そして、舞台は幕を開ける
しん、と静まり返る広場。
誰一人動かず、ただクリスだけが美しい笑みを浮かべ立っている。
「あ?」
最初に口を開いたのは先頭に立っていた傭兵だ。
そのこめかみに血管が浮き出ている。絵に描いたような短期そうな男だ。
そして、恐らく馬鹿。なら、付け入る隙がある。
「すまん、お嬢様。何って言ったか理解出来なかったんだが、もっかい言ってくれないか?」
「お引取りを、といったのです」
「ざっけんじゃねーぞ!」
銃を天井に向けてトリガーを引く。
バラララ、という音と共に、天井から破片が落ちてくる。
その音と怒声に、サーシャが、身を小さくする。
しかし、クリスは笑みを崩さない。
この程度の怒声は前世で幾らでも浴びているし、寧ろ、銃弾を消費して貰えたことに小さくほくそ笑む。
「てめぇ、自分の立場というのが解っていっているのか?あ?」
「ええ、勿論、ウェストロード男爵令嬢です」
自分で令嬢と言い切ることに背筋がぞわっとあわ立つ。しかし、それは今は無視。
「見ての通り、私は貴族です。そして、ハイロード王国最強と謳われたアルド・H・ウェストロードの娘です」
ですから、と笑う。
「無様に捕虜になるのは耐え切れません。それでしたら……」
隠し持ったナイフを自分の喉に向ける。
先端が喉にあたり、僅かに血の玉を作り出す。
「……自ら死を選びます」
痛い。体がではない。心がズキズキと痛みを訴える。
正面から、殴りかかりたい。今からやる卑怯な手は久遠成一としては決して受け入れることが出来ない。
しかし、今の俺は、クリス=H=ウェストロードだ。何より領民を守る義務がある。
その行動に、傭兵達がひるむ。
そう、彼らは俺を殺す訳にはいかない。何故なら俺を殺せばアルドとオリビアを帝国に取り込むことが出来なくなる。
「て、てめぇ。自分の領民がどうなってもいいのかよ!」
「……確かに、領民の命は大事です。ですが、自分の令嬢としてのプライドと、領民の命。どちらが大事でしょうか?」
答えは後者だが、傭兵達は自分がどんな人物か知らない。
領民は貴族のために生きている。本気でそう思っている貴族も少なくはない。だから、彼らは引っかかる。
「……まて、俺はてめぇを害するつもりは無い。ただ、あるお方に会っていただきたいだけなんだ」
「あなたのような下っ端の言うことなど信用できません。ですので、指揮官の方を連れてきてください。私も下級とはいえ貴族の端くれ。投降するにもそれなりの準備が必要です。一度、お引取りを」
その言葉に、傭兵の男は、チッ、と小さく舌打ちする。
「……てめぇが逃げださないように、俺含め、数人置いていくがそれでもいいか?」
「ええ、それと私のプライドも大事ですが、一応領民も私共の庇護下にいる者達です。無駄な殺生は避けてください。投降するにしても、ウェストロードの名を汚すことはしたくないので」
領民が皆殺しにあったとなればウェストロードの名が傷つくのは避けられないだろう。まぁ、投降した段階で傷だらけなのだが……
しかし、少しでも傷を小さくしたいと思うのが貴族というものだ。彼らが皆殺しにする予定だったとしても、投降し抵抗できなくなるまでは、彼らは領民に手を出すことは出来ないはずだ。
「くそっ。ラッド、ベイン。てめぇは俺と残れ。残りの奴はガルドの旦那に伝えろ。半刻後でいいか?」
一時間後、か。まぁ、彼らの最低限の条件だろう。おかん達側にも罠は張っているだろうが、それでも腐っても勇者だ。
罠を食い破られる可能性は十分にある。オリビア達が戻ってきた時に人質にする為にも俺は必要だ。しかし、根の森から沼地を越えて帰ってくるには、最低でも後3,4時間はかかる。勇者ならもしかしたらもっと時間を短縮出来るかもしれない。そう考えると半刻が彼らの譲歩できる時間なのだろう。
「解りました。では、半刻後に……」
そう告げると、傭兵達が去っていく。
残ったのは、不機嫌そうな一人の傭兵とその取り巻き達だ
リーダーが合図を送ると、二人の傭兵は玄関に飾られた調度品を調べ始める。
