表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/51

5話 遠い記憶

 古い、夢を見た。


 そこは、アパートの一室。

 窓から差し込む夏の日差し。

 外には短い生を謳歌せんと蝉が大きな声で鳴いている。


 ちりん、と風鈴が鳴る。

 生暖かい風が吹き荒れる。一瞬涼しく感じるが、季節は、真夏の昼下がり。

 照りつける太陽が部屋の温度をじわじわと上げていく。


「あーちぃー。さらー、麦茶~」


 野太い声がした。

 聴き慣れた誰かの声。

 それが、かつての自分(久遠誠一)の声だと気づくのに一瞬の時間を用した。


 子供であるクリスの視界よりも広い視界に、前世の視点であることに気づく。

 年季の入ったちゃぶ台の上には夏休みの宿題が広げっぱなし。その横にはジャンプが置かれている。

 タンスにはシールが貼られ、ブラウン管の向こうにはグラサンの親父が写り、ときおり笑い声が響き渡る。


 それは、かつて入り浸った幼馴染の家。

 懐かしき、だけど戻ることが出来ないその光景に胸が締め付けられる。

「……自分で取ること。私は、忙しい」

 そういうのは、DSの画面に釘付けになっている一人の少女。

 サラ=オルスタイン。金髪碧眼のどこか眠たげな表情が特徴的な美少女だ。

 夏だというのに、豚をデフォルメしたデザインのパーカーを着込んでいる。


「てめぇ、ちったー動け。豚になるぞ」


 出るとこが出ているサラは、流れる汗も相まって匂い立つような色気を感じさせる。

 もっとも、幼い頃から一緒だったので、性的な欲望を感じることは殆ど無かったような気がする。

 自分としては体系的にはグラマーと言えるが、気を抜けばブクブクと太りそうで心配だ。


「大丈夫。私、メス豚。問題ない」


「だから、その言い方をやめろ。勘違いを招く」

「? 何が?」

「だから、その、ああああ、あれだよ!あれ」

 本気でわからないのか、くてん、と首を傾げる幼馴染。

 ……別に彼女は性的な意味で『メス豚』と言っているわけではない。

 彼女は幼い頃から何故か豚という生き物が大好きで、それは高校に上がった今でも変わりはない。

 豚に憧れがあるらしく、豚のパーカーをよく羽織っている。

 そんな彼女の言動に騙されて、襲いかかる男どももいるが、大抵軽くあしらわれる。

 

 彼女は強かった。

 高校では、不良のトップを張っている俺でも手も足も出ない。

 そんな彼女が、じーっと、俺の顔を見ている。

「怪我……」

 その視線は俺の頬。殴られたせいか、腫れている。

 それが気になるのか、じーっと俺の頬を見ている。

「せーいち、喧嘩弱いんだから、喧嘩。ダメ」

「なんだ、心配してくれるのか?」

 俺が弱いんじゃない。てめぇが規格外すぎるんだ。

 そんなことを考えながら別のことを口にする。

 普段からすましている彼女の表情を変えてみたい、と思っての言葉だ。


「……うん、家族だから、心配するの当たり前」

 思わぬ素直な反応に、頬が自然と赤くなるのを感じる。


 彼女と俺の関係は、恋人とかではなく、家族のようなものだった。

 血の繋がりは無いが、彼女と彼女の弟であるヤスとは生まれた頃から一緒だった。

 二人の距離は近すぎて、色恋沙汰になることもなかった。

 だけど、彼女に真っ向から感情をぶつけられると赤面してしまうのは、心の何処かで家族になりきれていない自分がいるからなのかも知れない。


「喧嘩は男の勲章だ。辞めるわけにはいかねぇ」

 その言葉に、彼女は少し残念そうな顔をして「そう」とだけ呟く。

 暫くの沈黙。そして、その沈黙を破ったのはプルル、と震える携帯だ。

 届いたのはメール。それは、サラの弟であるヤスからのメール。

 口元が歪む。そこに書かれているのは、不良高である北高の生徒が公園で屯っているということ。

「ちょっち、出かけてくるわ」

 そう言って、立ち上がると、事情を察した彼女がぽつり、と呟いた。


「せーいち、必ず帰ってきてね」

「わーてるよ」

 そういって俺はアパートを後にする。



 ……そして、その日の夜、彼女との約束を叶えることなく、俺は命を落とすことになる。

 


 転生した今でもたまに思うことがある。

 あいつは、泣いただろうか?

