6話 サーシャとクリス
と、言うわけで3歳になった。
よたよたであるものの歩き回ることが出来るようになり、一気に世界が広がった。
最近の俺はみんなが寝静まった時間を狙って親父の書斎へ忍び込んでいる。さすが貴族と言うべきか。政治、経済、魔術と様々なジャンルの本が並ぶその本棚は正に圧巻される。まだ、身長が足りなくて上のほうの本が取れないのは悔しくはあるが、いつかしっかり読みたいものだ。
……ああ、言いたいことは分かる。俺らしくないってのは重々承知だ。
ただ、前世とまるで違うこの世界は俺の好奇心を刺激してくれる。
運がいいことにこの体は自頭がいいのか、読んだ本の内容はすんなりと吸収してくれる。
現在、父の本の中でも魔術関連の本を重点的に読みあさっている。
1歳児の時、魔術がなんたるか理解しないまま、魔術を使っていたが、後々調べると色々やばかった、というのを理解する。
ちょっとした魔術の操作のミスや知識のなさがそのまま命取りになるのが魔術というやつだ。
慎重にならざるえず、今は汎用魔術しか使えないが今年中には固有魔術に手を出したいところだ。
まぁ、この世界に来てまる三年。大分この世界にも慣れてきたことだし、目標を再度確認したいと思う。
一つはこの世界に来て感じた魔術を覚えたい、という思い。もう一つは前世からの夢、男らしくなりたい、ということだ。
しかし、まぁ、色々考えてみると魔術ってーのは手段にしか過ぎない。
そりゃ、未知の力に最初は惹かれたのは認めるが、結局、手段は手段にしか過ぎない。
強力な魔術が使えたからと言って、そこに何の志が無ければ、何も成すことは出来ない。
だから、俺は、初心に戻り『男らしく生きる』ことを忘れないようにしたい。
無論、その手段として、魔術は鍛えていきたいと思う。
さて、突然、自分語りをしてしまったかというと……
実をいうと俺は現在追い詰められている。
このピンチな状況下、どう生きるか?と現実逃避をしてしまうくらいに……
……現在、俺の周囲にはヒラヒラな服が並んでいる。
右を見てもドレス、左を見てもドレス。ついでに俺が今来ているのもドレスだ。
そのサイズはすべて子供用であり、この屋敷に子供は俺だけだ。
すべて、両親が俺の為に買ってくれた者だが、どうしてだろう?何故か涙が止まらないや
「お、お嬢様、そのドレスお似合いですよ」
その言葉に、俺はハッとする。
部屋の隅で控えていたサーシャがおそるおそる声をかけてくる。
「サーシャ。おれ、おとこのこだぞ。なんでこんなヒラヒラな服着なきゃいけないんだよ」
目の前にあるのは鏡。
そこに写るのは、多少ふっくらしているが、金髪碧眼の美少女、髪もまだ生え揃っていないが、3歳児だから仕方が無い。
そんな美少女が着ているのはピンク色のドレス。頭にはご丁寧にもリボンが結ばれている。
3歳児なのでまだ色気のいの字もないがこのまま育てば美少女になることは間違いない。
俺も前世でこんな子を見かければ、ほっこりするだろう。
……最も、それが自分でなければの話だ。
俺は男だぞ。しかも男の中の男を目指す身。学ランは無理だとしても、せめて異世界らしく騎士の格好なら納得するが、今、着ているのはドレス。
特注なのだろう。生地も絹を使った立派なもの。漫画で見かけるようなお姫様の使うような立派なものだ。
しかも、困ったことに似合ってしまっている。そんな自分を見ていると、何というか……死にたくなる。
