笑う鬼
むかし、むかし。あるところに、ひとりの鬼がおりました。
その鬼はにんげんをおそうでもなく、まいにち山のすみかでグータラしておりました。
ある日、山のふもとのにんげんが鬼にききました。
「なあ、鬼さん。なんであんたはいつもグータラしてばかりいるんだい?」
鬼はわらいながらこたえます。
「わはは、どうしてだろうなぁ」
にこにこ、にこにこ。この鬼はふつうの鬼のようにしかめっ面ではなく、いつもわらっているのです。
にんげんはますますふしぎそうに、くびをかしげました。
「かわった鬼さんだなぁ。でも、にんげんをおそわないのなら、それでいいかなぁ」
かんがえてもわからない、きいてもこたえないのなら、と、にんげんはうなずきました。
そして、へいわなひびがすぎました。鬼はあいかわらずわらってグータラしておりました。にんげんたちも、それを気にすることはありません。
ですがある日、とつぜん山のふもとのむらを、鬼のたいぐんがおそってきたのです。
「うわぁ、うわぁ!」
「た、たすけてくれぇ!」
にんげんたちはひっしににげます。ですが、鬼たちからはにげられません。ほとんどのにんげんは鬼たちに、たべられてしまいました。
どうにかたすかったにんげんは、りょうてのかずにもみちません。にんげんたちはかなしみました。
「どうして、こんなことに」
だれかがいいます。
「そうだ。山にすんでいる、グータラ鬼。あいつが、鬼のたいぐんをよんだにちがいない」
ほかのにんげんも、それにうなずきました。
「きっとそうだ。あんなグータラで、わらってばかりの鬼でも、鬼にはちがいない。さいしょからこうするつもりだったんだ」
「おれたちをゆだんさせるために、わざとあんなふうにしていたんだ」
そうだ、そうだとこえをそろえます。にんげんたちは、いをけっして、山の鬼のところへむかいました。
「やい、鬼め! でてこぉーい!」
「かぞくのかたきを、うってやる!」
やいやいとさわぎたてます。それをきいた鬼は、のそのそと、にんげんたちのまえにすがたをあらわしました。
「なんだい、なんだい。そんなにさわいで。どうしたっていうんだ?」
「どうもこうもあるか! おまえのせいで、おれのかかあはしんだんだ!」
「おれのじいちゃんも!」
「おいらのせがれも!」
きょとん、と鬼はめをみひらきます。
「おいおい、なんのことだい? おれはそんなことしらねぇよ」
「とぼけるな! おまえが、むらに鬼のたいぐんをよんだんだろう!」
鬼は、そのひとことですべてがわかりました。ですが、それはとんでもないぬれぎぬです。鬼はなにもしていないのです。
「まあまあ、おちつけ。おれはそんなこたぁしてねえよ。それよりもあんたら、ひどいかおじゃねえか。こんなときこそ、わらいなよ」
わはは、わはは。鬼のわらいごえが山にこだまします。ですが、にんげんたちはますますおこりました。
おれたちのかぞくがしんだのに、どうしてわらうのだ! やっぱり、この鬼のせいなのだ!
にっくき鬼をたいじするのだ、といさましくこえをはりあげながら、にんげんたちは鬼におそいかかります。そのてには、くわ、おの、などがにぎられています。
「おおう、やめてくれ。いたい、いたい」
「もっとだ! はやく、たいじするのだ!」
「いたい、いたい。おれはなにもしていない!」
「そんなこと、だれがしんじるものか!」
鬼はからだじゅうがきずついても、いっさいよけようとしません。いたいとくちではいうものの、かおはわらったままです。
にんげんたちはだんだん、鬼のことをきみわるくおもいます。
どうしてわらっているんだ、と。
「どうして、どうしてわらっているんだ!」
「うすきみわりい!」
「かおだ! かおをねらうんだ!」
ぎんいろにひかるはで、かおをずたずたにきりさきます。
ですが、わはは、というわらいごえはひびいたままです。
「も、もうこれくらいでいいだろう。むらにもどろう!」
「あ、ああ! そうしよう!」
わはは、わはは。にんげんたちのみみのおくで、鬼のわらいごえがひびきます。
わはは、わはは。
ふもとのむらへもどってきたにんげんたちは、なにかおそろしいものでもみたかのように、みをよせてはなしあいました。
「あの鬼は、どうしてわらっていたんだ」
「わからない」
「しょせんは鬼。われらにんげんには、りかいできないのだ」
いまだみみにこびりつくわらいごえをわすれようと、にんげんたちはひっしにはなしつづけます。
「これから、どうする」
「どうするもこうするも、まずはみんなのはかをつくらなければ」
ざくざく、はかをほります。いっしょにうめるため、ふかくておおきな、はかです。いっしんふらんにほります。
そうしてぜんいんをうめおわったあとも、わらいごえはにんげんたちにまとわりつきます。
「いったい、このわらいごえはなんなんだ」
「あたまにひびく。おかしくなりそうだ」
それはなんにちたってもつづきます。たすけてくれ、とにんげんたちがねがったとき、ふっ、としずかになりました。
なりひびいていたわらいごえがいきなりなくなったので、うれしいけれども、みみがおかしいかんじがしました。
わらいごえのきこえないしずかなせかいで、にんげんたちはようやく、あることにきづきました。
「……みろよ。鬼が、鬼のたいぐんが、むらのいりぐちにいる」
わらいごえによってかきけされていた鬼たちの息づかいが、はあはあ、と、ちかづいてきます。
わはは、わはは。山にすむ鬼のわらいごえが、にんげんたちのひめいをぬりつぶしました。