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10話 トレーニングデイ



 


「はっ! ほっ! やっ!」

 

 何だかんだで8歳になった。

 ピアノやら、ダンス、教養の勉強。その合間をぬって、こうして庭で棒切れを振っている。

 男なら、素手でとも思うが、こうして棒切れを振るうのも案外、面白い。

 

「これはこれは、クリス様。ご機嫌麗しゅう」

「ダンガガ! って、ことは今夜はステーキか!」 

 タンガガと呼ばれた二足歩行の豚。つまりはオークがにこやかに笑みを浮かべる。

 正確には、獣人種豚人族。人類と呼ばれる六種に属するれっきとした人間だ。

 最初は、二本足で歩く豚の姿にびっくりしていたが今では日常の光景としてみることが出来る。


「へぇ、いいレッドバイソンの肉が手に入りやして。丁度、降ろしてきたところです」

 この世界のせいか、この国だからか解らないが食事はシンプルなものが多い。

 野菜は、殆ど加工していないし、肉といえば火であぶっただけのステーキだ。

「タンガガんとこの肉は美味しいからな。今夜は楽しみだ」

 ともあれ、ダンガガのところの肉は素材がいいので、そんなことしなくても十分美味しいのだが……


「そういって貰い、嬉しいですな。あ、お嬢様、腰に力が入ってないです。もう少し、重心を落として、あ、そうです」

 この棒切れを振るう訓練。実質の師匠はこのダンガガだ。

 棒術。これが今の俺が習っている武術だ。

 日本では『突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀』と言われる程、棒術の技は幅が広い。

 このハイロード王国の民間の間では、棒術が盛んだ。

 理由として、かつて近隣に、刃物の使用を禁じられた宗教国家があったこと。

 もう一つとして、ハイロード王国は鉄の産出量が少なく剣などの武器は高価でなかなか民間人には降りてこなく、かわりにハイロードの木材は丈夫でよくしなると隣国でも有名であったことも起因する。

 その宗教国家は魔族により滅ぼされたが、その技はハイロード王国に引き継がれている。


「ダンガガ、今日は上がりか? だったら、少し付き合ってよ」

「やれやれ、仕方ありませんな」


 人間では解り難いが、苦笑めいた表情を浮かべ、俺の近くにあった棒を手に取る。

 棒を握り、腰を落とす。悔しいが、やはりダンガガの構える姿は俺のそれより様になっている。

 ダンガガから技を教えて貰うようになってから4年近く。

 さすがに毎日来て貰うことは無理だが、こうして肉を卸して貰った後などにその技を教えて貰っている。 

 ダンガガは膝に矢をうけて引退したが元冒険者。実戦で磨かれたその技は間違いなく一級品だ。 


「ほら、お嬢様。考え事をする暇などありませんぞ」

 温厚そうな目が一瞬、鋭くなる。

(あ、やばっ!)


 背筋に伝わるぞわり、とした感覚。

 ここに立っていたら危険と感じ、棒を振り上げ、同時に一歩下がる。


 自分の胸めがけ走る木の棒。練習用の棒だが、彼が握れば剣よりも凶悪な凶器となる。

 ガン、と重たい衝撃と共に、腕にしびれが走る。ダンガガの一撃は軌道を僅かに逸れるのみ。

 軌道上には、自分の腕、僅かに体を捻り、それを避ける。


「このっ!本当、訓練になると本当容赦ねぇな。このおっさん!」

 普段は温厚な彼が『撲殺者ミートメーカー』の異名を持っていたと聞いた時は、全く信じられなかったが、こうして武器を通して戦うと解る。

 彼は『撲殺者』じゃない。もっとやばい別の何かだ。

 ふん、と棍を振るう。しかし、それは彼の手によってはじかれる。

 横に軽くはたく程度の動作。それだけで、俺の体制は大きく崩れる。


 次の攻撃に移ろうとすると、ダンガガが不思議そうに自分の腕を見ている。

 何かあったか?しかし、次の瞬間、がっはっはっは、と大きく笑う。

 

「はっはっは、それにしてもおっさんとは酷いですな。まだ、ピチピチの30ですぞ。それより、お嬢様、その喋り方は全くレディーらしくありませぬな。どうです?一つ賭けをしませんか?」

「なんだよ?」

「そうですな。私が勝ったら、一週間、レディーらしく振舞うというのは?」

「おいおい。ダンガガ、幾らなんでもそれは無いだろう? 実力差があり過ぎる」

「と、いいつつも、顔が笑っていますぞ。お嬢様」

 ダンガガに言われ、頬に触れると確かに、笑っている。

「隙ありっ!」

 ダンガガの一撃が、わき腹を狙う。

「うお! 卑怯だぞ」

「卑怯結構。実戦だったらそんな隙見せたら、真っ先に殺されてましたぞ。で、お嬢様、どうします?」

 余裕綽々なダンガガの姿。

「は、はははは。上等だ。このやろう!」

 ああ、こうなったら意地でも吼え面をかかせてみせる。



 ……と、意気込んだはいいものの。

「まぁ、こんなもんでしょうな」

 自分を見下ろしてくる豚ッ面。自分は草むらに大の字になって転がっている。

 ……結果は、まぁ、そういうことだ。


「今日も勝てなかったかぁ」

「お嬢様はそのうち魔法に目覚められます。自分はどうも魔法は不得手でして。今のお嬢様にウェストロードの魔術が加わったら正直どうなるかわかりませんな」

「この野郎、よく言うよ。本気を一切出してなかった癖に」

「お嬢様、口調」

 うぐ、と言葉に詰まる。

「で、ですが、私は貴族の娘であることは生にあわないのです。いつかダンガガ様のような冒険者に……」

「と、いいつつも、この前鏡の前でフリフリのドレスを着てポーズ取っていましたよね」

「あ、ああああああああああああああああ!!!!見たのか。てめぇ、あれを見たのか」

 ダンガガに掴みかかろうとするが、ひょいっと避けられる。

「あ、あれは、魔が! 魔が差しただけで!」

「はっはっは、あれは誰がどう見ても立派なレディーそのもの。いや、このダンガガ、安心しましたぞ」

 確かにっ!確かに一瞬、『あれ?俺って結構美少女じゃね?』と思ったのは確かだ。

 だが、あれは一瞬の気の迷い。ポーズをとったのも気の迷いっ!!

「いや、しかし確かに可愛らしかった。そう、自身を否定するのはよろしくはないと思われますぞ」

 あのポーズの後、嫌悪感でのたうちまわっていたのも、恐らく見られていたのだろう。

 ぐったり、と膝をつく俺の姿に、ダンガガはクックック、と笑いを堪えている。

 愉快そうなダンガガの姿を見て思う。ああ、やっぱりこいつは人でなしだ。

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