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7話 肉屋のダンガガ

 季節は夏になった。

 日本と同じくこのハイロード王国の夏は、ジメジメしていて、そして暑い。

 この炎天下の中、ただサーシャの声が部屋に響く。

「7大陸に置ける人類は7つの種に分類されます。

 まずは、普人種、獣人種、有鱗種、有角種、有翼種、魔人種と分かれています。

 お嬢様のような人間、私のようなダークエルフは普人種に分類されます。ダダさんのようなリザードマンは有鱗種に属しますね。人類以外にも知性を持った生命はいます。竜種や精霊と呼ばれるものですね。彼ら、そして私達人類の特徴として知性と魔力を持つ可能性を秘めているということです」

 メイドのサーシャが笑顔を貼り付けて、しかし汗をダラダラと流しながら俺に勉強を教えてくれている。

 プロ意識はさすが、ではあるが頭がフラフラしているあたり、かなり限界が近いようだ。

「また、そういった種族の他にも魔力を有しているのが存在します。それが魔物と呼ばれるもの達です。彼らは、封印された悪い神様が具現化させた存在と言われています。それらは生命体と呼ぶべる存在ではありません。周囲の生き物に攻撃を仕掛けますが、倒したものを食べることなく、そして自身に危機が訪れようとも怯えたりすることはありません。特徴としては赤い瞳を持っているということ。そして、倒されると魔石とその生き物の特徴ともいえる部位を残して消えてしまいます。えー」

 ふう、とサーシャが汗を拭う。外を見る。太陽の姿は見えない。恐らく、今、真上で燦燦と熱気を振りまいていることだろう。

 つまりは、今が一番暑い時間帯。それなのに、風が全く吹かないのは、どんな嫌がらせだろうか?


 サーシャはダークエルフ。敏捷性と魔術の親和性が深い種族ではあるが基礎体力は、他の人類種の中でかなり劣る。

 この環境にい続けるのはかなり厳しいだろう。だから……

「ねえ、サーシャ。暑いから休憩しよう」

 その言葉に、サーシャは、渋い顔をする。生真面目なサーシャだ。自分の仕事を放棄することに抵抗があるのだろう。

「おれ、暑くて頭がクラクラしてきた。涼しい処にいきたいなー」

「あ、お嬢様。申し訳ございません。お嬢様の体調管理も私の仕事のはずなのに、え、えーっと、そうですね。庭先はいかがでしょう?あそこは風通しもいいですし、木の下なら日に当たることもありませんし!」

 フラフラとしながらも、俺を連れて庭に出る。

 顔を真っ赤にしながらも、俺を心配そうに見るサーシャ。俺としては、もう少し自分の体を大事にして欲しいと思うのだが……

 そう思いつつも、彼女の好意はとても心地良い。彼女の好意に報いられるようになりたい、そう強く思う。


(まあ、女装だけは勘弁だけど……)

 そんなことを考えていると、サーシャが屋敷に戻ろうとする。

「どこいくの?」

「い、いえ、お嬢様の飲み物を用意しようと……」

「いいから、サーシャ。ここに座って」

「は、はい」

 そうすると、執事のダダが、屋敷から出てくる。お盆の上には良く冷えた水が用意されている。

「……ドウゾ」

 リザードマンの表情はやっぱり人間の自分には解り難いが心配しているのはわかる。

 ありがとう、と答え、水を受け取るとダダはそのまま背を向けて屋敷に戻っていく。


「むう、お嬢様。私を騙しましたね」

「あ、サボろうとしてたのばれたか」

「むー、そうやって悪い風に振舞う!本当に、お嬢様は三歳なのですかっ!」

 まぁ、三歳らしからぬ言動だったかもしれない。

 これは気をつけないと。自分が転生者であることは、彼女にも、両親にも言っていない。

 今の俺は三歳児だ。その中に、17にもなる魂が入っていると聞けば、両親がどう思うだろうか?

 逆の立場で考えれば、気持ち悪いとしか思えないだろう。

 

 この歳で、屋敷から追い出されては、俺は生きていけない。

 騙す形で、気分悪いが、この秘密は、一生胸に秘めて生きていくつもりだ。


「お嬢様?」

「そのお嬢様というのはやめろ」

「ですが、お嬢様はお嬢様ですし……」

「だから、おれは男だっていってるじゃないか!」

「うっ、い、いえ、お嬢様は立派なお嬢様です。だって、こんなに可愛いんですよ。こんなに可愛い子が男の子のはずがないですっ」

 苦しい言い訳だと解っているのか彼女の視線が僅かに泳いでいる。

 そんな彼女に俺は小さく嘆息する。

 いくら仲が良いとはいえ、彼女は雇われの身だ。雇い主の意向はそう簡単に逆らうことは出来ないのだろう。


「じゃあ、クリス」

「は?」

「だから、俺のことはクリスと呼んで?」

「し、しかしっ!」

 提示したのは妥協案。生真面目な彼女はその提案にも難色を示す。だから、もう一押し。

「……だめ?」

 上目使いに、彼女を見上げる。

 サーシャや両親にお願い事をする時のポーズ。

 屈辱的なポーズ。心の中で血の涙を流しながらも、出来る限り可愛く媚びる。


「う、ぐ、く、クリス」

 何かに葛藤しながらサーシャは絞り出すようにその言葉を発し……

「……様」

 ……まぁ、彼女の立場を考えれば、これが限界だろう。


「はっはっは、仲がいいですな」

 男の声がした。

 野太い、しかし何処か柔らかな印象を与える声。

 振り向くと、豚の顔がそこにある。

「あ、ダンガガさん。配達の時間でしたか」

 サーシャが慌てて立ち上がる。

 彼女の気配が遠ざかるのを何処か残念な気持ちになりつつも目の前の豚を観察する。

 豚の顔に、丸々と太った体。それを包む麻の服はパンパンに膨れ上がっている。

 オーク。確か獣人種に分類される人類だ。

「誰?」

 疑問が口に出る。

 その問いかけにダンガガと呼ばれた男が愛想笑いをする。

「ああ、これはお嬢様。初めまして。ウェストロード男爵の庇護の元、肉屋をやらせていただいてます。ダンガガと申します」

 笑みを浮かべているが、何か怖い。

 人種が違うので解りにくいが、それでもこの男が愛想笑いといったのが思いっきり苦手そうだ。


 彼は荷台を引いていた。

 そこに乗っているのは幾つか並んだ樽だ。

「はっはっは、お嬢様、この樽に興味がお有りで? ここにあるのは、豚肉ですわ。冬はまだ先ですが、特別卸して貰ったんです」


 そう言って、上機嫌に笑っているが、何かお宝を目の前にした山賊の笑みにしか見えない。

 色々と損してそうだ、と思うが、悪い人間ではなさそうだ。不良をやってた身だ。中身と外見が違う人間など今まで沢山見てきた。

 では、と荷台を引いて、裏口の方へ歩いていく。


 その姿に、違和感を覚える。

 右足の動きが少しぎこちないのだ。

(過去に何か傷を負ったか?)

 危険と隣り合わせのこの世界だ。それくらいのこと普通だろう。

 彼が裏口に消えていく頃には、彼への興味は消えうせていた。




 それが、ダンガガとの出会い。

 今後の人生に大きく影響してくる人物だとはこの時は思いもしなかった。


 

今週中にもう一回更新します。

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