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「それがどうかしたのか?」
「この耳飾りね、先日の事件を解決した報酬としてギルドマスターからもらった物なの。 何でも強い悪魔を封印した精霊石は、時として強い霊力を帯びた宝石に変わるらしくってね。 分類としては補助支援系の風の精霊石よ。 持っていれば、きっと役立つだろうからって作ってくれたの。 身体の大きいマスターで、とても彫金なんか出来そうにないのに、人は見かけによらないとはよく言ったものね。 一日で作ったにしては意匠も凝っていて気に入っているの」
「つまり、その耳飾りに込められた力を確かめようということか?」
「そう言うこと。 ……ただ、どんな力が宿っているのかは知っているの。 だから確かめるのは力の内容ではなく、その威力。 強力な精霊石だもの、その力の片鱗を示せば開放した時の力も解るはず」
「部屋を破壊したりしないでくれよ?」
「安心して、この耳飾りの持つ力は催眠だから」
「催眠だと……!?」
「そう、催眠」
にっこりと微笑むフィーネが掌を前に突き出すと、その瞬間レイヴァンはバランスを崩して片膝を床につけた。
「ま、まさか、詠唱無しで、精霊石の力が発動したのか」
「それは無いわ。 会話の中に呪文を散りばめてみたの」
「そんな馬鹿な」
「ここまで呪文の間延びが許されるなんて強力な精霊石は卑怯と言っても良いかもしれないわね。 もっとも、強いが故に発動条件が厳しいの。 今しがた、どうして優位に立っていたのに武器を突きつけるのを止め、解放したのかって言ったわよね? 答えは、それが発動条件だから。 術をかける相手に触れていないこと。 そして完全に眠らせるまで相手に触れないこと。 触れさせないこと。 だから私は上着を脱いだのよ。 下着姿ならレイは私に触れようとしないはずだから。 ちなみに、個人的にはすごく触れて欲しいと付言しておくわ」
「フィーネ…… あんた……」
「安心して。 命を奪うようなことはしないわ。 これが話題の三つ目、警告を兼ねたちょっとした悪戯よ」
「ふざ、ける……な」
「結構抗うのね。 異常状態に強い体質ってのがつくづく羨ましいわ」
「ち、く……」
眠気に屈したレイヴァンが床に倒れると思わずほくそ笑んだフィーネだったが、彼の様子を見て非常に大きな失敗をしていることに気づいた。
思わず「いけない」と声が漏れる。
「この状態からベッドの上に運ぶ必要があることを失念していたわ。 私の腕力で引きずり上げたら流石に目覚めてしまいそうだし…… ベッドの上に誘ってから発動するべきだったわね」
少しだけ唸った彼女は一つ息を吐くと、うつ伏せていたレイヴァンを仰向けに転がし自身は両膝を床につけて彼の顔を上から覗き込んだ。
既に寝息を立て始めた穏やかな表情のレイヴァンに笑みを浮かべたフィーネは「無抵抗なあなたを好きなだけ襲うことは容易いけれど、私たちにとっての初めてが床の上ってのは興醒めだし、今日はこれだけにしておくわ。 次こそベッドの上で楽しみましょう」と話しかけると、彼の額にキスをしてから立ち上がった。
「明日は目的の悪魔と一戦交えることになりそうだから、目覚められる程度に良い夢を」




