決断、その結末
今日と明日。連続投稿予定。
端末たる『私』はすべて活動を停止した。
変わりに生み出されたのは中途半端な端末たる、この私『ダンガガ』だ。
あの町での戦いで死にそうになっていたダンガガという固体に同化した訳だがこの『私』は今までの端末の『私』と違う。
簡単に言うならば、半分は『私』であり、もう半分は『ダンガガ』というべき存在だ。
以前の『私』は、全体にして一個の存在だった。
いくら魔王たる本体の『私』でも一人一人の『私』達を管理しきることは出来ない。
ネットワークとして繋がれた『私』達を一括りで管理することで、手間を減らしていたのだ。
しかし、その仕組を逆手に取られた以上、別の方法を取るしかない。
この固体名『ダンガガ』は新しい『私』の形。ネットワークから外れ、個別の意思で動くことの出来るという優れた固体だ。
以前はその体ごと溶かし、自らの体に作り変えるのだが、これは違う。
寄生といったほうが正しいのだろうか?脳と体の神経に『私』という存在を埋め込み操るといったやり方だ。
これによって、表面上姿を現しているのは『ダンガガ』の自我ではあるが、しかし、この『ダンガガ』の思考を歪め意のままに操っているのは『私』だ。
恐らく、『ダンガガ』は操られていると思っていないだろう。
『ダンガガ』はごく当たり前のように子供を喰らい、そしてごく当たり前のようにクリスを追っている。
……ターゲットたるクリスを喰らおうとしたり、一瞬、素の自分に戻りクリスを逃がそうとしたのは『私』の管理ミスではあるが、まぁ、慣れてくればそれも無くなるだろう。
「クリス、ドコ入った。あぶねェだロ。こんな沼ウロついてたら」
悪態を付きながらも必死で『ダンガガ』はクリスを追う。
『ええ、そうですねぇ。こんなところにクリスさんを放っておいたらどうなることやら……』
「そうダ。放って置くわけにはいかカナイ。仕方ねェ、迷惑かけタ、罰とシテ、腕一本で、手をウッテやる」
しかたねぇなぁ、といった感じでダンガガは沼を掻き分けて進む。
……少し脳みそ弄り過ぎたでしょうか?
ともあれ、今の『ダンガガ』は、迷うことなくクリスを追っている。
それが彼女のためになると信じて、目指すは根の森。それはもう、目の前まで迫っていた。
◇◆◇◆
こんな呪われた湿地でも夜空は見れるらしい。
僅かな霧の向こうに映るのは、輝く幾千の星と、二つの月。
そして、月光を浴びて輝く魔石の橋。
転生したての頃は度肝を抜かれたが、この風景が当たり前になったのはいつからだろうか。
日本でヤンキーをしていた頃の記憶がやけに遠く感じる。
懐かしいのか、と考えるが、さあ、どうだか、自分自身にも解らない。
ただ、まぁ、遠くに来たな、と漠然と考える。
当時の俺では考えられなかっただろうな。仲間に引導を渡そうなんて発想は……
そう、これから行うのは殺人だ。
ただの殺人ではない。幼い頃から技を教えてくれた師匠とも言える存在をこの手で殺す。
時間は一刻一刻と近づいているはずなのに心はどこまでも冷め切っている。
気晴らしに夜空を見上げてみたが、綺麗な星空もこの独特の雰囲気を纏うこの森も、今は俺の心をぴくりとも動かしやしない。
まるで、モニター越しに見ているかのような現実味の無さ。
その癖、握るナイフの感触はどこまでもリアルで、そのリアルな硬さがここが現実だと俺に知らしめる。
俺は、今、根の森の中心部にいる。
根の森の中心部ってことは、すぐ背後には、奈落に繋がってんじゃねーかってくらい深い深い穴がそこにある。
何でも、この穴は、一度入ったら最後、戻ってくることが出来ないとかいう言い伝えがある。
そんな大穴を見ながら騎士との会話を思い出す。
あの騎士の話が聞いたおかんと肉塊との会話から推測するに、ダンガガに取りついているのはどこぞの魔王らしい。