「で、ですから、クリス様は女の子として……」
そうサーシャがあたふたしながら答える。
夏が近いのか、そのメイド服の生地は薄く、なんとスカートはミニスカートだ。。その浅黒い肌を露出しており、男であれば、思わず生唾を飲むこと間違いなしだ。父親のアルドが見とれて、おかんに耳を引っ張られているのを見たことがある。もっとも三歳児である俺はその色気に惑わされることなく、サーシャに向かって吠える。
「やだっ! おれはおとことしての道をきわめるんだ。サーシャがいくらいってもこればっかりはまげない」
「そ、そんな、『俺』なんて、く、クリス様は女の子なのですから、自分のことは『私』と」
「おれは、おとこだーーーーーーーー!!」
「く、クリス様、そんなこと言わずに」
ジタバタ暴れ、服を脱ごうとする自分を必死に抑えているサーシャ。
そんな彼女の制止を振り切って、ドレスを脱ぎ去る。かぼちゃパンツ一丁になり、部屋を飛び出す。
「ああ!クリス様!待って!」
ドタバタと後を追ってくるメイド。ワックスが磨かれた廊下を駆ける。
「お嬢様、ドウシマシタ?」
「ごめん、じい!」
リザードマンの執事の足元を通り過ぎると、勢い余ったサーシャと執事がぶつかり、きゃあ、と可愛らしい声を上げて、体勢を崩す。
「チャンス!」
そのまま、走って玄関へ。
背伸びしてドアノブを掴み、そのまま外て飛び出す。
そ して、視界に広がるのは、草が生い茂る斜面。ウェストロード男爵家は小高い丘の上に立っている。その先に広がるのはブドウ畑。
さすがにそこまで行こうとは思わないが、家の裏手には森が広がっている。
逃げるなら、そっちだ。とそちらに足を向けると……
「お嬢様!」
玄関が開きサーシャが飛び出してくる。
「やばっ!」
慌てて駆け出すが、自分はまだ3歳児で、相手は若いとはいえ、ある程度体の出来上がっているメイド。
追いかけっこしても勝てる訳なく、庭に出たと同時に捕まってしまう。
「はーなーせー」
「ふ、服を着て貰わないと困ります」
「やーだー」
こうなっては仕方が無い。子供の特権、駄々っ子モード。
地面に寝っころがり、意地でもうごかんと、大の字になる。
……男っぽくないが仕方が無い。あの服を着るくらいなら多少プライドが傷ついても徹底抗戦に持ち込むしかない。
「ああ、もう、オリビア様がこんな姿を見たら何というか」
服を着させることをあきらめたのか、ぶつぶついいながらも、サーシャは自分の隣に座り込む。
背中に当たる草の感触が気持ちいい。ふと、甘い匂いがした。
どうやら、風がサーシャの匂いを運んできたようだ。
前世であればドキドキしただろうが、今は3歳児、そんなことも感じることもなく、落ち着いた気持ちになる。
どれくらい時間がたっただろうか?
「ああ、ほんとうにいせかいにきたんだなぁ」
ふと、そんな言葉がこぼれ出る。
青く広がる空。それは地球と変わらない。
違うところは、太陽の光を浴びて虹色に輝く巨大な橋。
レイライン。そう呼ばれているらしい。よくその欠片が降ってきて、農家の方々が苦労しているとか。
その欠片を家で見かけたことあるが、宝石のようにキラキラした石だった。
大陸を跨ってかかっているらしく、それが合計7つ。麓に行くと一つの町がすっぽり入るくらいの太さだとか、どんだけ大きいんだよ。
ふと、空に何かが飛んでいくのが目に入る。翼の生えたトカゲのようなもの、あれはドラゴン?
