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「私が約束したことは彼女たち二人を護ること。 つまり、本来なら私はブライトやあなたを護る必要は無いの。 この意味解るわよね?」
フィーネが不適に微笑むとレイヴァンは彼女の目的を瞬時に察した。
とんでもない冗談だと嘆息した彼は意味の無い返事だと解ってはいたが、それでも一縷の望みを掛け、その言葉を紡ぐ。
「先日助けてもらったお礼として、いくら払えば納得してもらえるのだろうか?」
「この状況下で私が要求するものが金貨ではないと解っているのに悪足掻きするのは男らしくないわよ?」
「この際、女々しいと罵られるのは覚悟の上だ」
「女々しい男でもベッドに横になってさえいれば私が全部搾り取ってあげるわ」
「ブライトなら喜んで支払ってくれるぞ?」
「筋肉単純バカから支払われても嬉しくないの」
「実に容赦のない呼び方だな」
冷徹な瞳と淡々とした調子で言葉を返してくるフィーネ。
手を伸ばせば触れ合える距離にまで接近した彼女は蠱惑的な姿態を見せつけながら続ける。
「頑固なあなたに二つ目の話題を提供するわ。 あなたとマリアンの間に何があったのか検討がついたの」
「それで?」
「今回の件、長続きしているのは頭の固いマリアンの所為だとして、そもそもの原因はあなたの欲求不満が招いた結果だと私は考えているのだけれど、あなた自身は、どのように考えているのかしら?」
「……あんたが何を聞いたのか知らないが、大きな勘違いをしているぞ。 恥を忍んで言えば、俺は寝ぼけていただけだ」
「それでも彼女を押し倒した事実は変わらない。 身体は素直よ?」
「生憎だが、今の俺はメフィストフェレスを討つことで頭が一杯でね。 女の事などどうでも良いんだ」
「その言葉が本当か直接確認しても良いかしら?」
「無茶を言うな」
「私の何処が不満なのかしら? もしかして、この下着が気に入らないとか?」
「何度聞かれても答えは同じさ。 見目麗しい姿を間近で拝見できて不満などあるものか。 その大胆な下着を平然と着こなす強い心にも感服している。 だが、フィーネ。あんたの本当の目的は何だ。 借りがあるのだから話をしようだの、身体で対価を払えだの。 そんなことに応じる俺ではないと解っているだろう? あんたは常に何かを企んでいるように見える。 そんな奴の相手は遠慮したいに決まっている」
「意外と解っていないわよ?」
「見え透いた嘘を付かないでくれ。 そもそも廊下で完全に背後を取っていたんだ。 部屋に入った途端、何故俺を解放した? それどころか自ら武器を手放すことまでした。 そのまま短剣を突きつけていれば俺は否応なしにあんたの要求を飲まなければならなかったんだぞ?」
「確かにそうね」
「それなのに、どうしてこんなことを?」
「武器を持ちながら事を為すってのは流石に避けたかった。 ……というのは冗談で、折角の機会だから話のついでに、ちょっと確かめてみたいことがあってね」
「確かめたいことだと?」
「そうよ」
フィーネは徐に自分の横髪をかきあげ、耳を露わにして見せる。
その様子に相手が反応しないことを確認すると、くすりと微笑んだ。
「男なら女の僅かな変化に気が付かないといけないわ」
「何が言いたい?」
「コレのことよ」
そう言って自分の耳たぶを指差すフィーネ。
そこには小さな黄緑色の宝石をあしらった耳飾りが揺れていた。




