最後の一手(アルガスト視点)
私は、アルフレッドと共に屋敷を出る。
クリス嬢と執事の女は、身動きが取れない程衰弱しているので分裂して作った『私』が担いで後ろからついてきている。
視界に広がるのは、暗闇の中、遠くで揺らめく炎と、目の前に壁を作っている『私』の壁。
私の壁の向こうには、一人のオークがその壁を崩さんと必死に足掻いている。
正直、私は焦っていた。
オークのせいではない。ここではない場所で『私』と対峙していたオリビアのせいだ。
『私』が倒された。正確には、オリビアを捕らえる為、根の森で活動していた『私』が、だ。
オリビア=ウェストロード。
さすが、勇者というべきか。
『私』を『魔王』――正確には『魔王』の端末であるが――であるとすぐさま感知し、『私』を瞬殺した勇者。
端末とはいえ、『私』がああも容易く倒されるとは思ってもいなかった。
しかも、奴は『私』の特性を理解し、それを逆手にとって来た。
『私』達はこの大陸のみならず、このセブンスすべての大陸に存在している。
ある者は、村人として、ある者は証人として、ある者は、ある国の重鎮として、そしてある者は、誰かの肉体の一部として……
寄生した『私』は本体の『私』が望めば、すぐさま、宿主の体を溶かし、新たな『私』へと入れ替わることが出来る。
寄生した『私』と、すでに活動している『私』双方が本気を出せば、世界中を混乱の渦へと巻きこむことが出来るだろう。
長い年月をかけて作り上げた『私』のネットワーク。しかし、それが崩壊しようとしている。
オリビアが打ち込んできた術式と魔力は『私』というネットワークを滅茶苦茶にしようとしている。
端末たる『私』は本体の固有魔術によって作り出されたモノだ。
端末の『私』は、本体たる『私』の自我をコピーした存在で、その在り方は関係は宗教における神と信者の関係に似ている。
それに対し信者たる端末たる『私』は、お互いにネットワークに繋がれ、完全に同化している。ゆえに、『端末』すべてが同じ『私』なのだ。
しかし、本体たる『私』は違う。端末と本体との繋がりは浅く、本体は『私』に天の声として指示を出すこと。そして、必要な情報を吸い上げることしか出来ない。
本体たる『私』は、『魂』を持つ存在ではあるが、『端末』たる『私』達は本体の魔力をもって動く単なる術式。その在り方が全く違うからだ。
だから、今回オリビアのやった手は、『端末』たる『私』にとって致命的な毒となる。
今回、オリビアがやってきたのは、『私』という存在を作り上げる術式への攻撃。膨大な量の術式と、魔力をもって『根の森』にいる『私』の中の術式を上書きして見せたのだ。
その術式は、『意味なく増殖する術式』発動すれば同じ術式が増え続けるだけの意味のない術式だ。
こんな術式を打ち込まれても通常であれば意味はなさないだろう。魔力には様々な色がある。相手と魔力の色が似ていなければ相手の魔力を見ることが出来ず、干渉することは出来ない。
また、色の近い魔力を持った人間にこのような術式を打ち込んだところで、現在発動している魔術の妨害にしかならず、一旦、術式をカットして再度、術式を組みなおせば住むだけの話。
端末にしか過ぎない『私』にとって不幸だったのは、オリビアの魔力の色が『本体』の魔力と似ていること。そして『私』がただの術式にしか過ぎないということだ。
術式をカットすれば、確かにオリビアの術式は消えるだろうが、それは『私』というネットワークを消し去るということ。
『根の森』の『私』をネットワークから外せば被害は少なかったが、常にリンクしている『私』達は、その術式をも共有してしまったのだ。
オリビアの術式は、『私』の術式とよく馴染み、そしてその術式は、世界各地にいる私達にも影響し始めている。
先に述べたように私達は全にして一たる存在。常に意識は共有している。
『私』の中に打ち込まれた異物の術式は、物凄い勢いで共有されていく。すでに、このウェストロード領にいる『私』の中の術式の半分はオリビアの術式が感染しており、この体の形を保っているのに精いっぱいとなっている。恐らく、ネットワークに繋がれた『私』達の体もしばらくすれば活動出来なくなるだろう。
本体たる『私』も、その異変に気付いているが膨大に広がったネットワークを修正しようにもすでに広がった術式を排除しきれずにいる。
まさか『私』達にこのような弱点があるとは、ともあれ、こうなると本体たる『私』の計画が台無しになってしまう。
手をこまねいている『私』に本体の『私』から指示が出る。
成程、解りました。では、端末たる『私』の最後の仕事。ご覧くださいませ
◇◆◇◆
はっ、と俺は目を覚ます。
ここは、どこだ。つーか、俺は誰だ。
意識が混濁する。
俺の体に覆い被さる人の形をした何か。
それが積み重なりかなりの重量となって、俺の体を圧迫している。
頑丈であることに定評のあるオークのこの体でもかなりきついのは変わりない。
オーク?ああ、そうだ。俺の名前はダンガガ。しがない肉屋のオークだ。
で?どうして俺はここにいる?