「サーシャ、あれ何?」
そう、隣にいるはずのサーシャに声をかけるが返事がない。
「サーシャ?」
隣を見ると、座ったまま、こっくり、こっくりと船をこぐメイドの姿。
はぁ、と内心ため息をつく。本当に彼女が俺の専属メイドなのか?と疑問を持ってしまう。
転生3年目。段々この世界について解ってきた。
まず、この世界は電気ガス水道は存在していない。
歴史に詳しくないが見る限り、中世ヨーロッパ?みたいなレベル。
親父は、騎士でよく馬に乗っている。腰に刺している剣も漫画などで見るそれそのものだ。
まぁ、それだけで判断するのもあれだが、建物の雰囲気とかは漫画で見た中世ヨーロッパそのものだ。
無論、違う所も多い。
上げるときりが無いが、その一つとして、魔法だ。
お陰で、屋敷の中は夜でも暗くない。魔法で生み出した光が煌々と照らしてくれている。
そして、なにより、違うのは魔物と亜人の存在。
この屋敷にも数人いる。我が家の執事ダダは、見た目は直立歩行している蜥蜴にしか見えないリザードマンだし、
自分の隣で涎たらして寝ているメイドもぱっと見は解らないが亜人だ。種族はダークエルフ。褐色の肌と尖った耳、後は長寿であることが特徴だそうだ。
ここにはいないが町にでれば、オークや、ゴブリンとかいるとか。
解らないことだらけだが、今の自分は3歳児だ。
ここから先わかることを増やしていけばいい。
そう思っていると、口からふわぁ、とあくびが飛び出す。
これだから3歳児の体は、と思ってしまうが仕方が無い。まだ、睡魔に逆らえる年でもない。
瞼が、ゆっくりと重くなり、そのまま意識は闇の中へと落ちていった。
■◇■◇■
「で、むすこ……いや、娘はどうかの?」
おふくろの話し声で、意識がゆっくりと浮上する。
普段なら、そのまま飛び起きるが、自分の格好を思い出し思いとどまる。
(今、パンツ一丁じゃねぇか)
自分を女の子として育てたい母からすれば、雷どころではすまない。寝たフリでごまかそうとする。
「なんといいますか、お転婆で、本当に3歳児と思うところがあります。さっきも逃げ出したお嬢様を捕まえようとしましたが、どう考えても3歳児の運動神経ではありませんでした……正直、魔法を使っているとしか思えません」
「ふむ、アルドの真似をしているのかよく部屋でトレーニングしているのを見かけての?正直、それであれだけ動けると思っていたが、そうかやはり、魔術を使っていたか」
「クリス様は、1歳の時に、外部からの魔力を吸い込むという離れ業をやってのせました」
「ふむ、勇者だからかの?しかし、わらわは才能豊かではあったが、赤ん坊の頃は周囲と大差無かったと聞いたがのう」
勇者。転生をする時、女神にも言われていた俺の役割。
俺の胸元には、紋章が描かれている。理解不能な術式のような文字。それが勇者の証であるようだ。
「自分で才能豊かとか言わないでくださいよ」
ジド目で、オリビアを睨むサーシャ。
この二人は仲が良い。どうも、オリビアがこの家に嫁ぐ前からの仲らしい。
どうも、オリビアはかつて冒険者で、引退を機に孤児であったサーシャを引き取ったとか。
街でサーシャに魔術を教えながら暮らしていたようだが、紆余曲折がありアルドと結婚することとなり、そのままメイドとしてこの屋敷に来たとか。
なので、オリビアとサーシャの関係は複雑だ。
主従関係であり、師弟関係であり、同時に親子のようでもある。
オリビアとサーシャが並ぶととても絵になる。
長い黒髪と男好きするグラマーな体系に、勝気で、どこか知的な雰囲気をもつオリビアと、スレンダーで、美人ではあるがどこかおっちょこちょいなサーシャ。
二人を包む雰囲気というべきか、性格もかなり違うが、しかしどこか似ているのだ。
「オリビア様。クリス様を普通の男の子として育てるのは無理なのでしょうか?あのままではあの方は……」
「言いたいことはよく解るがのぅ。サーシャよ。現ウェストロード家の状況を考えるに、まず不可能だ」
「ですがっ!」
サーシャが声を張り上げる。が、オリビアは悲しそうに首を振る。
「解っておるであろう? ウェストロード家の生まれの男の子。しかも勇者じゃ。間違いなく国を乱す。そうなると高い確率で主のような亜人は間違いなくこの国では暮らせなくなる。同時に、多くの亜人が苦しむこととなる。そして何より、この子の身を守る為にも女装は必要なのじゃよ」
「国王選定の儀ですか」
「ああ、せめて、本家がウェストロードでなければ、ここまで頭を悩ますことは無かったのにのぅ」
……何やら複雑な理由があるようだ。
そう、考えればおかしなことばかりだ。生まれた時は沢山いたメイドも今では一人。あとは執事と料理長のみ
そして、何より何故、自分が女装させられるのか。
考えることは沢山ある。しかし、何より今問題なのは……
(この状況をどうやって切り抜けるかだ)
パンツ一丁で寝っころがる自分。どう考えても怒られることは必須だ。
今世母は、とっても怖いのだ。