1話 死後
─────────死んだ。
あっけなく、唐突に、無慈悲に、おれの人生は終わりを迎えた。
なんてことはない。村一番の腕自慢が新調した剣で試し斬りをと一人で森へ行き、不運にも遭遇したミノタウロスに殺された。よくある話だ。
流星の如く飛来した漆黒の怪物。ややあって切り結ぶ剣と斧。飛散する火花に、響く耳障りな金属音。
怪物は口の端を吊り上げ、次には咆哮。瞬間動きを止めたおれに迫るは鈍色の斧。永遠にも感じられた数瞬の間に、おれの首は断ち斬られ宙を舞って四回転。
地面に落ちると同時に踏み潰された。
今更ながら恐怖で身震いする。鳥肌が立って収まらな──────え?
鳥肌が、立つ?おれは殺されたはずだ。なぜ鳥肌が──────いや違う!そもそも、どうしておれは思考できている?死んだにも拘らず思考している?そうだ、何かがおかしい。いや、おかしいと仮定しよう。何かが狂っていると仮定するならば──────ここは何処だ?おれは何だ!?
想定外の状況と、自分が得体の知れないモノになっているかもしれない恐怖に、戦慄する。
鼓動が速まり、呼吸が荒くな───っ!?
鼓動が、呼吸が、──────。
どうやら、おれの心臓は動いているようだ。
そして息をしている。外気が鼻腔を通り抜け、肺を満たしている。自分が何で、何処にいるのかは皆目見当がつかないが、おれは呼吸を必要とし、呼吸が出来る状況にあるらしい。
自分が肺呼吸を行う生物であることに一抹の安堵を覚え、それをもってどうにか恐怖を抑え込む。
冷静にだ──────落ち着け。想定外に想定外が重なり訳が分からないが───状況を把握しよう。
親父が言っていた。想定外の状況に陥ったらまずは落ち着け、無闇に動くな、そして五感と四肢の状態をひとつずつ確かめろ、と。
ひとつずつといっても、確かめているうちに何かに襲われてはたまらない。自分が何かすらわかっていない、この状況での戦闘は絶対に避けたい。焦らず素早くいこう。
よし、まずは聴覚。───何も聞こえない。そもそも耳がないのか、それとも必要としないのか、あるいは耳はあるが機能していないのか、単に無音状態にあるのかは不明だ。
次に嗅覚。呼吸が出来るのは確認済みだ。───土の、においがする。「生前」は気にも留めなかった程のかすかなにおい。嗅覚はかなり鋭敏になっているらしい。そして幸運にも、嗅ぎ取れる範囲に生き物のにおいはない。ひとまずは安心出来そうだ。
そして触覚。背中にごつごつしたものが当たっている。仰向けになっているらしい。
味覚───は感じない。この体は食後ではないようだ。
手足は───動かせそうだ。両手足の指先をぴくりと震わせ、神経が通っていることを確認する。
最後に視覚。視覚は正直だ。おれが何なのか、何処にいるのか、ただ見るだけではっきりとわかってしまう。自分の正体を知るのが怖い。怖いがしかし、確かめねばならない。恐怖をねじ伏せ、おそるおそる目を開く。ヒトではなくとも、せめてヒトに近しいものであってほしいが───────────。
──────ッ!?
めちゃくちゃ見える。岩の天井だ。ごつごつしている。「生前」よりもはっきりと、おれの身長3つ分は遠い天井の細かな凹凸まで──────いや違う。そこじゃない。めちゃくちゃ見えるのはそうだが───!、問題は視力の向上じゃあない。視野だ。視野が異常に広い。いまおれは仰向けだというのに、左右の岸壁はおろか、背後の地面まで見えている。おそらく視角は270°以上。眼球の位置が、ヒトのそれとは明らかに異なっている。
鮮明な視界が暗転しそうになる。鼓動が速まり、冷や汗が吹き出た。予想はしていたが、ヒトではない何かになったことが、こうまでも恐ろしいとは。
おれは自分の正体を確かめるべく、がばりと起き上がり、周囲に鏡のようなものがないか探した。
すぐ近くに泉があった。ふらふらと、おぼつかない足取りで泉へ向かう。焦りから自ずと早足になった。あと少しという所で脚がもつれ、大の字で泉へ倒れ込んだ。
慌てて立ち上がろうとするも、よろけて上手くいかない。四つん這いで水面とにらめっこだ。
おれが飛び込んで出来た波がおさまり、水面に映ったおれの顔が徐々に明らかになる。
果たしてそれは─────────────────牛の顔だった。
「モ゛ッ゛!゛?゛!゛?゛」




