疑念、その答え
「あなたは何者なのですか?」
その問いに、俺は、答えることが出来なかった。
俺は、確かにやり過ぎた。
そりゃそうだ。あの空中からの奇襲はダンガガの戦い方とは全然方向性が違う。
それに、銃だって扱って見せた。幼い頃から知っている子供が見たことのないような武器を使いこなしていたら、そりゃビビるだろう。
そこまで考えて、思考が止まる。
何故、俺は、あんなことが出来たんだ。
確かにダンガガとは違った戦い方は知っている。
しかし、それはダンガガの戦い方のような戦場で磨かれた生き残りに特化したそれとは違い喧嘩殺法といえるような路上での喧嘩を想定したもの。
対して、俺の先程のスタイルはどちらでも無いトリッキーな戦い方だ。
あの銃の扱いにしてもそうだ。銃なんて映画で見る程度。なんで俺は、あの銃を使いこなしていた?
手に持った銃を見る。
まるで長い間、扱っていたかのように手に馴染む。
そして、一番の疑問。何故、俺はあっさりと人を殺すことが出来た?
喧嘩は得意だった。人を傷つけることには、喧嘩というルールの中では罪悪感を感じることは無い。
しかし、相手が骨折すれば、それなりに心苦しいのも感じてはいた。その俺があっさりと人を殺した。
あの場では殺すしかなかったと思う。でなければサーシャがどうなっていたか解らないからだ。
しかし、罪悪感を感じるかは別問題だ。しかも、自分は少し前に、ダンガガに戦闘能力を失った人間を殺せと命じたのだ。
吐き気がこみ上げてくる。
それは、人を殺したということではない。人をあっさりと殺し、それを当たり前と感じている自分自身への嫌悪感。
(じじい、てめぇの仕業か)
『さて、な』
苦笑めいた声が脳裏に響く。この幽霊(?)のじじい。あの夢を見て以来。このじじいと会話出来るようになった。
心で考えたことがそのままダイレクトにじじいに通じる。
プライバシーとかそういった概念はどこにいった。
『いいではないか。俺とお前の仲だろう』
クックック、と笑ういけ好かないじじい。
『いけ好かないとはひどいな。お前に戦術を教え、魔術の扱い方を教えたのは俺だぞ』
確かに、こいつには世話になっているのは、認めたくないが事実だ。
時間の進みが遅いあの夢の中の空間で、魔術の特訓をしてくれたのはこのじじいなのだ。
(ふざけんな。俺は、銃の扱い方とか怪しい戦闘術まで教えてもらった覚えはないぞ。隠すな、どう考えてもお前が原因だろう?)
『そうとも言えるし、そうでないとも言える』
(茶化すな。ちゃんと答えろ)
『そうだな。つまりは■■■■■……ちっ、やはり禁則事項に引っかかるか。俺は教えてもいいがあのクソ女が許してくれない。この答えは自分で気付くしかない)
(クソ女、誰だそれ)
前にもじじいが言っていた言葉。
『いずれわかる。いずれ、俺達の前に現れる』
先ほどの楽しんでいる様子から一変し暗い声を出すじじい。
(ちっ、この場じゃ答えはでない、か)
不安そうに俺を見ているサーシャ。
(誤魔化すのも限界、か)
口を開こうとして、しかし、言葉が出てこない。
脳裏に浮かぶのは、俺を恐れるサーシャの姿。その姿は鮮明に思い浮かべることが出来る。
自分が普通の子供ではないということ。
いや、女装をしている段階で普通ではないが、自分の抱える秘密は、そんなものを吹き飛ばすくらいに異常なものだ。
だから、体が震える。家族同然に育ってきたサーシャ。彼女に恐れられたら、俺は……
その姿に、サーシャは驚いたように俺を見て、そして……
「クリス様。あなたは、私と一緒に育ったクリス様に間違いはないのですか?」
「……当たり前だろう」
「でも、あなたには私達の知らない秘密がある、と」
「……ああ」
怖くて俯いてしまう。彼女の顔を見ることが出来ない。
情けない話だ。前世の俺はどんな相手でも突っかかっていった。
それは、死ぬ寸前でもそうだった。蛮勇と言われても仕方がないが、しかし、それでもこんなことで恐れるような情けない人間では無かったはずだ。
前世の俺は家族には恵まれなかった。
だから、どんな無茶をしても、ケツを拭くのは自分自身。
どこにいるか解らない両親に迷惑がかかっても関係ない、そう考えていた。
だけど、このクリスという人間に転生して弱くなった。
家族に嫌われるのが怖い。それは俺にとって未知の感覚で、だから、怖くて顔を上げることが出来ない。
「……顔を上げてください。クリス様」
そういって、顔を上げると、笑みを浮かべるサーシャの姿。
その表情に、俺は戸惑いを覚える。
「私は、クリス様が別の誰かと入れ替わってしまった、と思っていました。けど……」
くすっとサーシャは笑う。
