がつく。


 そういえば……。こいつ男にしたら綺麗過ぎる顔だよなあ。


 それなら、私と同じ女王様の身代わり枠かもしれない。


「あ、ひょっとしたらお前女?」


「ふざけるな! 俺のどこが女に見えると言うんだ!?」


 それなのに言った瞬間相手の目が釣りあがった。


 え? 違うのか!


「じゃあこの顔で男!? お前、色々敵が多いだろう!?」


 ――主に女に!


 私なら、彼氏以外で、こんな美しい男が側にいたら霞むから絶対に嫌だ!


 あ、でも、よく考えたら敵は男性の方に多いのかもしれない。


「ごめん。敵は女とは限らないよな。お前苦労していそうだなあ」


「俺の顔のどこを見て、そう判断したのかぜひ訊きたいが! 俺がこの容姿で選ばれたというのなら、君だってそうだろう!?」


「まあ、あまり間違ってはいないけれど――」


 なんで、こいつはこんなに怒っているんだ?


「どうせ顔で選ばれただけの特別待遇だろう! 正騎士の服すら今もらったばかりだというのに上級隊士の部屋で。一体この隊は何を考えているんだ!?」


 ああ、そういうこと。


 やっと怒っている内容がおぼろげにわかって、新人にしては広い部屋に頷いた。


 だから、にやりと笑ってみせる。


 じゃあ、こっちなら。 


「だけどさ。正直剣の腕なら今年入った誰にも負けない自信があるぜ?」


 そう。今まで女だから、対外試合には出られなかったが、砦では同年代の騎士の誰にも負けなかった。男に生まれたらよかったのにという、みんなの呟きは伊達ではない。


 けれど、言った瞬間、レオスの瞳がくわっと開いた。


「ちょっと待て! それは俺より自分の方が強いと言うのか!?」


 あれ? そうなる?


「えーっと。そうなるかな?」


「ふざけるな! 俺は、君みたいに顔だけで入った枠じゃない!」


「顔、顔って……!」


 事実だけれど、なんか段々とむかついてきたぞ?


「いいか! 俺は絶対に君には負けない! 胸毛薄い隊は君だけで十分だ!」


 ――いや、だからその変な隊名はなんなんだよ!?


 けれど、訊くよりも早くにレオスは指を突きつけると、そのまま部屋を出て行ってしまう。


 ばたんと閉められた扉を見つめて、思い切り髪を掻き毟った。


「あーもう! どうなっているんだよ!?」


 なんなんだ! 今日一日は!? 厄日か、それとも面倒ごとほいほい日なのか!?


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