そして、魔王はやたらとおかんの身柄を確保しようと必死だったとのこと。
どういうつもりか解らないが勇者の身柄を確保したかったのだろう。
それは帝国の動きと同じだ。帝国の貴族と一緒に行動してたところを見れば、彼らは手を組んでいるのは間違いない様だ。
ならば、魔王の動きは想像出来る。
魔王がおかんに手の足も出なかった以上、人質として俺を捕らえようとしてくるはずだし、そして、仮にダンガガの意思が少しでも残っているとしたら、心配して追ってくるに違いない。
僅かに胸が軋む。
脳裏によぎるのは、ダンガガとの思い出だ。
『あー、お嬢。そんな温い振りをしてると、ハエが止まるぞっと』
ああ、そうだ、剣を持って一週間の頃、あいつは容赦なくコテンパンにしてきたな。
で、まぐれで掠ったら、それはそれでムキになるし。表面上、大人っぽく振る舞っているけど、結構ダメダメな大人だった。
『あー、そいや、お嬢誕生日だったよな。いい肉が手に入ってな。もしよかったら食ってくれ』
表向き女性で通っている俺へのプレゼントがそれってのもどこかずれていた。
後で聞いたら、ここらの獲物の中ではトップクラスにやばい魔物のレアドロップの肉だったらしい。
無茶して腰痛めたとかで、折角の肉パーティーで、一歩も動けないでやんの。ばっかじゃねーのとか思ったものだ。
ああ、本当に馬鹿な奴だった。
食い意地が張ってて、どーしようもない馬鹿で、けど、気のいいおっさんだった。
『クリス様、大丈夫ですか?』
通信用のゴーレムを通じてノイズ交じりのサーシャの声が聞こえる。
ああ、大丈夫だ。サーシャ、何でか心がぴくりとも動かないんだ。
俺は、冷たい人間なのかもしれない。けど、安心してくれ。お前には指一本触れさせない。何故なら……
「ああ、俺が責任を持ってあいつを仕留める」
ダンガガを死地へ追いやったのが俺なら、その責任は俺が取るべきなのだから……
『あ、あの……』
「来たぞ!」
サーシャが何か言おうとしたところ、遠くで合図のランプが灯るのが目に入る。
ふうっと、息を整える。
「クリィィィス、サアアアアアシャアアアア! どこダーーーーーーーーーーー!!」
声が響く。遠くで、根の森の木が倒れるのが見える。
その音が次第に近づいてくる。
最初は断続的に倒れてた木々も途中からは、その音も聞こえなくなる。
それもそうだろう。何しろ、ここの木々は、魔力を分散させる効果がある。
ゆえに、魔力の塊である悪霊はこの森には近づかない。そして、恐らくだがダンガガの中に巣くう魔王もこの中では相当苦しいはずだ。
どくん、どくんと響く心音と共に、その声は近づいてくる。
そして、ついにダンガガが姿を現す。
見慣れた犯罪者のような厳つい顔。
太っているようで鍛えられたその体。
見慣れたその顔が、幼い頃から見守ってくれたその顔が、だらしなく緩み、涎を垂らしている。
見るに堪えられない。しかし、目をそらす訳にはいかない。
そして、その濁った瞳がサーシャを捕らえる。
「サーーーーシャァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
ダンガガがサーシャに向かって飛びかかる。
騎士達によって、守られた彼女に向かって、だ。
そして、そこには、俺はいない。
「どけぇぇぇぇぇぇ!!」
騎士達の盾に阻まれ、動きを止めるダンガガ。
(今っ!)
ナイフを握りしめ、俺は木の上から飛び降りる。
俺の眼がダンガガの魔力を捕らえる。
ダンガガの内部を巣くう黒い『何か』その中心は、その頭。
頭はダメだ。あのクソ硬い頭蓋骨にこのナイフは通らない。
だから、狙うはその首。司令塔たる頭と体が切り離されれば、その動きは制限されるはずっ!
