脱出、私、外の空気
協定を結んだは良いけれど、これからどうしよう。
そもそもこの研究所からどうやって脱出するの?
「シエル、ここからどうやって脱出するの?」
シエルはチラリと横を見ると、すごく良い笑顔で答えた。
「ああ、ここを爆破する」
「へ?」
おっと素が。
「ここがどこか分からなかったら爆破も何もないでしょう。ここが地下だったら私たちも生き埋めだよ」
「その点は問題ない。【探索】の魔法を使い、現在位置を確認した後、ここが地下の場合は【守護】の魔法を使って自分達の安全を確保し爆破するから心配するな」
それなら大丈夫……かな?
なんか不安だけど。
早速探索よろしく。
シエルが魔法を構築する。
魔力が周囲に広がり、魔法陣を形成する。
緻密な構成の魔法陣が次々と生み出され、一つの意味を込められている形に変化していく。
シエルから放出される魔力は一欠片も他に漏れることなく、魔法陣を形成することだけに注力されていた。
そして【探索】の魔法が完成した。
魔法陣の上に立体的な画面が出ている。
カラーでとても画質がいい。
周りの様子がよくわかる。
周りは、土。
土。
まじすか。
本当に地下だった。
そして魔法陣の上に現在位置と思われる点がある。
「現在位置確認完了。これから爆破のための準備に入る」
「わかったよ」
シエルに答えると私は考える。
うーん、周りは土といったら土だけど上に少し移動すればすぐ地上に出られるみたい。
少しと言っても掘れば大丈夫ってほどではないけど。
……あれ?
私はずっとずっと歩いてここに来た。
ずっと長い廊下を歩いて来たはずなのに、【探索】には廊下と、この部屋より少し先の行き止まりしか表示されていない。
つまりこの部屋は施設の最奥にあるということだ。
――え?
私はまだまだ続く廊下を見ている。
この部屋を見つけた時も、まだまだ廊下は続いていた。
私が目覚めた部屋は、研究所の浅瀬だったということか?
いや、でもそれならあの部屋のあった位置が行き止まりだった説明がつかない。
あ、そうか。
つまり、ここは絶対に出られない監獄のようなものだったということか。
あの部屋にあった骨の山も、出ようと思わなかったのではなく、出られなかったと言う方が正しいかな。
じゃあどうやってここに入ったんだろう。
専用入口とかあったのかな。
まあ、見つけられなかったけど。
おっと、思案しているうちにシエルが行動を起こしていた。
棚から爆薬を持ち出して、筒に入れて周囲に置いていた。
魔法なんてものがあるザ・ファンタジーな世界ではそんなものないと思っていたよ。
え、あ、黒色火薬?
いや、9世紀にはもうあったと言われているから、あってもおかしくはないか。
って、この部屋なんでもあるね。
掃除用具やら火薬やら。
あ、服とかもあるから持ち出しておこう。
白衣はもう嫌だー!
あ、鞄とか本も。
濡れてるけどね!
よし、準備万端!
「準備完了。いつでも大丈夫だよ」
「よし、爆破を開始する」
そう言うと、シエルは【守護】を展開して私たちを球状の膜で覆う。
そして、爆薬に火をつけ、何らかの魔法を発動した。すると、爆薬は反応を起こして、爆発した。
天井は崩れ、この施設自体がさらに埋もれていくのを見た。
私達は、崩れた天井も爆発の余波も物ともせず、ずっとそこにいた。
まるで自分達の存在自体が、そこに固定されたかのような錯覚を覚えた。
そして静寂だけが残った。
「よし、浮上する」
シエルがそう言うと、私達は【守護】ごと浮かび上がった。
土の中から地上に行くことを、浮上って呼ぶのかは知らないけど。
ゆっくりと浮上していく。
……。
……。
……。
……って、ゆっくりすぎるでしょう。
ほんのちょっとずつしか浮上しないんだけど!
ジト目を向けると、シエルは苦笑いをした。
「すまん、我慢してくれ。いずれは地上に出られるから」
「わかっているよ。ただ、退屈だなと思ったんだ」
確かにそうだな、とシエルは笑う。
「では、君の話を聞かせてくれないか」
そう言うと、私の肩に手を置く。
拒否権はない……って言われてるみたいで怖い。
えー、私はあまり話したくないんだけどなー。
でも、シエルに喋らせたのに、私だけ喋らないのはアンフェアか。
「分かったよ。ただ、つまらないよ?」
「構わんさ。俺は、君個人を知りたいんだ」
知りたい、ねえ。
以前、誰かに興味を持たれたのはいつだったかな。
思い出せないな。
まあいいか、私にとっては、取るに足らない出来事だったんでしょう。
私はシエルに向き直り、口を開いた。
「私は日本と呼ばれる国で生まれた――
私の人生を話した。
家でのこと、学校のこと、普段のこと、この世界での人生を。
家って言っても、いつも静寂に包まれていたけど。
学校って言っても、極力人と関わらなかったけど。
普段と言っても、主にゲームしていたけど。
こう思い返すと、私の人生ってなんてつまらなかったんだ、って思うね。
無味乾燥で、毎日をただ怠惰に過ごした日々。
ただただ時を刻み続ける時計のように、何も変わらなかった日々。
ああ、つまらなかったな。
だから、今世ではとことん暴れたいなあ。
私は、自分の中に生まれた欲に気づいた。
そして、私の事を話し終えた。
自分の中に生まれた欲に関しても。
シエルは笑顔で私の名前を呼んだ。
「エトランゼ、お前は俺に協力すると言った。つまり、俺もお前に協力するんだ。俺が復讐を終えるまで、そして復興後の事もな。これから犠牲にしなければならない民も、俺が王となることを納得してくれるだろう。だから、俺の側で存分に暴れるが良い」
相変わらず民を犠牲にする道を選ぶんだね。
でも、それでこそシエルだ。
心で嗤いながらも、笑顔で私は答える。
「うん、そうさせてもらうね。ありがとう」
シエルは笑顔で頷いた。
おっと、もう地上に着くみたい。
ほんの少しだけ光が見える。
光は徐々に増え、やがて視界を覆った。
光の先には、空があった。
吸い込まれそうな蒼だった。
光の先には木が生い茂っていた。
生き生きとした緑だった。
研究所の外は、森に囲まれていた。