~ 89 ~
精霊の泉がある村の早朝。
朝霧と泉の湯気で辺りが白く霞む中、村の入り口前にある広場では屋台が肩を並べ、多くの人々が思い思いの品を探して縦横無尽に歩き回っている。
その賑やかな様子を少し離れた所から漠然と眺めているのは修道女のマリアンだ。
彼女は目の下に隈を作り、時折起こる欠伸を必死に堪えていた。
早朝の祈りを欠かさない彼女にとって今回の集合時間は特段早いものではない。
普段と同じように起床すれば何の問題もなく、それ故に隈を作ったり欠伸をしたりすることは実に妙な事だった。
しかしながら、今朝に限って言えば彼女は一睡もする事なく、誰よりも早く集合場所へと赴いていた。
マリアンは皆が集まってくるのを静かに待ちながら後悔の念を抱いていた。
今日は学生であるノア少年の卒業試験をさり気なく助ける大切な日だというのに、あろうことか一睡もしないまま朝を迎えてしまうとは。
自分はただでさえ足を引っ張っている存在だというのに、万全な調子で臨めないとは何と申し訳ないことか。
そのような思いを払拭しようと彼女は自身の両手で両頬を打った。
微かな痛みと小気味好い音で身が引き締まる思いだが、しばらくすると今度は後悔する原因となった昨夜の出来事が思い出される。
旅仲間フィーネからの一言。
自分に足りないものとは何なのか。
一晩考え抜いた結果、自分に足りないものは山ほどあった。
旅をするための体力や戦闘能力は当然ながら、料理や裁縫の技量だって現状に満足している訳ではない。
その中で彼女はいったい何が足りないと思ったのであろうか。
明確な答えを見つけることができないまま朝を迎えたマリアンは、今も物思いに耽っていた。