 恐らく泣いただろう。あれで情に厚い奴だ。

 残るのは後悔の念。しかし、後悔したことで何も変わることなく、しこりとして今も心の中で渦巻いている。


 ともあれ、悔いは残るがクソッタレな久遠誠一としての人生は終わり、こうしてクリス=H=ウェストロードとして第二の人生を歩み始める。


『本当に?』


 その声が響くと同時に、世界は暗闇に包まれる。

 何も無い空間に声だけが響き渡る。

 聞き覚えのある成熟した男の声。だが、誰の声か解らない。


『お前は、久遠誠一で、どうしようもない不良だった。それには違いない。だが、お前はそれだけの男だったのか?』


 ……何が言いたい。


『いや、忘れていることはないかな?と思っただけだ』


 俺は、俺だ。それ以上でもそれ以下でもない。んなの当たり前だろうが


 ここは俺の夢の中、そう考えるとこの声も俺自身から発せられたはずだが、だがこいつが俺の中では異物であるのを本能的に察する。


『ふむ、お前がそう判断するなら、そうなのだろうよ。そら、早く眼を覚ませ。お前を待っている家族がいる。さっさと戻って安心させろ』

 

 そう、声の主が言うと、意識がゆっくりと浮上していくのを感じる。

 それにあがらいながら、声の主に問いかける。

 てめぇ、何者だ、と


『面白いこと聞くな。私は、■■■だよ……ああ、やはり理解出来ないか。それでいい。まだ、物語は始まったばかりだ』


 笑うような男の気配。それが気に障る。

 自分の知らないことを知っているような偉そうな気配。

 一発分殴ってやろうと手足を動かすが、空を切るばかり。


『では、近いうちまた会おう』


 男がそう言うと共に、夢は終わりを告げる。



 ■◇■◇■


 眼を覚ますといつも通りのベットの上。

 スースー、と規則正しい寝息が耳に入る。振り返ると寝息を立てているサーシャの姿を発見する。


 外は暗い。恐らくずっと看病をしてくれていたのだろう。

「クリスさまぁ」

 彼女が寝言をいう。心配してくれていたのだろう。

 目元には僅かだが涙が伝った後がある。

 ふと、前世の幼馴染を思い出す。

(悲しませちゃ、駄目だよな)

 そう思って、サーシャの頭をよしよし、と撫でる。


 体に違和感が無い。

 どうやら、後遺症などは残りそうもなさそうだ。

 腕をニギニギしていると、はっとサーシャが眼を覚ます。


「く、クリス様! 眼が覚めましたか! 体は? 体の調子は?」

 サーシャが俺の体を触って確認する。

「クリス様。駄目ですよ。外界の魔力を吸い上げるのは! 外の魔力は悪い神様によって汚染されているんですからっ!」


 1歳時にそんなことを言っても解らないだろうに、と苦笑する。

 しかし、その言葉で解ったこともある。

 古き魔術師は、悪い神の毒によって力を失ったと、つまりはこの毒で、古き魔術師は姿を消したのだろう。

 

「ああ、そうだ!オリビア様! オリビア様を呼ばないと、クリス様、少し待ってくださいね!」

 

 そういってサーシャが部屋を飛び出していく。

 その姿に苦笑しながらもさっきの夢を思い出す。


『では、近いうちにまた会おう』


 そう言った声の主。その言葉通り、近いうちにまた会うことになるだろう。

 確信にも似た思いで、俺はその体には似合わないため息を吐いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