2話 二度目の人生は男の娘で
久遠誠一。
それが、俺の名前だ。
神奈川県の田舎町『七森』に在住。
家族は親父が一人。その親父も年に何回か会う程度。
まぁ、俺からすればクソッタレな理由だったりするのだがそれは割愛。
幼馴染は二人。
サラ・オルスタインとヤース・オルスタイン。
この二人とは兄弟のようなものだ。殆ど家を留守しているので殆どそこの家にお世話になっている状態だ。
年齢は17歳。一応、世間一般では高校生だがまともに学校には通っていない。
まぁ、見ての通りの不良。
昔、近所の兄貴の男らしさに憧れ、同じような不良になったが、結果は見ての通り、ナイフに刺され命を落とした。
「まぁ、俺のことを説明するとこんな感じか」
「ええ、記憶は完全に戻っているようね。あと、感情とかも」
確かに、先程までの無感情状態ではなく生前と変わりない感情を取り戻している。
「それにしても結構落ち着いているね。君」
「あ? ショックに決まってんだろ。今もマジで吐きそうだし」
ただ、ここで取り乱すようなみっともないことをしたくないだけだ。
「あはは、思ったより強い魂っぽいね。あ、お茶でも飲む?」
そういってパチン、と指を鳴らすと、机の上にポテチと、カルピスが現れる。
うん、お茶ではないな。嫌いではないが……
いただきます、とだけ答えて手をつける。食べなれた現世の味だ。
パリ、パリとポテチの食べる音が時計の音に混じって響き渡る。
「で、死後だとみんな一人一人面談するのか?面倒な仕事だな。神様は大変だな」
「あー、それは無理無理。一日、何万とか面談出来ないって。君はちょっと特別。この部屋も君の為に作ったんだ。ほら、ふつーの部屋だと死んだと言っても信じて貰えそうも無いし」
演出は大事だよねー、と笑う女神。
「まぁ、それは解るが、あんた、自分でぶち壊してるじゃねーか」
ええ!と驚いた風に言う女神。
「ええ!じゃねぇ!神秘性出すなら、そんな喋り方するな!あと、カルピスとポテチなんざ庶民的なもの出すんじゃねぇ!」
「……ええー、美味しいのに」
そういいながらポテチをパクパク食べる女神。
何というか、肩の力が抜ける。それでも、かろうじで神々しさを放っているのは女神たる所以か。
「あー、もう何もいわねぇ。で、俺を呼び出したのは特別ってことだが、何故、俺を呼び出した?」
「ああ、うん、君にお願いしたいことがあってね」
ポテチで汚れた指をペロペロ舐めながら、女神は語る。
「誠一君、君、勇者をやるつもりは無いかい?」
その言葉に、無いはずの心臓がドクン、と高鳴る。
勇者。某有名RPGで主人公のポジションの職業だったはずだ。
ゲームより身体を鍛えるのが好きだった俺にわかるのはその程度。つまりは興味がないということだ。
なのに、何故だろう?そのキーワードを聞くと様々な感情がこみ上げてくる。
手が届かない存在への憧れと妬み。そして、その存在になれることへの喚起。同時にこみ上げる怒りの感情。
それらがごっちゃになり心の中を駆け巡る。
「なんですか? その梅干を口に詰め込んだような顔をして、気持ち悪いですよ?」
「う、うるさい。で、なんだよ。俺にゲームでもやれっていうのかよ?」
「いえいえ、君が勇者そのものになって欲しいのですよ」
「はっ、ファンタジーじゃあるまいし」
「うん、ファンタジーだね。君達の世界のゲームにはそういったのが溢れているよね。魔物が闊歩し、魔王が人々を苦しめる。人達が剣と魔法で対抗し、勇者がその力で魔王を打ち倒す。私がやってもらいたいのはそんな勇者なんだ。無論、舞台は君のいた世界ではない」
そういって、にやりと女神が笑う。
「異世界『セブンス』。7つの大陸と、七つの種族、七人の魔王、そして七人の勇者がいるそんな世界。君は、そんな世界で勇者の一人になって欲しい」
その言葉に、俺は……
「だが、断る!」
「ええっ!」
即答されるとは思っていなかったのか、女神が大げさに驚く。
「あれだろ? 勇者っつーときらびやかな甲冑とか纏って、人々を守って賞賛を浴びるような奴らだろ?俺に出来るかってーの、尻がむず痒くなるわ」
「あー、そうとは限りませんよ?歴代の勇者には、投獄されてて必要な時に引っ張り出される勇者もいますし、浮浪者のような生活をする勇者もいますし」
「……余計駄目だろうが」
アウトローには憧れるものがあるが、さすがに投獄生活に憧れるようなマゾではない。
「まぁ、勇者といってもピンきり。けど、共通しているところはあるよ? それは彼らは、そして彼女らは、自らの信じる道を貫いた。君には貫きたい道はある?」
その言葉に、脳裏にある光景が蘇る。
夕日をバックに立つ。ある男の姿。
何人もの不良に囲まれても、一歩も引かず幼い俺を守ってくれた男の姿。
あの姿に憧れた。理屈も何もない。ただ、追いつきたいと思った。
束縛を嫌い、自由に生きた男。
悪ぶりながらも、弱者の楯であり続けた男の姿。
