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こちら側とあちら側 (前半・オリビア視点 後半・クリス視点)

 その日は珍しく晴れていた。

 年がら年中、曇りか雨のこの土地にしては珍しい。


「何というか、クソッタレな天気とはこういうことじゃろうか?」

 

 我が子のことを思いながらわらわは一人独白する。

 あれから、一年の月日が過ぎた。

 ここは、根の森。クリス達がいなくなった大穴の前にわらわは立っている。


「本当、色々あったのう」

 クックック、と自然と笑いがこみ上げてくる。

 久しぶりにあげる笑い声。しかし、その中に空虚さが占めているのを自身でも感じ取れる。


 正直に言おう。

 わらわ達は追い詰められている。

 

 王国はわらわ達の敵に回った。

 

 理由は簡単、クーデターじゃ。

 ウェストロード公爵。彼は、帝国がわらわ達を捕らえるのを失敗したのを悟ると同時に挙兵。

 電光石火の勢いで王都を侵略。王位を略奪したというわけじゃ。


 まぁ、あのまま手をこまねいていれば、そのまま絞首台の上へ直行じゃ。

 だったら、すべてが発覚する前に王位を略奪するのは悪い手ではなかった。


 平和というまどろみの中にいた王都は、あっという間に陥落。

 その後、内戦になるも、帝国の介入によりあっという間に鎮圧。

 一部は逃げ切ったものの四公に連なる者達は殆ど捕らえられた。

 わらわ達もその数少ない逃亡する者達ということになる。これからわらわ達は北上し、七部族連合に合流しようと考えておる。

 ただ、最後に息子が消えた大穴を見ておきたいと思い、こうして寄らせて貰った訳じゃ。


 あの事件後、穴に息子とサーシャ、そしてダンガガが落ちていったとあの騎士から聞かされた。

 しかし、あの事件後、あの穴の底には三人の死体は無かった。

 となれば、答えは一つ。


 彼らは、『あちら側』に渡っている。

 ここには、異界の扉があるといわれている。

 いや、実際ここに異界の扉は存在しておる。友があちらに渡っていくのをわらわはこの目で確認しておるからの。


 穴の底を見る。

 ……異界の扉が開くのはそろそろか。


 わらわは、穴が開くと同時に手に持つゴーレムを起動させる。

 通信用のゴーレム。二体で対となるそれは、片方のゴーレムを持つ相手に向けて話をすることが出来るというものじゃ。

 

 無論、通信距離など様々な問題があるが、そこはわらわの魔術で何とか繋ぐしかあるまい。


 元より、成功率は低い。けれど、これに賭けるしか手はないのじゃ。


「クリス。聞こえるか?クリス」


 ノイズしか聞こえない通信機。わらわはそれに向けて只管声をかけ続けた。




 ◇◆◇◆



 そして、俺達はドバイの街に到着した。

 いや、街というのは語弊がある。



 様々な人種でごった返す人込み。

 道を走る高そうな車達。

 そして、天を衝く摩天楼が誇らしげにそびえ立っている。


 世界有数の大都会が、そこに存在していた。

「あ、あ、あ……」

 サーシャが、ぽかん、とこの光景を見てフリーズしている。

 ……まぁ、衝撃が大きいのは理解出来る。

 元・地球出身の俺でさえ、この光景には圧倒される。

 それが、『あちら側』の建物よりも木々のほうが目に入るような田舎町の少女には衝撃がでか過ぎるだろう。

「お、お城が一つ、お城が二つ。お城が、人が、いっぱい。いっぱい」

「サーシャ、サーシャ落ち着いて」

「おお、落ち着いていられますか。何ですかこれは!上が、上が見えませんよ!この建物。しかも壁がキラキラ輝いているし」

 ああ、ガラス張りの建物は初めて……だよなぁ。あっちのガラス、ここまで純度なかったし。

 

 豪、と音がする。見ると飛行機が高度を落としながら着陸の体制に入っているようだ。


 すると、サーシャが俺に飛びついてくる。

「お嬢様、ドラゴンです!身を伏せてください!」

 天下の往来、突然のサーシャの行動に周囲の視線が集まる。

 燕尾服の上から感じるサーシャの柔らかな感触。そして、乱れた呼吸が俺の耳をくすぐる。

「さ、サーシャ」

「あはははは、サーシャ。落ち着いて。あれは飛行機といって車と同じで科学の力で動く乗り物だよ~」

「こ、これが乗り物?」

 ぽかん、とするサーシャに俺は小さく嘆息する。


 ……今日一日大変なことになりそうだ。



 ◆◇◆◇


 

