雨の都市高
「猫がいたんスよ」
事故を起こしたトラックの運転手は言った。
「車の前を、真っ白な猫がピューって横切ったもんで……」
都市高のその場所では、今年に入ってから衝突事故が相次いだ。
「白猫を見た」「年配の女の人が立っていた」「お婆さんが歩いていた」
それはみんな事故を起こした車を運転していた人たちの証言だった。彼らの他には、白猫や老婆を見たという人はいない。
そして事故が起きるのは、決まって雨の日の夕方。
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おばあさん、僕はおばあさんのことを知っているよ。この場所に高速道路ができるって話になって、おばあさんが昔から住んでいた家も、立ち退きすることになったんだよね。おばあさんの子どもたちは、いっぱいお金が貰えるから大賛成で、それにおばあさんが最近では少しづつ物忘れが多くなったので、ちょうどいい機会だからホームに入れようという話を、どんどん決めちゃったんだよね。
でもおばあさんは十八年一緒に暮らしたシロと離れたくなかった。シロを処分するなんて絶対にできなかった。けれどシロは、おばあさんがシロと別れるのが辛くて悲しくて毎日シロを抱きしめて泣いてばかりいたら、突然いなくなっちゃったんだよね。僕は、おばあさんが夜中まで「シロ~、シロ~」って、近所を探し回っている声を聞いたんだ。
そしておばあさんの家が壊れた日、おばあさんは雨の中に立って見ていたでしょう。古い木造の小さな家だったから、壁も屋根も、ブルドーザーがどんどん壊していくのを、もう涙も流さずにじっと見てた。僕は全部知ってるんだ。
どうしてかって。それは僕もおばあさんと同じだからさ。僕の家も、あの都市高の下にあったんだ。あそこに道路なんてできないで、あのままあそこにいられたら、僕は中学の友だちもたくさんいて、ずっと好きなサッカーも続けることができたんだ。そしたら、いじめられることもなかったし、マンションの九階から飛び降りることだって、きっとなかった。
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日暮れから雨になった。赤い軽自動車の急ブレーキの音が都市高に響いた。直後に激しい衝突音。スリップして対向車線に飛び出した車は、通りかかったバンにぶつかって止まった。数分後、現場に到着したパトカーの警官に、軽自動車を運転していた主婦が言った。
「道路の真ん中に、中学生くらいの男の子が立ってて。それで、あぁっ、ぶつかるって思ってブレーキを踏んだんです」(了)