「杞憂でした。あなたは私の主であるクリス様に違いありません」
「なん、で。そんなこと言えるんだよ」
俺の疑問に、だって、とサーシャはいう。
「今のクリス様。イタズラして、オリビア様に怒られている時のクリス様と全く同じなんでもの」
穏やかに笑い、そして俺を抱きしめる。
「主を疑ってしまい、申し訳ございませんでした。あなたはクリス様です。あなたは、敬愛すべき主であり、私の大好きな人」
その言葉に、視界が歪む。
言葉が出ない。出したら、泣いてしまうのが自分でも解っているから。
ああ、こんなにも俺は愛されていたのか、と。
だから、言えたのはたった一言。
「ごめん、サーシャ」
それだけ、たったそれだけでサーシャの笑みは深くなる。
ドキリ、とする。何故か頬が勝手に高揚する。前世と今世。どちらにしても初めての感覚に戸惑う。
「ですが……」
そういって彼女は俺をジド目で睨んでくる。
「私に内緒ごとするなんて酷いです。話してくれますよね?」
そういう、サーシャの言葉に逆らうことは出来ず……
「……はい」
としか、答えることが出来なかった。
■◇■◇
「成程、そういうことでしたか」
サーシャは、小さく頷く。
「納得がいきました。昔から旦那様も奥様も、勿論私もですが、何故、クリスは自身が男だと認識出来ていたのか不思議だったのですよ」
「あ? なんでだ。普通んなのすぐにわかるだろう」
「考えてもみてください。クリス様はあの屋敷で過ごしました。屋敷の内部の人間しかクリス様は男であることは知らず、そのことを隠してきたのですよ。ある程度、育てば周りとの違いは気付くでしょうが、物心つく頃にはクリス様は自分を男だと言い切っていました。普通であればありえないことです」
あー、確かにそうだ。幼い頃の親の言葉の影響力はでかい。
何も知らない幼児なら、なんら疑問を持つことなく、そのまま育つ可能性が高い。仮に疑問を持つにしてもそこに至る過程があるはずだ。
自身と周囲の体の違いとか、そういったことへの疑問を口にする前に、俺は男だと言い切っている。
今思えば不自然極まりない。
「でも、信じるのか?そんな話」
「? クリス様は嘘をつかれているのですか?」
「いや、そういう訳じゃないが」
そう、一片も曇りのない目で見られるとこっちが引いてしまう。
「クリス様がそんな嘘をつくとは思えませんし、何故、あの銃を使いこなせていたか、それを考えると色々と辻褄があいます」
「ああ、いや、その確かにあの銃と呼ばれる武器は前世の世界の武器なんだが……俺、前世であの武器を握ったことは無いぜ?」
「……? では何故、クリス様はあの銃というのを使いこなしていたのでしょうか?」
「そもそも、俺は喧嘩はやっても殺し合いとは無縁の世界で育ったんだ。あの戦闘技法も、銃の扱いも、なんで俺がそれを知っているのか俺自身解らないんだ」
「それは、つまり……」
サーシャが何か言おうとした瞬間。
響き渡る爆音。すべての音がその音で塗り替えられていく。
「……! ……!」
サーシャが何かを言っているが聞き取れない。
しかし、何を意味しているのか解る。
「天井が…」そう言ったのだろう。
天井の木が捲れ、弾ける。破片は、そのまま上へと飛んで行く。
上を見る。月が見える。夜空が見える。
本来、そこには二階があったはず、しかし月が見えるということは二階事吹き飛ばされたということで……
そして、壊れた屋根の破片が重力に従って降ってくる。
俺は、サーシャに覆い被さろうと彼女に向かって駆けだし、しかしその体はサーシャによって抑え込まれる。
ぎゅっと、抱きしめられた体。
やめろ、という俺の言葉に、サーシャは微笑み。そして、俺に覆い被さるよう地面に倒れこむ。
石と木材の雨がサーシャに向かって降り注ぐ。
ガガガガガガ、と床と木材の当たる音。
サーシャの顔が苦痛に歪み、そして……
音が止むと共に、サーシャの体は、そのまま地面へと倒れこむ。
「あ……」
ドロリ、とした鉄の香りのする液体。
それがサーシャの血だと気付くのに一瞬の間。
「ああ……」
敵の死には全く動かなかった心が、血だらけのサーシャの姿を見て、激しく動揺する。
「ああああああああああああああああああああああ!!」
叫びが、喉からあふれ出る。
「おやおや、どうかしましたか?」
そんな俺の叫びに混じって、そんな声が聞こえる。
振り向く。そこにいるのは、帝国貴族 アルフレッドの姿。
「おまえ、がっ!」
解る。確認しなくても本能でわかる。
この惨事を、サーシャを傷つけたのは目の前の男だということが
「お迎えにまりました。我が花嫁」
次回、幼少期、ボス戦