落ちる。しかし、その浮遊感は一瞬で終わりをつげる。
ダンガガの背中に飛び乗り、ナイフをその首を掻け、そして――
ダンガガと目があった。
ほっとした目、こちらを案じるその目。その目を見た瞬間、俺の動きは止まってしまう。
『クリス! ナイフを引け!!』
じじいが叫ぶ。
そう、あとナイフを引いて奴の首を切り裂けば、おしまい。
ここで躊躇したら、サーシャが犠牲になる。それだけは耐えられない!!
「くそおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
躊躇は一瞬、ナイフに力を籠める。が、その一瞬が致命的な隙だった。
「クリスウウウウウウウウウウウウウウ!!」
ダンガガがそのナイフごと掴み、背負い投げの要領で俺を投げ飛ばす。
くるくると回る視界。
色んなものが目に入る。
まず、驚きの表情を浮かべる騎士達。
そして俺に向かって、走るサーシャ。それを追うダンガガ。
そして、落下地点。そこには何もない。
あるとしたら、真っ暗な闇。そう、そこは地面に開いた大穴だ。
「クリス様!」
伸ばされたサーシャの手。しかし、その手は届かず……
「クリス様あぁぁぁぁぁ!」
俺の体は闇へと落ちていく。
届かなかった。
それが残念で、少しほっとしている。
掴んだらあの非力のサーシャだ。一緒に落ちる可能性が大だ。
ダンガガをこの手で討つことは出来なかったが、あの騎士様達に任せれば問題ないだろう。
そう、最初から騎士様達に泣きついていればこんなことにはならなかった。
彼らは精鋭部隊だ。普段のダンガガならいざ知らず、技を忘れ、知性を捨て去った獣のような彼なら相手にはならないだろう。
……だけど、彼に引導を渡すのは自分でなくてはいけないという思い込みが、この結果を招いたのだ。
ダンガガ、すまねぇ。なんとか、俺の手で終わらせてやりたかったが、それも難しそうだ。
「たく、情けない」
なんて、呟いた言葉に返す声がある。
『締まらない最後だな』
「うっせ、最後なんだからしんみりさせろってんだ。それとも何だ?なんか助かる方法でもあれば言ってみろ」
『流石にこの状況ではどうしようもあるまい』
だろうな、ともあれサーシャだけでも助かった。それだけで良しと……
「クリス様あああああああああああああ!」
何かが降ってきた。
整った容姿に特徴的な尖った耳。
普段は凛々しい表情なのに、今は涙で顔が歪んでいる。
「サーシャ!」
エアステップを発動し、落下速度を調整。
彼女の手を取り、抱き寄せる。
「ご無事ですか!クリス様」
こんな落下している最中、ほっとした表情を浮かべる馬鹿の顔見てたら無性に腹が立ってきた。
「無事もくそもねぇだろ!なんでお前まで落ちてんだよ!」
「私は誓いました。お嬢様が苦しむ時は支え、楽しい時はは共に分かち合いたいと!」
執事モードのすました顔ではなく、素の純粋な彼女の表情に少したじろぐ。
「だからってここまでやる必要無いだろう!」
その言葉に、サーシャは、微笑む。
「ありますよ。クリス様は、私の大事な主で、私の好きな人なんですから、最後くらいお供させてください」
体は震えている。そりゃそうだ。この穴がどこまで続いているか解らないが、あと少しでふたり揃ってお陀仏だ。
その状況下で怖くないはずがない。怖いのが一般的な反応なのだ。
それなのに、彼女は俺を追ってきてくれた。その事実が、胸をぎゅっと締め付ける。
ああ、くそ。神でも悪魔でもお釈迦様でもなんでもいい。
せめて、せめて、彼女だけは助けてやってくれ
彼女を守るように、抱き抱え、力を籠める。
彼女が、俺を見る。その顔が近づき、その唇が俺の唇に触れ……
そして、衝撃が、俺達の体を貫いた。
THE END
……では、ありません。
次回投稿。批判が集まりそうでガクブル。
昼頃、投稿予定です。明日は、かなり短いです。




