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甘い水2

作者: 遊己

さてさてお立会い。

 面白い事が好きな人、楽に暮らしたいと思う道楽人間は寄っといで。

 ここには何もかもが揃ってるよ。

 苦しい事も、悲しい事も何にも無いよ。

 甘い水に寄っといで。

 わざわざ苦い水に行かなくても良いじゃない。

 こっちの水は甘いよ。

 苦い水にわざわざ行かなくても良いじゃない。

今回は一人の少女の甘い水のお話・・・


人を殺したくなる時がある。

自分の思い通りにならない事があると、その気持ちは限りなく増幅していく。

何で世の中はこうも上手くいかないことばかりなんだろう。

神様っていう存在が本当にあるんだったら、きっと神様は私の事が大嫌いなんだ。

でなくちゃ、こんなに腹が立つことばかり起こるわけがない。

世の中全部むかつく。

世の中全部なくなってしまえばいい。

母親面してるあの女も、父親風吹かせて偉そうにしてるあの男も、全部いなくなってしまえば良い。

そうすれば私はもっと自由に生きれるのに。


来栖秋穂。

秋生まれだからとあの、男女が私に名づけた。

この名前も気入らない。

ありきたり過ぎる。

顔もスタイルも人並み以下。

頭だって努力しても人並み程度。

そんな遺伝子しか持ってないんだったら、子供なんか作んじゃねぇよ。

生まれてきた私がかわいそうだっての。



死ぬ事はそんなにいけないことなの?

私の腕は何回もの自殺未遂による傷だらけ。

リストカットなんて甘いものは結構少ない。

本気で死のうとするから、1回なんか骨が見えていた事もあった。

車に飛び込んだり、海に飛び込んだり。

全部やってみたけど、結局死ねずにまだ生きてる。

そのたびにあの男と女が私を病院に迎えに来る。

それで、あいつらの家に連れて行かれると決まって監禁状態にされる。

窓一つなく、ベットしかない部屋に入れられ、3度の食事以外は奴らがその部屋に入る事はない。

そんなにまでして、私の存在を隠したいのならさっさと捨てるなり、殺すなりしたらいい。

何で目障りな私をそばに置いておくのか私には理解不能だ。


ある日脱走してやった。

男の方は無理だろうけど、女のほうなら、あんなおばはんには負けない。

押し倒して一発はたいたら泣き崩れたから、その間に外に出た。

外は明るくて、目がくらみそうだったけど、それでも何かの衝動に駆られるように私は外を走り続けた。


走りつかれて、ふと上を見てみるとそこには不思議な屋台。

『甘い水屋』・・・?

店主はそう言った。

『私にとっての甘い水』を売る店であると店主は言う。

不思議と店主の物言いは有無を言わせない感じが私には感じられた。


「何も怖がる事はありませんよ。

あなたがココに来られたのは必然なのですから。

何かお困りなのでしょう?

そういう方にしかココを見つける事はできませんからね。

さぁ、あなたにとっての甘い水を差し上げます。

どうぞ、何がお望みなのかおっしゃってください」


少し強引だけど、なぜだかするすると言葉が出てきた。


「面白くないのよ。

なにもかも。

人生は私にとって不都合な方向へしか動かない。

どうして私ばっかりがこんな思いをしなくちゃいけないの?

私がいったい何をしたというのよ。

いい加減にして欲しいの。

私を馬鹿にする人間なんて全て消えてしまえば良いんだわ。

それが出来ないなら、せめてあいつらだけでも、消して欲しいのよ。

私を生んだ女と種をつけた男。

せめてあの二人だけでも、私の思うとおりに動けば良いのよ!」


店主はただ静かに耳を傾けていた。

何も口を挟むことなく聞き、そして一粒の錠剤を私の前に差し出した。

何の変哲も無い一粒の錠剤。

これは・・・?