すべてが終わったら持ち去るつもりなのだろう。全く反吐が出る。
リーダーの男も、親父のお気に入りの壷に手を取りながらも、言葉だけをこちらに向ける。
「おら、お嬢様。着飾るなり心の準備するなりさっさとしろよ。俺達も暇じゃねぇんだしよ」
そういって、こちらに目を向ける。その視線の先にいるのは、執事姿のサーシャだ。彼女に視線を向け、そしてにや、といやらしい笑みを浮かべる。
「って、なんだ、そこの執事。よく見たら女じゃねーかよ。俺らを待たせるんだ。そこのねーちゃん、貸せよ。何、悪いようにはしないからよ」
下心丸見えの笑みを浮かべる傭兵三人。その様子に、俺は小さく嘆息。そして……
「ダンガガ」
「お、何です。お嬢」
今まで影で様子を見ていたダンガガが姿を表す。
「始末してください」
「りょーかい」
まるで買い物を頼まれたかのように軽くいうダンガガ。
のっしのっしと、三人の傭兵に近づいていき、そして……
「お、なんだ。てめぇ……あ?俺に逆らうって……ぎゃ、やめ。いた、やめて、やめてくれぇぇぇぇぇぇぇ」
鈍い肉を叩く音と共に混じって聞こえる骨が折れる音。
その光景を俺は見続ける。そんな俺の手を握る者がいる。サーシャだ。
「クリス様、大丈夫ですか?」
サーシャが心配そうに俺を見ているが、今は無視。
大丈夫、ではないが今は、そんなことを言っている暇も無い。
「で、お嬢。これからどうするつもりで?」
傭兵達の始末を終えたダンガガがいつも通りの口調でこちらに近づいてくる。。
恐らく、わざとそうしているのだろう。全く、無骨な癖になんと気が回るオークだ。
ふう、と息を吐き、心を落ち着かせ、そして言う。
「ああ、よく聞いてくれ。いいか……」
そして、俺は話し始める。夢の中のおっさんと共に考えた、現行出来る中で一番成功する可能性が高い作戦を……
■◇■◇■
――そして、俺は一人、屋敷の中に残される。
俺がいるのは玄関の扉の前。蝋燭の火は消され、窓から差し込む月光だけが俺を照らしている。
暗闇に包まれたその広場は、月光を照らす自分の周りだけが薄く青く輝いている。
幻想的ではあるが、その光景はどこか寂しい。
サーシャもダンガガもここにはいない。
ここからは一人で、乗り越えなければならない。
体が、震える。それを抑えるように自分の体を抱きしめる。
隣の大陸から、輸入された時計が、カチ、カチ、と音を立てている。
その光景は、死ぬ際に見たあの空間を思い出す。
暗闇の中に椅子と時計だけが浮いているあの空間。ここで失敗すれば、またあの空間に戻されるのだろうか?
或いはそのまま、闇へ落ちていくか。
はあ、と息を吐き、上を見る。そこにあるのはこの場に似つかわしくない大きなシャンデリア。
確か、親父の知り合いの侯爵が結婚祝いによこした物で、相手の屋敷の大きさを考えずによこされたそれを、どうするかで親父も相当悩んだそうだ。
狭い玄関において、やたら圧迫感を与えるそのシャンデリアに、ふと笑いがこみ上げる。
そうだな。緊張しすぎても仕方が無い。
肩の力を抜き、ただ、時計の音に耳を傾ける。
カチカチ、という時計の音が、ボーン、と大きな音へと変わる。
それと共に目の前の扉が、ドン、ドンと音を立てる。
暗闇の中に控えていた一体のゴーレムが扉に向かい、その扉を開く。
ゆっくりと開かれる扉。そこには月光を背に隊列を組む傭兵達。
先頭に立つのは、あのガルド……ではなく、煌びやかな服装をした一人の優男。
何者?解らない。しかし、今はすべきことをするだけだ。
俺は綺麗な一礼をする。
「お待ちしておりました。略奪者の皆様」
彼らの顔に動揺が走る。ああ、貴族の令嬢がたった一人でいるということに戸惑っているのだろう。
だが、もう遅い。作戦はすでに動き始めている。
さあ、ここからが正念場だ。俺は、ゆっくりとその一歩を踏み出した。
今日中にアップするといったな。ありゃ、嘘だ。
すみません。12時アップなのでぎりぎりセーフということで