俺の中で男の中の男と言えば、彼のことをいうのだろう。
あの背中に追いつきたい、と思った。
形ばかり彼の真似をして、結局追いつけず命を落としてしまった。
だが、しかし、再びそれを追いかけるチャンスがあるというならば、俺は……
「勇者だから、力があるから自らの道を貫いたんじゃない。貫く魂の強さがあるから、彼らは勇者に選ばれた。君にもその力がある。
もし断るなら、別の人生を選ばせてあげる。だけど、もし、君が貫きたい道があるのなら、私が手助けをしてあげる。無論、付随する面倒なこともあるけど、勇者の力は、その手助けになるはずだよ
「所詮は借り物の力だ」
「そう、借り物の力。けど、君の魂が勝ち取った力とも言える。借り物だと思うならそれに相応しい男になればいい。それこそが、君のいう男ってものじゃないかな?」
そういって、女神が手を差し出してくる。
伸ばされた手。それは救いの手にも、誘惑する悪魔の手にも思える。
一瞬の葛藤。その後に、俺はその手をしっかりと握り返す。
その姿に、女神は笑みを浮かべる。
慈愛に満ちたその笑顔は、まさに女神そのもの。
「契約、成立だね」
そして、次の瞬間、俺の身体は落下を開始する。
あの何も無い広場が、女神の姿が、どんどん遠ざかっていく。
「頑張るんだよ。私はいつでも見守っているから!」
遥か上空から女神の声が響き渡る。
「くそ、女神! 説明しやがれ!」
その悪態にも答える声は無い。
只管、下へ。下へと落下を続け、そして……
どぼん、と水中に落下する。
口を開こうとすると水が口の中に流れ込む。
苦しい。あまりの苦しさにもがくが手足の反応が鈍い。
周囲を見ようにも、周りにはさっき言ったとおりの暗闇、何も見えやしない。
このまま、死ぬのか?あのクソ女神。何が新しい生だ。嘘つきやがって
だが、ふと気づく。暗闇の先、そこに僅かな光が漏れていることに……
穏やかだった水の流れが、光のほうに流れ出す。
死んで、たまるか!
光の先がどんなところか知らない。だが、ここにいるよりマシだ。
動きが鈍い手足を動かし、前へ、前へと進む。光はどんどん大きくなり、そして……
俺はおぎゃあ、と声を上げる。
眩しい光。息を吸おうにも、おぎゃあ、という声しか上げられない。
苦しい、俺はもっと酸素が欲しいんだ、深呼吸を……
そう思っても、出るのはおぎゃあ、という泣き声。
自分の手を見ると丸みのある。まるで赤ちゃんのような手。
いや、これは赤子の手、そのものだ。
(そうか、俺、転生したのか)
「オリビア様、旦那様生まれました!」
誰かが覗き込む。
視界がぼやけて、輪郭しか解らない。だけど、声からして女性というのは解る。
それにしてもでかい。正直、自分の眼から見ると巨人にしか見えない。
そんな彼女の手が伸びてきて、自分を持ち上げって……って、うおい、これマジ怖いな。
こうやって持ち上げられるっつーと、喧嘩の時にパイルドライバーをかまされた時ぐらいしかない。
内心、ビビリながら、また、誰かの手の中へと渡る。
「ほう、これが私の子か」
疲れきった、しかしどこか嬉しそうな女性の声。
「ふむ、まるで猿じゃの。これではどちら似か解らないではないか」
クックック、と笑う女性の声。第一声がそれかい。文句を言おうにも口から出るのはおぎゃあ、という情けない声ばかり……
こいつが俺の母親か?しかし、話し方といい何というか世間一般の母親のイメージから程遠いな。
「こら、実の子にいう言葉ではないだろう」
そう嗜める男性の声。落ち着いた品のある、そう、イメージするのは紳士だ。最も赤子の眼では輪郭しか見えないけど。
この場にいるということは、父親なのだろう。
前世の自分の周りには無いタイプだ。親父も口より先に手が出るタイプだったし、幼馴染も変人だったし、何というか新鮮だ。奴らに爪の垢でも飲ませたくなる。
「で、性別は……」
「男、じゃの」
何故かがっかりしたかのような二人の声。
何でがっかりしたか解らないが、ほっとした。転生とかで女なんかで生まれたら自殺ものだしな。
「それに、旦那様、その子の胸……」
「ぬ、こ、これは……」
「ああ、間違いない。勇者の印」
「では、この子は……」
「ああ、勇者だ」
どうして解ったか解らないが、あの女神、本当に勇者として転生させたらしい。
おぎゃあ、しか声が出ないが、心の中で笑みを浮かべる。
いいぜ。折角の第二の人生だ。
世界を救うとか、マジで男の中の男。まさに俺の目指す男の姿だ。
勇者ってーとお上品過ぎるが、まぁ、いい。兄貴と目指した男の道を……
「致し方ない。この子には申し訳ないが……」
「ふむ、女の子として育てるしかないのう」
……なんですと?
「クリス=H=ウェストロード。それが君の名だ。多くの苦労が君に圧し掛かるだろうが願わくば、健やかに育って欲しい」
……おい、父親(仮)。女の子って、それってどういうことだよ!!!!!!