訊ねようとした時、店主が口を開く。


「これがあなたにとっての『甘い水』

飲めばあなたに『甘い水』が与えられます。

『苦い水』はあなたから排除されます。

嫌ならお飲みにならなければ良い。私はただ、個人に応じて甘い水をお売りしているだけ。その後、お客様がお飲みになるかどうかは・・・お客様次第でございます。ソレがどのような物かは、あなた様がご自分でご確認下さいませ。敢えてもう一度申します。私の店は甘い水をお売りする店、でございます。あとはお客様のご自由に・・・。」


いったい・・・何だったの・・・?

結局何がなんだかわからないうちに怪しげな錠剤を買わされた。

金がないと言ったらその代わりに、と髪を切られてしまった。

半年以上監禁されてたから、まったくの真っ白になった私の髪。

そんなものに未練はないから別に構わないのだけれど。

そんな事を思いながらフラフラ街中を歩いていると、ふいに目の前に一台の車が止まった。

見た事がある。

いやみなくらい磨き上げられた高級車。

自分達で運転なんかしたことない癖に。

私をいつも監禁場所へと運んでいくこの車は大嫌い。

この車の持ち主は世界で一番大嫌いだ。

「秋穂!」

女が涙目で出てくる。

右頬には湿布が貼られている。

大げさな奴。

「秋穂・・・」

ため息混じりに男が出てくる。

怒りをかみ殺しているのが良くわかる。

こんな二人から生まれたのかと思うと吐き気がする!!

いつものように私をSPに任せて車にほぼ無理やり乗り込ませた。

私の両サイドにSPが座り、正面に奴らが座っている。

いつもの光景だ。

病院からつれ戻される時も常にこの光景。

反吐が出そうだ。


「秋穂。

お前は私達にどれだけ迷惑をかければ気が済むんだ?

お母さんまで殴って。

俺はそんな子に育てた覚えは無い!」

「秋穂。

何がそんなに不満なの?

どうして私達の言う事を聞いてくれないの?

何不自由なく生活させてあげたでしょう?

少しくらい、私達の思うとおりのことをしてくれても良いじゃない」


やめて


「お前は来栖家の恥だ。この恥さらし!

何度お前の命を助けてやったと思ってる?!

未だにお前のその体が五体満足で動けているのは誰が稼いだ金のおかげだと思ってるんだ?!

死ぬんならきっちり死ねば良いものを、中途半端にしかせんから、こうやって金をかけねばならんくなるんだ!

関心を引きたいのかは知らんが、いい加減にしてくれ!

死ぬんならきっちり死ね!!」


やめろ


「秋穂は来栖家の後継者として生まれたのよ?

私はあなたを産んでからもう出産はできなくなってしまったって、何回言ったら解ってくれるの?もう、あなたしかいないのよ?

どうして後継者らしくしてくれないの?

お見合いもいつも無表情だし。

どうしてお母さんの言う人と大人しく結婚してくれないの?

そんなにお母さんにこの家から出て行って欲しいの?

あなたがきちんとしてくれないと、お母さんこの家にはいられなくなるのよ。

わかってるでしょう?

お願いだからお父様の言う事を聞いて頂戴。

ね?お願いよ、秋穂」


「うるさい!!!!!

なんでお前らはそんなに自分勝手なんだよ!

私はあんたらの操り人形じゃねぇんだよ!

生んでくれなんて頼んでねぇよ!

いい加減にしろ!!

私はあんたらの子供だなんて思ってねぇよ!!

そっちの価値観を押し付けるのも大概にしろよ!!!」


限界だ。

何なんだ、こいつらは。

殴りかかろうと拳を握り締めると、ソコにはあの怪しげな屋台で買った一粒の錠剤。

怪しいのは百も承知だけど。

もう良い。

これ以上悪い状況になんかなりっこない。

これがもしも毒で、死ねるって言うんならこっちの思惑通りよ!


一気に錠剤を飲み込んだ。

ソコまでは覚えてるんだけど・・・

何だろう?

この白いモヤは・・・。

それに、私は車に乗ってたはずじゃあ・・・?

ココは車の中っていう雰囲気ではない。

体がふわふわ浮いている感覚。

とっても心地良い。

何、私、本当に死んじゃったの?