ああ、そうだ。俺は……
そこですべてを思い出す。
それと共に、焦りが心の中に駆け巡る。
そうだ、こんなところでのんびりしている暇はない!!
体に魔力を巡らせ。『オーバーヒート』を発動。
何かが抜け落ちる感覚と共に、体に力がみなぎってくる。
体に覆い被さる人型を押しぬけ、視界に広がるのは、見慣れた坂道。
屋敷に繋がるその道を俺は、駆け上がる。
不思議と膝の痛みは無い。
まるで全盛期の俺に戻ったかのよう。
立ちふさがる人型を、素手で砕きながら屋敷に向かう。
そして――
「お嬢ーーーーーーーーーーーー!!」
目に映るのは六人の姿。
一人は、帝国貴族の服装をした男と、残りは似たような顔をした3人。そして、平凡顔に担がれているお嬢とサーシャの姿。
「な、なんだ!貴様!」
そいつが銃とかいう武器を俺に向ける。
しかし、遅い。銃は確かに強力だが、その貴族の男も満身創痍。
万全な状態だったら結果は解らないが、力がみなぎっている俺にはその銃を向け速さはハエが止まっているように見える。
「ハッ!!」
拳が、男の顔面を抉る。
面白いように吹き飛ばされる優男。ついでとばかし、人型共をぶん殴る。
こっちは手加減。お嬢様とサーシャも吹っ飛ばすわけにはいかないからな。
その場で崩れ落ちる人型の手からお嬢とサーシャが離れる。
「だん、がが?」
「ああ、正義のヒーロー様の登場だぜ」
お嬢の言葉に、俺は出来る限り格好つけて答える。
「似合わねぇ~」
お嬢の口調が素に戻っている。これは相当参っているな。
仕方ないので、意識のないサーシャと共に担ぎあげる。
二人とも軽い。こんな体で戦っていたんだな、そう思うと鼻の奥がツンとする。
「ちょ、こら何しやがる」
そんな俺の様子に気付いていないお嬢が悪態をつく。
そんなお嬢に向かって俺は答える。
「何って、逃げるんだよ」
ちらっと人型達を見ると、何やらぶつくさ呟いている。
詠唱だ。しかも完成間近。これは逃げるしかねぇだろ。
「産めよ。増え、よ。大地に、満ちよ。我は、汝が母。我は、汝が苗床。我が身、我が、魂をもって、汝の生誕を祝福せん」
遠くに聞こえるその詠唱を背に俺は、二人を抱え、坂道を駆け下りる。
『セーフリームニル』
そして、奴の詠唱が完成する。
すると背後に膨れ上がる圧倒的な何かの気配。
ごごごごご、と音を立てて何かが近づいてくる。
ちらりと後ろを見る。
そこには、奇怪な生き物が目に入る。
それは巨大な肉の球体。お嬢の屋敷くらいの大きさだろうか。その表面にびっしりと人の顔が張り付いており、横から飛び出したいくつもの手足をもって器用に俺たちを追いかけてくる。
「きっもちわるいな!おい!」
あんなのと戦うなんて、まっぴらごめんだ。
運がいいことに、そこまで奴は足が速い訳ではない。
必死に足を動かし、村の中に駆け込む。そして、俺が目にしたのは……
「うそ、だろ」
俺たちを追いかけていた肉塊達。
それが、ひしめく光景が広がっていた。




