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疑念(サーシャ視点)

前回短めなので続けて投稿。


……すみません。今回も短いです。

 私が矢を放つと同時に、屋敷は静かになりました。

 元々、夜の屋敷は静かなものです。娯楽の少ない屋敷ゆえ、みんな寝静まるのがとても早い。

 最も、旦那様と奥様の部屋からは

『うふふ、初心な乙女じゃあるまいし』

『や、せ、せめて普通の恰好でっ!』

『似合っておるぞ。その恰好』

『あ……、ちょっとま、あーーーーー!!』

 と、いう会話が聞こえてくることがありますが、気にしてはなりません。

 あ、前者が奥様で、後者が旦那様です。

 それと、なぜか最近、奥様は小柄なのに、大きめな女性の服が増えているような気もしますが、執事たるものそこには突っ込んではなりません。


 まぁ、思うところは色々ありますが、夫婦仲がいいことはよろしいこと。次のお子様が生まれるのも時間の問題かもしれません。


 ともあれ、この屋敷の静けさは私は気に入っています。

 きっと、皆様がいるからそう感じているのでしょう。

 音がなくとも、どこか暖かな、そんな静けさ。しかし、目の前の光景はまるで真逆です。

 

 家財道具は、先の戦いで傷つき、家財道具の燃えカスの匂いと混じって漂ってくる血の匂い。

 私は半分とはいえ、エルフです。獣人ほどではありませんが鼻のいい私には、必要以上に鼻につき、吐き気を催します。


 ……いえ、多分匂いだけではないのでしょう。

 

 この田舎町。血の匂いなど嗅ぐ機会はいくらでもあります。

 例えば、ダンガガ。肉を卸す彼は、当然、肉を解体して持ってきます。

 彼からは常に血の匂いはしますし、自分も山で狩った猪を解体することもあります。


 だから、私が今気持ち悪いのは、血の匂いに酔ったではなく、自分で人の命を奪った者の血の匂いを嗅いだからなのでしょう。


 死体なら見る機会は何度もありました。

 オリビア様に拾われる前は孤児でした。スラムで生きてきた私には人の死とは見慣れたものでした。

 飢えて死んだ親子。窃盗に会い死んだ老人。闘争に巻き込まれて死んだチンピラ。

 裏路地を覗けば様々な死が転がっていました。


 しかし、私が直接手を下したのは今回が初めて。

 スラムで暮らしていた頃の私であれば、ここまで動揺することは無かったでしょう。

 しかし、このお日様のように暖かなこの屋敷は、私を変えてしまうには十分なものでした。


「っ!サーシャ!」

 

 呆然とする私に、切羽詰まった声がします。

 見ると、クリス様が焦った表情で、あの銃と呼ばれる武器を構え、それと同時に爆発音が響きわたります。


「ぐ、あ」

 背後から声がします。

 振り返ると、手にナイフを持った冒険者。

 ガルドとかいう冒険者が連れてきたもう一人の男の姿。

 その彼の頭には、穴が開いており、そのまま地面へと崩れ落ちます。


「良かった。サーシャ。怪我はないか?」

「え、あの……」

「すまねぇ、サーシャ。俺の落ち度だ。ガルドを倒して油断してた。戦闘不能にするだけじゃなくてさっさとこいつも殺しておくべきだった」

 殺す。それを当たり前のようにいうお嬢様。

 この陽だまりのようなお屋敷で生まれ育ったまだ幼いお嬢様。

 そのお嬢様の口から当然のように出る『殺す』という言葉。

 彼を見れば、殺してしまったことへの危惧感は全く感じられません。


 まるで、命のやり取りが当たり前のような言葉。


 奇妙なことは今までもありました。

 屋敷という閉じられた世界で、誰もが彼をお嬢様と扱っているのに彼は自分を男だと認識していたこと。

 屋敷の誰もが使わないような荒っぽい言葉使いも不自然です。


 そして、彼の戦い方。彼の訓練を間近に見ていたから解ります。

 彼のあの戦い方。それはダンガガから教わったシンプルで荒々しく、しかし効率的な戦い方……ではなかった。

 ダンガガのスタイルは、武器を選びません。

 手持ちの武器が使えなくなった時、その場で調達した武器でも戦えるようにしたスタイルです。

 どのような武器でも、その刃が最短距離で、最も力が刃に伝わりやすくするか、それだけを考えたシンプルかつ効果的な戦法。

 劣悪な環境下での連戦を意識したその戦い方は冒険者というより傭兵の戦い方とも言えます。


 確かに彼の戦い方にはダンガガの影響が見て取れました。

 必要であれば武器を即座に捨てるなども、ダンガガらしいスタイル。

 しかし、空中から奇襲をかけ、相手に意表をつくという発送は、ダンガガらしくない。

 効率的ではないが、しかし相手の虚を突くには効果的な戦法とも言えます。


 ダンガガのスタイルは自力があることを前提で、どのような状況でも一定の成果を出す堅実なスタイルに対し、

 彼が見せたそれはリスクを取ってでも、格上の敵を倒す為のスタイル。


 なるほど、今回の敵は、真っ当に戦えば勝てる相手ではなかった。

 クリスの魔術が強力であっても、子供と大人の体格差、戦闘経験。それらを考えれば圧倒的にこちらが不利なのです。

 ならば、リスクを取るのは当然のこと。しかし、問題は、その戦法をいつ覚えたのか、ということです。


 破られた時の対処法もクリス様はしっかりと考えていました。

 でなければ、敵の刃が当たる際、氷で防ぎ、尚且つ相手を蹴って距離を取るなど咄嗟に出来るものではない。

 それに空中での挙動に、その着地まで、ぶっつけ本番で出来ることではない。


 そして、あの『銃』とかいう恐ろしい武器。クリス様は、私の背後にいる相手に向けて難なくヘッドショットを決めました。

 弓とスリング、私も遠距離からの武器を得意としているから解ります。いくら近いとはいえ、動く相手へのヘッドショットはそう簡単なものではない。


 あのトリッキーな動き、そして銃の扱い方。殺すことへの慣れ。

 

 まるで、今までもそういった戦いを繰り返していたかのような……


「サーシャ?」

 そんな疑問が、顔に出ていたのか。

 クリス様が私の顔を覗き込みます。

 いつものような天使のような顔。だけど、返り血を浴びていつもとは違う顔。


「クリス様」

 聞いてはいけない。そう思いつつも口が止まらない。


「あなたは何者なのですか?」



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