『死んでらっしゃいませんよ』

頭の中に直接響くようにその声は聞こえる。

何?誰?

『私は甘い水屋。あなたに甘い水をお持ちいたしました。

あなたの甘い水、それはいったいなんですか?』

本当に何でも叶うのね?

人を殺す事も可能だと、そう思っても間違いはないのね?

『はい。』

そう。

私の願い・・・甘い水は唯一つ!

私に逆らう人間がいなくなる事!

それだけで良いわ。

『それがあなたの甘い水ですね?』

そうよ。

もう誰かの言いなりになるのはたくさんよ!

私に押し付けてくる何もかもを排除するの。

そうすれば私は本当の意味で自由になるのよ。

だから、私の願いはそれでいいの!!

『確かに、承りました』


頭からモヤがはれていく。

ソコは私が監禁されていた場所だった。

いつも通りの無機質な雰囲気。

いつ開くとも解らない重く、厳重な扉。

間違いなくここは私が監禁されていた、あいつらの住んでいる場所だ!

冗談じゃない。

なんでこんな場所にまた閉じ込められなくちゃいけないの!

私は扉に飛び掛った。

もしかしたら鍵が開いているのではないかと思ったから。

結果

扉はびくとも動かない。


どうしてこんな所にまた入れられなくてはいけないの?!

これが甘い水?

冗談じゃないわっ!


ただひたすら扉を叩き続けた。

訳も解らずひたすら叩き続けた。

手から血が出てくるまで叩き続けたけど、誰一人扉を開ける事はしなかった。


意味も解らず閉じ込められた。

何故こんな仕打ちを受けなければならないのかが分からない。

私は私の思い通りにならない人間を消して欲しかっただけなのに。なんで私が閉じ込められなければならないの?!


その後、秋穂がその牢屋のような部屋から出る事はなかった。

秋穂がその部屋で過ごした時間はたった七日。

食べ物も、飲み物すらなく飢えと渇きの中秋穂は死んだ。

すごいストレスで、たったの七日で髪は真っ白に変化し、余りの空腹に自分の体を噛み千切っていた。

その様は地獄絵図のように悲惨な光景だった。



『私は甘い水屋でございます。

決して苦い水はお売りしておりません。

この女性の甘い水。

それは自分に逆らうに人間を全て消すこと。

ですから私は彼女に逆らう人間を消しました。

それは彼女に逆らう可能性のある人間も含めて、でございます。

おわかりになられますか?

彼女に絶対服従する人間以外全員消したのです。

この世の中の人間全てを、彼女の前から。

人は誰もが自由な意見を持つ事を許されています。

誰もが誰もに逆らう可能性があり、それは自由意志なのです。

彼女はその全てを拒否しました。

ですから彼女の居場所はあそこの部屋しかなかったのです。

そして、今まで世話をしてくださっていた人間も彼女は自ら消してしまった。

彼女は自らあの凄惨な死を生み出したのでございます。

母親や父親が自分の思い通りにしてくれない。

それだけでこの世の全ての人間を否定してしまった。

もう少しの勇気があれば、ご両親に逆らって自分の本当の道を見つける事も可能でしたでしょうに

この世の中因果応報

自分以外の全てを否定すれば

自分以外の誰もが自分を否定するのです』



今日もまた路地裏に甘い水を売る店が出る。

人生に疲れた人間を相手に、甘い水を与えるために・・・また苦い水を取り去るために。錠剤一つで人生を変える、そんな店が・・・。

ほら、聞こえてくる。よ〜く耳を澄ませてごらん。

「さてさてお立会い。

面白い事が好きな人、楽に暮らしたいと思う道楽人間は寄っといで。

ここには何もかもが揃ってるよ。

苦しい事も、悲しい事も何にも無いよ。

甘い水に寄っといで。

わざわざ苦い水に行かなくても良いじゃない。

こっちの水は甘いよ。

苦い水にわざわざ行かなくても良いじゃない・・・。」


最後まで読んでいただきありがとうございました。

よろしければ評価などしていただければ幸いです。


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