 予想の通りというべきか、

 サーシャは様々な場所で騒ぎを起こしていった。


 車の走る道路に飛び出しそうになったり

 ナンパされて、ナイフを取り出しそうになったり

 TVを見て、中に人がいると騒いだり

 天にも届きそうな吹き上がる噴水の前で、完全に腰を抜かしていた。


 ……いや、噴水に関しては俺もど肝を抜かれたが。


 そんなこんなで、ホテルに到着。

 天井には大きなシャンデリア。床にはふかふかの絨毯がひかれている。

 身なりもいい人間が集まっており、人種も多種多様。

 明らかに高いホテルだ。 

 チェックインを済ませ、エレベーターへ。


「く、クリス様。空、空飛んでます」

「サーシャ、落ち着いてください」

 エレベーターの隅で蹲ってガタガタ震えているサーシャ。

 サービスで、外が見えるようになっているのが仇になったらしい。


 周囲の視線が痛い。

 時代錯誤なドレスを着ている俺に、執事服のサーシャ。加え、泥にまみれ、しかも傷まで負っている。

 視線を集めるな、というほうが難しいだろう。

「君達、これからどうするの?」

 客がエレベータを降りたのを見計らって巴が話しかけてくる。

「……出来れば、元の世界に戻りたいです」

「難しいね」

「……でしょうね」

 『こちら側』と『あちら側』の交流は殆どない。

 言語などはある程度、通じ合っているから昔はあったのだろう。

 しかし、一般市民は、お互いの世界についてなんら知らない。この前見かけた銃以外、何か文化が輸入されている形跡がないのだ。

 つまりは、交流が規制されているか、それとも異世界の扉が開くことが滅多にないのか。

「両方だねー。『こちら側』と『あちら側』を繋ぐゲートは、世界でも場所が限られているんだ。大抵、どこぞの組織が厳重に管理しているか、それか人を寄せ付けぬダンジョンの奥深くか。

まぁ、どちらにしろ、よほどなことがない限り使えないよー」

 予想通りの言葉に、肩が重くなる。


 チン、と音を立てて、エレベータが止まる。

「サーシャ、降りますよ」

「は、はぃぃ」

 最早、いつもの執事としての皮が剥がれ、完全弱気な姿を現してしまっている。

 見た目は、クール系の美男子なのに、なんとも勿体ない。


「それにしても、隠す気無くなったんだ」

 確かに俺の態度は異世界人としてはおかしいだろう。

 最初は隠す気でいたが、疑念を持たれた以上、隠すのは逆効果だ。

 見知った世界とはいえ、全く違う文化圏。ここで彼女に見捨てられれば、どうしたらいいのか解らなくなる。

「ええ、ここまで世話をして貰っているのに隠すのも卑怯な気もするので、それに私が落ち着いていないとサーシャが更に取り乱します」

「いい主だねー。君」

「家族なので……」

 部屋の前で、カードキーで部屋を開ける。

 俺とサーシャが同じ部屋で、隣が巴の部屋だ。

 人は、こんな高い建物を立てたらいけないのです。神の雷が落ちます。

 とか、ぶるぶる震える彼女の手を引き部屋へ。

「今日はありがとうございました。また、明日」

「うん、また明日~」

 ひらひらと手を振りながら巴は部屋へと消えていく。


「ここが、クリス様の前世の世界ですか。凄まじいですね」

 広々とした部屋。風呂を見たらジャグジーまでついてやがる。

 VIPルームとまではいかないが、かなりの豪華な部屋だ。


「……クリス様。巴様を信用してよろしいのでしょうか?」

 確かに、いきなり見ず知らずの相手を、このようなホテルに泊めてくれるってのは下心あるようにしか思えない。


『……奴は、信用しても大丈夫だ。馬鹿なだけだ。あいつは』


 そう、じじいが脳裏で呟く。たっく、起きているならさっさと話せって。

 しかし、それから何と呼びかけようとじじいの反応は一切ない。

 クソッ、話すだけ話して消えるたぁ、宿主が困っているんだから、少しは相談に乗れってんだ。

 しかし、俺もじじいの意見には同意だ。なぜか解らないが彼女は信用していい、そう俺の六感も言っている。

 そもそも、俺らを売り飛ばそうとしているなら、気絶している間に身動き取れなくすればいいのだ。


 問題はこれからだ。

 いつまでも巴の世話になるわけにはいかない。

 しかし、日本ならいざ知らず、言語も文化も違うこの国でほっぽり出されれば、何がどうなるうか考えただけでゾッとする。


 元の世界に戻りたい。あの後、ウェストロード男爵領がどうなったか。

 少なくとも公爵が、反逆行為に出た以上、このままではいられないだろう。

 

 しかし、元の世界に戻る手だては一切ない。

 この世界におけるコネどころか、知り合いしかいない8歳児と、この世界のことを全く知らないサーシャ。

 くそ、どうすればいい。


 考えがまとまらない。

 ぐるぐると空回りする思考。

「く、クリス様!」


 そんな中、サーシャが俺の名前を呼ぶ。

 どうした、と顔を上げる。


『クリス。聞こえるか。クリス!!』


 声がした。

 ノイズ交じりの声。

 しかし、その声を聴き間違えるはずがないその声は……


「……おかん」


 ここにはいないはずのその声の主。

 オリビア=ウェストロードの声が、サーシャの手の中にあるゴーレムから響き渡った。

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